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事件のはじまり

初ミステリー挑戦作です。

半年以上ほったらかしだったんですが、構想が纏まってきたので、書いていきます。

連載としましたが、それほど長い話にはなりません。





 「これが有名な泣き桜っすかー」

 


 間抜けな声をあげたのは俺と同じ中央警察署捜査1課に所属する警部の小玉徳仁(なりひと)だ。

 まるで宮家みたいな名前だが、チャラい見た目をした27歳だ。チャラい見た目のわりにはキャリア組でいずれは俺を追い越して出世して行く人材だ。


 ただ、エリートのくせに出世に無頓着な変な奴で昇進試験よりも現場優先で完全に同期に遅れをとっているらしい。

 


 「聞いてるんすかー。班長」

 「班長な、どうせ直ぐにお前の方が階級が上になるんだがな」

 「大丈夫っすよ。俺は出世にきょーみねーっすから」

 


 なんでそれでキャリア組で入署したんだと思うも、テレビドラマの影響でアウトローなキャリア警察官に憧れたのが原因で国内最高学府を現役合格し法学部に進学、難なく国家公務員試験を突破したらしい。ちゃらんぽらんな見た目と言動の癖におそろしく優秀なこいつらしい。キャリアである以上は組織としては幹部候補なはずだが、いかんせん現場主義で昇進試験を受けようとしないので上も困惑しているようだ。


 俺は真鍋拓真、警視庁中央警察署捜査1課に所属し、階級は警部、第3班班長を努めている。班長といっても、班のメンバーは俺とこのイカれたキャリア様しかいないんだが。

 

 今年で38歳になる俺はノンキャリとしては早い昇進をして、一度は本庁にも行ったが、若気のいたりというやつで捜査方針で本庁のキャリア様と揉めて以来、所轄署で冷遇されている。このイカれたキャリア様の世話を押し付けられたのも、その辺りの事情が絡んでいる。ようは何かしら問題が発生しても、もう出世の目がない俺なら問題ないと言うことだ。



目の前には樹齢400年を越えると云われる立派な垂れ桜、通称「泣き桜」が満開の花をつけてたたずんでいる。

 此処は東京都中央区2丁目、日本橋西詰から程近く、江戸の頃なら薬研堀と云われた堀に元柳橋と呼ばれた橋がかかっていた辺りの近くだ。それに因んで名付けられた私立元柳中学校の校門から対角に位置する隅田川沿いの桜並木の一角に一際異彩を放って存在するこの桜は名前の通りに曰く付きの史跡名勝である。

 

 「ホントに樹齢400年もあるんすかねー。すげーぶっといし立派っすけど」

 「あるんだろう。曰くのあるエピソードについては真偽のほどは知らんが」

 

 泣き桜 今から300年以上前の江戸時代、犬公方綱吉公の治世で開闢100年を迎えようとしていた元禄の頃にこの桜の前で悲劇が起きたという。

 吉原遊廓の遊女玉菊という女が見世の若衆の一人と駆け落ちしようと吉原を抜け出し船で大川を下る最中にこの薬研堀付近で追手に捕まり、若衆は見世の者に叩き殺され、連れ戻されることとなった玉菊は桜の前で簪で喉をついて自刃したそうで、それ以来、花のついた頃合いのこの桜の前ではすすり泣く遊女の声がするとか何とか、なので「泣き桜」らしい。


 最初の事件が起きたのは今年の3月28日午後5時ごろ、この桜並木にもちらほらと花が咲き始めた頃に、この桜の前で突然に私立元柳中学校に通う女子生徒が自殺したのだ。

 それから、今日4月15日までの凡そ2週間ほどのあいだに4人もの女性が自殺および自殺未遂をしたことで、警察が本格的に捜査に乗り出すこととなった訳だ。

 

 「10年くらい前にも自殺騒ぎがあったらしいっすし、すっかり死を呼ぶ桜なんて呼ばれてるっすね」

 


 取り敢えず現状の確認と現場まで来たが、呑気に観光気分なイカれキャリア様を横目に何をどう捜査したものか、頭を抱えたくなる。4人の女性のうち3人は死亡しており、1人は最初の女子中学生で通報を受け救急隊が駆け付けた時には死亡していた。2人は緊急搬送されるも処置中に死亡しており、最後の1人だけが一命をとり止めるもまだ意識が混濁していて、捜査に応じられる状況にない。

 隅田川沿いを突風が吹いて桜並木が枝を擦り合わせて泣く。

 


 「スゲー風っすね。てか、今この木から不気味な音しませんでした、マジで泣くんすか」

 「そんな訳ないだろ、樹齢が古く、幹の至る所に隙間があいてるだろ、そこを風が通るさいに組織が死んで乾いた部分に擦れて起こした音が反響してるんだと」

 

 肩を抱いて怖がるジェスチャーでふざけるイカれキャリア様に呆れつつ返すと、何故か目を見開いて固まっている。

 

 「どうした」

 「いや、やけに詳しーすっね」

 「中学の頃にオカルト研にいてな。地元の心霊スポットとか廻って調べまくったんだ」

 「えっ、似合わないっすね」 

 


 どういう意味だと凄んで見せると、イヤイヤとか言いながら言い訳をしてくる。

 

 「いやー班長は強面のイケメンで、ほら理知的な感じなんで……◯□△それに…◯□△…」

 


 適当に聞き流して、見分を進めるも何も出てきやしない。4件目の自殺未遂以降は規制線が張られているが、そもそも3件の自殺までは何もされておらず、故人を悼み献花に訪れたもの、興味を惹かれ見に来たもの、またネットの動画配信を目的に訪れる配信者など、複数いたのだ。今も泣き桜の根元には様々な供物が置かれている。

 


 「てか、全然聞いてないっしょ」

 


 イカれキャリア様がやっと無視されていることに気付いて抗議の声をあげたことに苦笑しつつ、切り上げを提案する。

 


 「現場百遍とは言うが、此処にいても何もわからんな」

 「まあ、不謹慎かも知れねーっすけど、自殺した場所ってだけですからね。4件も重なったんで捜査することになっただけっすもんね」

 「仕方ない、聴き込みに廻るぞ」

 「へーい」

 

 気があるんだか、無いんだかの返事を貰って、自殺をした女性たちの関係した職場、学校、利用したと思われる場所、交遊関係を片っ端からあたる。

 3日ほど費やした成果は惨憺たるものだった。

 

 「押収した携帯端末などからはこの4人に関係性は一切ありませんでしたねー」

 

 イカれキャリア様こと小玉警部はパソコンで自殺者の利用していたSNSなどの情報、閲覧サイトなどを隈無く当たりつつ、そんなボヤキをこぼす。

 

 「聴き込みでわかったのは、4人に共通するのが内向的でおとなしく、芸術的な趣味を持っていて、かといって社交性が無いわけではなく。むしろ周囲とは良好な関係を築いて、トラブルなどもなかったという感じだな」

 「プライベートは充実してて、特に問題を抱えてるって感じじゃないんですよねー」

 

 結局のところ、調べれば調べるほど、自殺の動機がなく、4人に接点もない。接点が無いことについて言えば、言い方は悪いが話題にのぼった自殺の名所みたいになりつつある場所でたまたま自殺志願者が同時期に自殺しただけだと片付く話なんだが、4人ともにこれといった自殺する動機が無いことが、反対にこの場所との因果関係を疑わせてしまう。

 実際、報道関係は俗に「リア充」と呼ばれるような自殺には縁遠い人物が時期と場所を同じく自殺を図ったことや、泣き桜の曰くになぞられて盛り上がっている。また、そうした報道の影響で泣き桜の排除を訴える動きが各所であり、特に最初の自殺者をだし、現場近い元柳中学校のPTAの一部から、自治体や保存会などに撤去の要請が出ていると聞く。

 

 「まあ、自殺した動機なんて結局は本人しかわかんないっすよねー。それを現場の桜のせいにして撤去しろって騒ぐなんて、そんなことするから、自殺すんじゃねーかって思いますよ」

 

 とはイカれキャリア様の弁だが、不謹慎にも思えるが同意出来る気もする。怒りや悲しみ、やり場のない悔しさなどは推し量るには余りあるが、公共の保護財産に当たったところで、どうしようも無いことではあるし、そもそも、この桜のせいにするのは、あまりにも非科学的だ。

 

 「現場百遍だと言いますし、桜見に行きません」

 「いや、ここまで手がかりがないなら、もうただの自殺として処理していいだろう」

 「あっ、そっすよねー。でも、遺書もないんすよね。動機くらい解明しないとマスコミが納得しないんじゃ」

 「そのために仕事してるわけじゃないからな」

 「それもそーっすね」


 これで終わりと報告書をまとめてしまおうと思ったところで一課長から声をかけられる。


 「真鍋、任せてるヤマだが、上から徹底的に解明しろとのお達しだ。マスコミ対策もだが、自殺者の出た私立中学の理事のひとりが本庁本部長の大学の同期だそうでな。それにあの桜の保存会には警察OBの元キャリア様もいるらしい」

 「解明してどうするんですか」

 「桜が無関係だと結論出るまでやれってことだ。まぁ、どうせ暇だろ、任せたぞ」


 それだけ言って去っていく課長の背中をしばらく眺めたあと、イカれキャリア様と顔を見合わせてため息を吐き出す。


 「現場、いくか」

 「そーっすねー」



 とはいえ、結局は何があるわけでもなく、空振りで帰ろうとして、ふと近くの喫茶店に目がとまる。



 「どーしたんすか、班長」

 「いや、あの店、なんか見覚えあるなと」

 「ん、お洒落な店っすけど、どこにでもある喫茶店っちゃ、そうですよ」


 イカれキャリア様の言葉に気のせいかと思った時、イカれキャリア様が呟くようにこぼした。


 「あー、桜のとこにあった花束じゃないすか」

 「……なに」

 「ほら、あの店名のCerasus(セラスス)すかね、その下の桜の花のレリーフみたいなの」

 「あー、花束に添えられたメッセージカードか」


 言われて思い出す。すこし独特なデフォルメがされた桜の花の紋様がついたカードが献花に添えられていた。


 「関係者なんですかね。調べたときは出てこなかったすけど」

 「もしかしたら、自殺者の中に常連でもいたのかもな」

 「あー、なるほど」

 「ダメ元だ、行ってみるか」

 「いっすねー。のども渇いたとこです。奢りっすよね」

 「はぁ、わかったよ」


 やったーと喜ぶイカれキャリア様をあとにして、何か予感めいたものを感じながら、店に向かって道路を渡った。






 

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは! いつも、お世話になっております。 すごい・・・。 私も、こんな作品を書いてみたい。 わくわくどきどきしながら、じっくりと読ませてください。 また来ます。 m(_ _…
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