永遠という名の一瞬 前編
冬の長い夜が、完全に辺りを包みこんでいる。
さっきまで残っていた人影も消え、ざらついたスピーカーの音が、残された刻がわずかだということを告げる。
遊園地のにぎやかな明かりがなくなり、ベンチを照らす外灯と一面に浮かぶ星がわずかな光となり僕たちを照らしている。
氷のような静寂と、透き通った冬の寒さが、にぎやかだった一日の余韻を響かせている。
寒さが僕たちの体を包む。
だけど、今日が終わってしまうのが怖くて、僕たちは座ったベンチから離れられずにいた。
静けさから逃れるように、美樹が口を開く。
「今日は、ありがとう。本当に、楽しかった」
そう言って微笑む。
「俺のほうこそ。今日はすごく楽しかった。最初、どうなることかと思ったけどな」
「どうして?」
「だってさ、知らない奴が自分のこと<ちゃん>づけで呼んだら怖いぜ。俺、美樹のこと危ない奴だと思ってたもん」
人のこと何だと思ってるのよ、と頬をふくらませた美樹をなだめるために言葉を続ける。
「けど、今はよかったって思ってるよ、お前が声をかけてくれて。おかげで久しぶりに女の子と楽しく過ごせた」
「えっ、慎ちゃん、女友達いないの?もてないんだねえ、可哀相に」
そんなんじゃないって、と否定する僕の声も耳に入らず、美樹がどんどん想像(妄想?)の世界に足を踏み入れていく。
「そっか、もてないのか。もしかして学校で嫌われてるのかなあ。あの人、変態よ、なんて言われたりして。そんな人好きになった私って・・・。考え直したほうがいいのかも・・・」
美樹の妄想はとどまることを知らず、何だか失礼なこと言われまくってるような気もしたが、とりあえず地球に優しいようなのでほっといた。
彼女が気づかない程度に離れ、安全な間合いをとる。
だけど、変だよな。もう人を好きにならないって決めたのに、クリスマスに女の子と一緒にいるなんて。
しかも、よりによってこんな変な奴と。
その時、不意に風が吹いた。その風にのって落ちてきた木の葉が、隣でまだぶつぶつ言っている少女の長い髪に絡まる。
どこについたのか分からず手で探そうとした美樹をとめ、冬の乾いた風のせいでかさかさになっている木の葉をとってあげた。
手の中で何となくその木の葉をもてあそんでいると、自然に言葉が漏れる。
「なんか、な・・・」
「ん?」
僕の何の気なしに漏らした言葉に反応して、美樹が顔を向ける。
「いや、なんかさ。寂しいなって思ってさ」
なにを言っているのか自分でもよく分からない言葉の続きを、美樹が静かに待ってくれる。
「どう言っていいのかわかんねえけど。この葉っぱを見てたら寂しくなってさ。今はこんなにかさかさで、すごく汚くなっちゃってるけど、春や夏には元気に日の光を浴びてただろ。一生懸命、木のために。なのに、時が流れたらこんなになっちゃって。・・・人の気持ちも この葉っぱと同じなのかなあ。どんなに人のために何かしてあげて、その人の心の中に強く残ったとしても、時間がたつと忘れられていくのかな。そう思うと、たまらなく切なくてさ。思い出なんて全部無くなってしまうのかなって」
黙って聞いていた美樹が、怒った顔をして僕を見た。
「また初恋の相手のことを思ってたんでしょ。まったく、情けないなあ。男がそんなことにこだわらないの!」
「そんなことってなんだよ!俺にとっては大事なことなのに!」
自分の大切な思い出をつまらないことのように言われ、僕も怒って言い返す。
「慎ちゃん。よく聞いて」
「なんだよ」
「慎ちゃんは、木の葉がかさかさになってしまうことが寂しいって言ったよね。だけど、それは違うよ。確かに冬になったらかさかさになって、ゴミみたいに扱われて無くなってしまう。けど、それは無駄なんかじゃないよ。無くなってしまった木の葉は、次の春に花が咲くための糧になるの。新しい花を咲かせるために、自分自身が栄養になる。思い出も同じ。もし時が流れて記憶が薄れても、絶対にその時の想いが残る。自分が誰かを好きだったときの想いとか、誰かにもらった想い。それは、自分が前に歩きだすための力になる。苦しいときや辛いとき、立ち止まってしまった体を動かす力になってくれるの。・・・慎ちゃんの大切な女の子も、自分のために好きな人が前に進めなくなってたらきっと悲しいと思うよ。想ってくれてるのはすごく嬉しいけど、慎ちゃんには幸せになってもらいたいって、きっと思ってる。だから、前に進んで。大切な思い出なのは分かるけど、その子のためにも前に進んであげて」
僕は美樹の言葉を静かに聞いていた。怒りも、憤りも、それまで持っていた激しい感情を全て捨て、ただ、静かに。
美樹が話し終わったとき、しっかりと少女と向き合う。
美樹の瞳に不安げな光が灯る。僕が怒ったと思ったのだろう。
「大丈夫、怒ってなんかないよ」
不安が取り除かれ、美樹の顔が和らいでゆく。
「そうだよな。いつまでも気にしててもしょうがないもんな。ありがとう。全部とまではいかないけど、吹っ切れたような気がする」
自分でも意識しないうちに笑みがこぼれる。過去の思い出から開放された気がする。
死んでしまったあの子が、僕の呪縛になっていたとは言いたくない。
ただ、自分が自分を縛り付けていただけだ。
あのときの悲しみを、自分の責任にすることで閉じ込めていた。
そんなことをしても彼女が戻ってくるわけではないのに。
そんなことをしても彼女が喜ぶわけないのに・・・。
笑顔のまま美樹の顔を見つめる。どうしたのか分からず、首をかしげる少女。
「本当にありがとう」
真顔で見つめられて、美樹が少し照れた顔を見せる。
「なに言い出すのよ、突然」
「ん、なんか言いたくなっただけ」
変なの、と言いながら視線を下に向ける。その、いかにも照れてますという顔が面白くて、僕は笑ってしまった。
「なに笑ってるのよ」
「何でもないよ~。じゃあ、そろそろ遅いし帰ろうか?」
時計を見てそう言った僕は、ベンチから立ち上がると出口の方向に向かって歩き出した。
後ろから小走りに駆け寄ってくる美樹の足音が聞こえる。
その気配を肌で感じながら歩いていた僕の背中を、柔らかい衝撃が襲った。
僕を立ちどまらせるように、美樹の腕が僕の体を包みこむ。
「だ~、歩けないだろ、そんなことしたら」
僕は美樹の腕をそっと振りほどこうとした。
細い腕に手をかけたとき、くぐもった声が背中から響いてくる。
「ありがとう、ずっと想っててくれて・・・」
「え?」
何のことか分からずに、動きが止まる。
「ううん、なんでもない。なんでもないから・・・もう少しこのままでいて・・・」
少女の体が小刻みに震えてる。背中から、悲しみが伝わってくる。
何故泣いているのか、分からなかった。訳を訊ねたかった。
美樹の震えている心を癒してあげたかった。
だけど、しなかった。
励ましの言葉なんかより、今は自分のぬくもりが彼女を暖めてあげられると信じた。
だから、黙っていた。
彼女が自分から離れるまで、ただ黙って側にいてあげた。
押し殺した嗚咽がおさまり、ゆっくりと彼女のぬくもりが離れたとき、一日の終わりを告げる声が真っ暗になった遊園地に響いた。
僕は後ろを振り返り、彼女の暖かい手を握る。
「もう、帰ろう。家まで送っていってあげるから」
涙が浮かぶ彼女の顔が、微笑みに変わる。
ひどく寂しげな、それでいてとても暖かい笑顔。
僕の顔を見つめた少女は、静かに首を振りゆっくりと僕の手を離す。
「どうした?」
不安になって僕は訊き返す。美樹といるときにいつも感じていた不安。
それが心の中に溢れ出す。心を、押しつぶそうとする。
「できないの・・・」
「何が?」
「あなたに送っていってもらうことができないの」
とても苦いものが心の中に広がる。胸が痛くなる。
「どういうこと?俺がいったら迷惑なのか?俺のこと、嫌い?」
動揺して訊ね続ける僕を落ち着かせようと無理に微笑んで、彼女が口を開く。
「そうじゃない。そうじゃないの・・・。私、慎ちゃんのこと好きだよ。昔からずっとずっと好きだった。・・・今日逢えて、大きくなった慎ちゃんを見て、前よりも好きになった。ずっと一緒にいたいよ、私も!でも、無理なの。私が帰る場所は、本当に遠いところだから・・・」
「どこだよ、その遠いところって!」
堪らなくなって叫んだ僕に答え、自分がかえるべき場所を指差す。
彼女が指し示したその先には・・・清らかに輝き続ける星が広がっていた。




