大捕物
「班長、助けに来ましたよっー! 」
暢気な声が響き渡り、その後ろからヤクザにしか見えない男たちがぞろぞろと駆け込んで来る。
「警視庁中央警察署刑事3課だ。真鍋警部と民間人の拉致監禁の現行犯として全員逮捕する。抵抗するな」
そして、何故か最後尾からは3課長がゆっくりと入って来た。
任侠映画で活躍する人気俳優に良く似た、貫禄と渋さ、凄みが丸みを帯びた笑顔で隠しきれていない壮年の男は3課長の能代警部だ。
ノンキャリの叩き上げで裏社会の人間からは畏れられも尊敬もされていると聞いたことがある。
「よー、真鍋の坊主、ひでー顔だな」
「あっ、班長、顔が腫れてるっす。この野郎、班長のイケメンな顔に何しやがるんすか。任せてくれっすよ。仇はとるっすから」
能代課長が豪快な笑いとともにこっちに声を掛けてきて、イカれキャリア様がそれに反応したが。
「腫れてきてんのか。どうりで痛い訳だ。ただ、小玉ー、お前はやめとけ、喧嘩だけは糞ほど弱いんだから」
ひどいっすよーと喚くイカれキャリア様を放置して、能代課長に挨拶するか。
「いいんですか、ヤバいとこが絡む案件かもしれないってのに、多分令状もないでしょうに突っ込んで」
正直に助かったが、良く来てくれたもんだと訊いてみるも。
「現職を拉致るなんてふざけたことされて黙ってられるか、それにヤクザが絡んでるかもしれねーなんてお子様に言われちゃな。出張るしかないだろーが」
坊主にお子様と、俺ら二人をガキ扱いなんだよなー、この人は。まぁ、そのくらいには頭が上がらない人ではあるし、また借りが出来ちまったが。
「なんでだ。どうやって此処がわかった。拉致したことだってわからなかったはずだろっ」
兵藤が声を荒げているが、気持ちはわかる。ざまぁみろとしか思わないが。
あれはイカれキャリア様が配属されて数ヶ月たったころだったか。
~ ~
「班長、これを服に仕込んどいてくださいっす」
数センチ四方のそれなりに厚みのある金属板のようなものを取り出してイカれキャリア様が宣う。
「なんだそれ」
「俺の伝を駆使して用意したGPS信号送受信機っす」
自信満々に変なことを言うイカれキャリア様を訝しく見ていれば、そんな視線は気にならないようで説明を初めている。勿論、勝手に。
「ビーコン並みの精度を目指したんすけど、大きさと精度の妥協点で、そこまでの精度には出来なかったんすけど、まぁ、凡そ半径10メートルくらいまでは絞れる精度でこの大きさに出来たっす」
「それをなんで持ち歩かなきゃならんのだ」
素直な疑問を述べれば、イカれキャリア様は心底不満そうに俺に詰め寄って抗議してくる。
「いいっすか、班長みたいなイレギュラーな警察官ってのは、物語なら危ないことに巻き込まれて命の危険が危ないっす。その装置は携帯端末と連動させて、俺の携帯や班長の携帯ともリンクしてるっすから、万が一の時には役に立つっす」
「いや、お前が駆けつけても、返り討ちになるだけだろ。……というか、ドラマの見すぎだ、そんな展開になる訳ないだろ」
「酷いっす。俺だってヒーローになれるっすよ。てか、班長は絶対にトラブル体質っすから、絶対に役に立つっす」
~ ~
そんなやり取りで渡された謎の装置がホントに役に立つとはな。内ポケットの中に仕込んどいてあるんだが、携帯のダイレクト操作や、携帯が故障した場合なんかでも、連動して勝手に救難信号を出すらしい。
「電話連絡するふりをして、咄嗟に信号を出す操作したんだが、まぁ、携帯をわざと投げ落とした衝撃でも良かったんだよな」
イカれキャリア様へと声をかける。
「俺の端末に救難信号が来たんで、無事に機能して良かったっすよ」
「なんだそれ、全く信用ならんなー」
口ではそう言って罵って見るが、イカれキャリア様のことだ。事前に俺が行くといっていた田川の店から、救難信号が発せられ、移動していることから、梓組の者が関わっていることを推測し、令状をとる余裕のないことを念頭に、ノンキャリ出身でヤクザ関連の専門であり、何だかんだと貸し借りのある能代課長を巻き込んだんだろう。
ここの倉庫についてもすでに調べが終わり、オーナーへの事件の通達が為されている筈だ。でなきゃ、シャッターを開けて侵入なんて出来んしな。外には堅気なんだろう、ここのオーナーがいるんだと思う。
表向きには全うな企業の皮を被っている分、土地や上物の権利者は梓組とは関係のない者が多い。表の会社組織の関係者で固めていて、裏を知るのはごく一部だ。
裏目に出たな。都会のど真ん中、堂々と現職を拉致して殺すなんて盲点だ。ましてや、調べてもすぐには繋がりのわからない建物へと連れ込んでしまえば、表向きのオーナーは名ばかり、ペーパーカンパニーで実態もない、裏仕事用のものだったんだろう。
だが、それでも裏の人間で管理側を固めていれば、突入前に兵藤に連絡が行ったろうにな。
まぁ、まさかイカれキャリア様がこんなに早く嗅ぎ付けるとは思って無かったろうけどな。
「取り敢えず、ざまぁねぇな、兵藤」
そう言ったあと、俺はやって来ていたパトカーで病院へと運ばれた。
~ ~
それから数日後、田川も関係者として一時、参考人として、また、梓組関係者からの保護名目で中央署へと連行したのだが、流石に拘置所に置くわけに行かず。数名の監視をパトロールさせることを決めて自宅へと帰している。
俺はと言えば、腫れはすぐにおさまって、翌日にはひいていたが、流石に顔を殴られたために、大事をとって病院で一泊する羽目になった。
骨に異常がなかったこともあり、幸いにしてもう完治している。最悪の可能性もあった訳でイカれキャリア様のお陰だと感謝しよう。したく無いけど。
さて、梓組の兵藤以下組員たちは黙秘を続けているし、現職警官が都内で拉致された案件だと言うのに報道のほうもダンマリだ。
黒川のほうにも当然だがダメージはない。このまま、兵藤を含めて尻尾を切られて終わるんだろう。
梓組も派閥争いが激しいなかで、自滅した兵藤を助ける奴はいないだろうし、だからと兵藤もここで自棄を起こして密告するような男でもない。
黙っていれば、年期明けで迎え入れて貰えるが、裏切れば、ムショに入る前に冷たくなる未来もあるからな。
「田川としては全てから回った格好か。結局は全て闇に戻っちまったからな」
自棄にならなきゃいいが、そんなことを思った矢先だった。
駆け込んで来たイカれキャリア様が悲鳴のように叫んだ。
「大変っす。泣き桜が燃えてるっすっー!! 」
この事件最大の自殺劇が起こってしまうんだった。




