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雪の降る夜に  作者: 蒼凪
9/9

エピローグ 

 夏の暑い日差しが、目の前にある窓を擦り抜けて降りてくる。 

 開け放たれた窓からは、決して広いとは言えない、だがひどく心地好い緑に包まれた庭から吹く風が部屋の中へと入り込む。 

 白を基調とした部屋。

 その中にはシンプルであるが故に飽きのこない家具が、ちょうど良いバランスで配置されている。 

 その家具の中の一つ、木で作られた黒い机に突っ伏している人影があった。 

 だらしなく開けられた口からは、微かな寝息が聞こえてくる。 

 頭の真上に位置する窓から入る風が、机の上に置いてある開かれた本のページと共に彼の髪を揺らしている。 

 しばらくの時がたって、静かにドアが開かれた。

 何か声をかけようとした女性が、机で寝ている人影に気づき、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。 

 緊張感のまるでない伸びきった男性の顔をのぞき込んで、しばらく笑い声をかみ殺していたようだが、やがて彼の隣にかがみこむ。 

 愛しいものを見るときの顔で、そっと指先を男性の顔に触れさせた。 

 そのわずかな変化に気づいたらしく、彼が小さくうめきながら体を起こした。 

 両手を上にあげ、伸びをしようとしたところで、かたわらにいる女性に気づく。 

 「ごめんね、起こしちゃた?」  

 「ん?別にかまわないよ、もう起きようとしてたところだから・・」 

 その答えに相づちをうっていた女性が、男性の顔の下敷きになっていた本の存在に気づき、それを手に取った。 

 何気なくぱらぱらとめくっていた手が、あるページでぴたりと止まる。 

 「あ・・、これって・・」  

 どこか遠くに行ってしまった刻を懐かしむ表情を見せる彼女に、照れ笑いを浮かべながら彼が口を開く。 

 「やっとできたんだ。結構長い時間かかっちゃったけど、納得がいくものができたと思うよ」 

 「よかったね、完成して・・」  

 悪戯をするときの口調で言う彼女に対して、彼は苦笑を返す。 

 「何だよそれ?なんか俺が本を書けないみたいな言いかたじゃん」 

 「だって事実でしょ」  

 「・・・・・」  

 身も蓋もない彼女のもの言いに、彼はどよよ~んというオーラを出し始める。 

 「まあ、そう落ち込まないの。とにかく完成したわけだし。それに今日はみんなで集まるんでしょ?そんなに暗くなってると、義秋君と涼子さんにうっとうしがられるよ」 

 笑いながらいう彼女が、彼の首に両腕を回す。 

 「でも、本当に久しぶりだね。元気かなあ、二人とも」 

 「あいつらの結婚式以来だからなあ。相変わらず喧嘩したりとかしてるんだろうな。もちろん勝つのは涼子だと思うけど」

 「そんなこといったらだめでしょ。でも、本当にありそうだけど・・・」 

 笑いながら言う彼をしかる彼女の口調も、笑いを含んでいる。 

 その時、インターホンの音が鳴り響いた。続いて男の大きな声が聞こえる。 

 「おーい、来てやったぞー」  

 「人が入れてもいねーのに、勝手に入りやがった、あの馬鹿」 

 文句を言っている彼の顔には、言葉とは裏腹に笑みがこぼれている。 

 「しかたねーなぁ。ちょっと待ってろ、今美味いもん食わしてやるからー!!」 

 嬉しそうに部屋をでていった彼の後ろ姿を見ながら、彼女は微笑んだ。 

 一度だけ机の上に置いてある本に視線を落とすと、すぐに彼の後を追いかける。 

 誰もいなくなった部屋。  

 そこには孤独は存在しない。

 草の匂いと太陽の匂い、そして彼女の髪からこぼれ落ちた心地好い匂いが部屋の中で揺れている。 

 その時、ひときわ大きな風が部屋の中に吹き込んできた。 

 その風は机の上に開きっぱなしになっていた本を激しくめくっていく。 

 風がやんだ。  

 本の間から、しおり代わりにはさんであった一枚の写真が風に飛ばされて舞い上がった。 

 そこには仲の良さそうな、四人の男女がうつっていた。 

 後ろの男の子が前にいる男の子の首をしめ、その隣にいる女の子達が指をさして笑っている。

 誰にでも経験がある、青春の一ページ。  

 思い出すだけで、胸が甘酸っぱい気持ちで満たされる、そんな思い出がつまっている。 

 その写真の中には、それぞれ異なる字で書き込みがされていた。 

 豪快に書かれた字や丁寧な字、丸いかわいらしい字もある。 

 彼らはこのころから変わっていない。辛いことがあっても、この頃と同じように明るい笑顔で道を切り開いてきた。 

 そんな彼らだからこそ、お互いに認め合うことができているのだろう。 

 若草色の木の葉から透けてきた陽光が、写真に反射してきらめいている。 

 風に運ばれた写真が、机の隅で止まった。  

 下に落ちそうになったところを、何かにひっかかったおかげで救われる。 

 写真がぶつかったもの、それは小さなガラスで出来たクリスマスツリーだった。 

 冷たく透き通った冬の空気の中、微かな星の光で照らされていたあの頃と同じように、強い日差しに満たされている。 

 下の部屋から、誰かの笑い声が響いてきた。 今日一日は、いつにも増して家の中が賑やかになることだろう。 

 毎日のように騒いでいた、あの頃と同じように。 



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