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備えあれば



 乱暴に車から降ろされると、先に到着していたのだろう先行していた車に乗せられていた田川の姿も見える。


 ぱっと見て外傷や衣服の大きな乱れがなく、取り敢えずは安心したんだが、さて、ここからはどう時間を稼ぎつつ、相手の口を滑らせるかだな。


 「さて、もう一度訊くがお前(おめぇ)の親父が遺した先生に関係する書類はどこにある」  


 縛られ、若い衆にまわりを固められた田川へと兵藤は、あまり圧はかけずに淡々と訊いている。


 対して田川は黙して語らずといった風情で兵藤を睨み付けたまま口を閉ざしている。

 

 兵藤はへらへらとした笑顔を浮かべると俺のもとに歩み寄り、真顔になると髪を掴んで顔を殴り付けてくる。


 「真鍋さんっ! 」


 くそったれが、本気で殴ってきやがって、田川が思わずと声を上げ、反対に俺は兵藤を睨み付ける。


 「なぁ、田川くんだか、一ノ瀬くんだか知らねーが、さっさと口を割らねーと、この刑事さんの男前な顔が見るも無惨なことになるぜ」


 またへらへらと笑いながら兵藤は楽しそうに言いやがる。


 ただ、内心でほっとしたのも事実だ。助けが来るのにはまだ暫くかかるだろう。指を潰すとか、骨を砕くとか、残酷な拷問も視野に入れていたが、一般人の田川には刺激が強すぎて逆効果になると踏んだのか、ただ殴られるだけなら、まだマシってもんだ。


 まぁ、眼底骨折なんかすれば、失明するかもしれんが、そこは上手くいなすとしよう。髪さえ掴まれてなければだが。マジで覚えてろよ、このやろう。


 「田川さん、どうせ喋ったあとは二人とも殺す気だ。救援が来るまで喋らないほうがいい」


 言い終わるあたりでまた拳が飛んでくる。


 「来るわけねーだろ、アホか。あんたの携帯は途中で若いのが植え込みに投げ込んで棄てたし、連絡も出来てねーのに気休め言ったってしょうがねーぞ」


 ニヤニヤしながら覗き込むように顔を見てくる兵藤の向こうで青くなった田川が見える。まぁ、普通に考えたら最悪な状況なんだが、俺を助けようと田川が喋り出す方が不味い。


 「ちょいと整形を考えててな。娘にかっこいいお父さんだと思われるためにも、あと2、3発殴ってもらって、大手をふって形成外科にでも行くのもいいかもな」


 無言のまま、2回殴られるが、髪を放してくれたお陰でうまくいなせた。思い切り殴られたように見えるが、手応えはあまりなかっただろうな。


 兵藤も馴れたヤクザだ。正面きって鼻を潰すようなことをすれば、喉に血がつまって死ぬかもしれんし、後頭部や側頭部でも脳震盪でヤバくなる可能性がある。

 田川への見せしめにするためにある程度は加減していかなきゃいけないことは理解してるからこそ、こちらもまだ余裕がある。


 「刑事さんよ。あんまり舐めてっとマジで殺すぞ」


 「脅しにしても安っぽいな、暴対法でモンモンも出せないビビりなんて怖くねーぞ」


 兵藤が拳を振り上げて、そのまま降ろした。


 「ふんっ、強がり言ってられんのも今のうちだ」


 おい、見張っとけと若いのに言い放って兵藤は煙草に火をつけ去っていく。兵藤とすれば、俺が拉致されたと判断されるのは早くて今日の夕方以降、まだ昼時の今なら捜索すらかかる心配もなし、捜索が始まっても、ここを特定することは早々出来る筈もないと判断してるんだろう。

 絶望的な状況に田川の心が折れるのを待つ段取りなんだろうし、田川が折れずとも殺してしまえば問題ないと踏んでるんだろう。

 今のところ、情報を聞き出そうとしているのは、田川に証拠を共有する仲間がいないかの確認のためなんだろうからな。



 暴対法の改正や暴排条例の施行で暴力団は表だっての活動はほぼ出来なくなった。この国で暴力団関係者は人でなくなったからだ。

 暴力団と一切の取引、便宜を許さず、衣食住にいたるまで販売も譲渡も出来なくなった。


 はっきり言えば、やり過ぎた。


 結果として暴力団は闇に深く潜ることになる。


 フロント企業を使い、全く健全な事業を行う会社の影に隠れた。雇われている社員は自分たちのトップの裏に暴力団組織がいることを知らないだろう。


 半グレや形だけ破門した元組員を駒に使い大規模な犯罪組織を裏で牛耳っているが、そうでなければ中華系マフィアをはじめとした海外の犯罪組織がそこにとってかわるだけだ。


 結果としてはヤクザの存在も必要悪と考えている連中もいるわけだ。戦後の混乱期に暴徒と化した朝鮮人にたいして、当時の脆弱な警察組織にかわり自警組織として機能したのはヤクザだったというやつもいる。

 様々なトラブルの調整役として、またアンダーグラウンドにおけるルールの制定役として、必要だったという者もいる。


 その側面を否定はしないが、マッチポンプで利鞘を稼いだ悪党だという事実は動くことはない。理想論だとしても、誰かの不当な不利益のもとに成り立つ社会を容認することは、俺たち全てが等しく犯罪者であることを自覚せねばならない社会だ。


 真っ平ごめんと思った若かった頃からはだいぶ擦れてしまったが、イカれキャリア様のせいでだいぶ感覚がおかしくなってるんだよな。

 

 すこし気になることもある。


 なぜ、兵藤自ら出張ってきたのかだ。


 傘下の組織のさらに下には兵藤の顔も名前も知らない半グレの半端者や、それに使いパシりにされるチンピラが五万といるはずだ。

 指先ひとつ動かせば、あとは兵藤へと辿り着けないように何も知らない下端へと分断されたルートを通して指示を出すなど簡単な筈だし、だからこそ、あの時も証拠を掴めなかった。


 黒川の政界での力はあの時に比べれば、遥かに弱い。今回の騒動が長引けば致命傷になる可能性もある。

 嗅ぎ付けられる前に早々に事態を終息させるため、万が一の失敗もしないために自ら指揮をとったか。


 「なら、俺を拐ったのは予定通りじゃないな」


 思わず口をついて出る。


 戻って来た兵藤にカマでもかけてやるか。


 「なぁ、あんた自ら出てくるなんて、随分余裕がねーんだな」


 青筋をたてて小刻みに震えてるあたりは図星か。沸点の低いことで、黒川の名前を出した以上は端から殺す気なのは間違いない。あまり刺激すべきじゃないが、注意をこっちにひくためにはこれが最適解だろうしな。


 「てめえいい加減にしろよ。足の一本くらいは潰してやろうか」


 若いのに抑え込まれる。流石に煽りすぎたらしいが、まぁ、想定内だ。労災がおりることを期待しよう。


 そんなことを考えていると、シャッターの開く音とともに雪崩れ込む足音が聞こえて来る。


 「班長ー、助けに来ましたよっ! 」



 やっと来たかイカれキャリア様。


 まぁ、これで憂いなしってことだ。




 

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