出会い
「おい、もう帰ろうぜ」
げんなりとした声で、僕は隣で座っている少年に声をかけた。
今や定番となったクリスマスソングが流れる街の中。
そのハスキーな女性ヴォーカルの歌声に混じって、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
街は寄り添いあう恋人たちであふれていた。
弱くなった冬の光と、クリスマスセール用に店頭に飾られたイルミネーションの淡い光が融け合い、その横顔を優しく染め上げていく。
幸福な彼らの笑顔をぼんやりと眺めながら、僕はもう一度親友でもあるその少年に声をかけた。
「帰ろうって言ってるだろ」
僕の強い口調に、それまで夢中で人込みの中を凝視していた義秋が迷惑そうにこちらを向いた。
「なんでだよ、もうちょっといようぜ。こっからが本番なんだから、さ」
「お前なあ・・・・何でこういうところに平気でいられるんだよ?恥ずかしいとか、少しは思わないのか?」
僕のぼやきを聞いて、義秋が意地の悪い笑みを浮かべる。
「あらら、慎也ちゃん何照れちゃってるの?意外と純情なのねぇ」
「お前・・・・おかまみたいだぞ」
「なによ、ほっといてちょうだい。でも、慎也だって俺と同じだと思うけどなあ」
呟くように言ったその言葉に、僕は慌てて反論する。
「おいおい、やめてくれよ。俺はおかまのお前と違って、いたって健全な男子高校生です!」
「誰がおかまだ!!そうじゃなくて、俺が言いたいのはかわいい子に気を取られちゃうってことだよ!」
むきになって僕に喰ってかかる義秋がおもしろくて心の中で爆笑しながら、そのことを表情に出さず、真面目な顔をして、わめきたてる友人と向かい合った。
「いつも欲情している君と一緒にしないでくれたまえ、スケベ大魔人くん」
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ・よ」
義秋のほっそりした体が、怒りのあまり小刻みに震え出す。
(これ以上やると切れるかもしれん)
僕はつい先日の事件を思い出しながら、冷たい汗が頬を伝って流れ落ちるのを感じた。
普段は温和、というか軟派な感じのする義秋だが、実は結構芯の通った男で、ナンパをしたりするときにも絶対にしつこく付きまとったり、からんだりしない。
その義秋と僕が買い物に出かけたときのことだ。
一人の女の子が二人の男に話しかけられていた。
僕達二人は何気なく聞いていたのだが、どうもその女の子はひどくおびえている様子だった。
そしてしばらくの時が過ぎ、業を煮やした二人が無理矢理女の子を連れていこうとしたとき・・・・義秋が切れた。
僕が止める間もなく、凄まじい速さで飛び出した義秋が少女の手をつかんでいるほうの男を殴り倒したのだ。
義秋は強かった。 二人がかりで攻撃してくるのをものともせず、二人を殴り続けた。
僕が後ろから羽交い締めにしなければ、彼らは後遺症が残ってしまったかもしれない。
パトカーのサイレンの音が鳴り響き、肩で息をしている少年と呆然と立ちすくむ少女の手を引いて逃げ出した頃には、男たちは地面に横たわっていた・・・・。
そのことを思い出し、僕は義秋の怒りを静めるため最終兵器を使うことにした。
「冗談だって、そんなにむきになるなよ」
「お前、冗談にしてもほどが・・・・」
「あれ~、義秋くん、君が女の子をナンパしようとしてること、涼子さんにいっていいのかなあ?」
「ぐっ、そっ、それは」
見てわかるほど頭に血が上っていた義秋の顔が、見る間に青ざめていく。
涼子というのは男たちにナンパされていた少女で、いつのまにか義秋の彼女になっていた人である。
とても穏やかに笑う娘で、どこにいても周りの空気を透明にしてしまうような雰囲気を持っているのだが、怒るとかなり怖い。
なにしろ義秋が恐れているぐらいなのだから。
でも、それぐらいじゃないと義秋とつきあえないとは思うけど。
「・・・・・ごめんなさい」
「わかればよろしい」
いつのまにか立場が逆転していることに気づき、僕たちは顔を見合わせると、どちらからともなく笑いだした。
笑いながらふと上を見上げると、白くなった月が濃い藍色に染まる天空に静かに浮かんでいる。
この世に生きる全てのモノ達に、小さな幸せを運ぶ光を送りながら。
それはまるで、草原を駆ける子供たちを眺める両親のようでもあり、海辺ではしゃぐ少女を見つめる恋人のようでもあった。
暖かい気持ちに満たされた僕に合わせたように、笑うのをやめた義秋が、ふと真顔を見せた。
「なあ、慎也」
「ん?」
「お前、彼女を作らないのか?今日はそのためにお前を呼び出したんだぜ」
その一言が僕の胸に突き刺さる。
「何だかお前、女に深く関わるのを避けてるみたいに見えるけど・・・」
義秋の真っすぐな目とぶつかり、僕は胸にたまった空気をゆっくりと吐き出した。
彼が僕をナンパに誘った理由には最初から気づいていた。
彼は心配してくれているのだ。
友人として。僕が何かで悩んでいるんじゃないかということを。
「女性恐怖症なのか?」
義秋の問いに寂しげな笑みを浮かべながら首を左右に振る。
(そうだったなら、よかったんだけどな)
女の子が怖かったんじゃない。
女の子を好きになることが怖かった。
僕が困っているのを察したらしく、義秋が暗くなった空気を吹き飛ばすような明るい声で語りかけた。
「おっ、あの子可愛いじゃん」
指を差したほうを向くと、一人の女の子が白い歩道の上を歩いていた。
その娘は確かに可愛かった。 肩にかかった柔らかい髪を揺らしながら歩く姿は、そんじょそこらのモデルが束になってもかなわないと思えるほどだった。
「ああいう娘が彼女だったら、なんでもしてあげるんだけどなぁ」
本気でうらやましそうにぼやく義秋に、僕は苦笑を返す。
「涼子さんにいっちゃうぞ、今の言葉。それに、ああいう可愛い娘ってもう彼氏がいるんじゃないか?このままデートなのかもしれないし」
「そうだよなぁ、今日はクリスマスだもんなぁ」
「義秋だって、この後涼子さんと待ち合わせしてるんだろ?」
「まあ、それはそうだけど、さ」
義秋の照れたような言葉が空気に溶け切ってしまいかけたとき、最近馴染みだしてきた優しい声が、人込みの中から聞こえてきた。
「義秋く~ん、待った~?」
照れたような笑みを浮かべた義秋が、声がしてきた方向に視線を向ける。
つられて目を向けた僕の前に、小柄な少女の姿が現れた。
「あれ、待ち合わせは七時じゃなかったっけ?」
不思議そうに訊ねる義秋に、涼子が少し意地悪そうに言う。
「そうだよ。でも慎也君と一緒だって聞いたから、ここでナンパでもしてるのかな、と思って」
その言葉に僕は笑い声をあげ、義秋は苦笑いを浮かべた。
本当にこの娘にはいつも驚かされる。
まだ付き合い初めて間もないというのに、完全に義秋の行動パターンを把握しているんだから。
「それにしても」
眉間にしわを寄せて、涼子が義秋をにらむ。
「普通、彼女がいるのにナンパなんかする?しかもクリスマスイヴなのに」
「あっ、えっと・・・」
必死に言い訳を考える義秋が何かを言う前に、それまで唇を尖らせていた少女の顔が急に穏やかなものへと変化した。
「そんなに困らなくても大丈夫だよぉ。慎也君を元気ずけるためだってわかってるから」
そして、コロコロと笑い声をあげる。
少女が楽しそうに笑う姿を見て、緊張しきっていた義秋がベンチに座り込んだ。
「まったく、驚かせないでくれよ。心臓、止まるかと思ったぜ」
「ごめんなさい」
頭を小突くふりをする義秋の腕に、涼子の細い腕が絡まる。
僕は少しまぶしくて、何だか照れてしまいながら、恋人達から目を放した。
下を向いて目を閉じると街の中の喧騒がやけにはっきりと聞こえる。
ケーキを売る学生の声。
スピーカーを通したために少しかすれている鈴の音。
両親に挟まれて楽しそうに歌う子供のジングルベル。
今この瞬間だけは、どんなに罪深い者も、どんなに強欲な者も許される聖なる夜。
神様に祝福されたこの街で、恋人達はどんな愛を紡ぐのだろう?
それは僕にとって、いくら焦がれても手に入らない幸せだった。
人を愛することができなくなった僕には。
僕の心の中には、一人の少女の面影が住んでいたから。
だから、もう恋なんてしない。 そう決めたんだ、あのときに。
「お、おい、慎也」
ほろ苦い想いに包まれていた僕を、義秋の焦った声が現実に引き戻した。
二人の戸惑った雰囲気が肌に伝わってくる。
「どうしたんだよ?」
訊ねながら顔をあげて・・・・僕は驚いた。
さっき話題に上がった少女が、僕の目の前に立っていたのだ。
呆気にとられたまま小さい顔を見つめていた僕に、少女が笑いかける。
「ねえっ、慎ちゃん。今、暇?」
「えっ、あっ、うん。特に用事ないけど・・」
「じゃあさ、デートしよっ!」
「ちょっ、ちょっと待て・・」
何が何だかわからない僕にかまわず、手をつかむとそのまま歩き出す。
ひんやりとした柔らかい手の感触にドキドキしている僕は、なす術もなく引きずられていく。
僕の戸惑いの声と、少女の楽しげな笑い声が完全に聞こえなくなったその場所には、呆然と立ち尽くす二人が取り残されていた。
改行した方が読みやすいかもしれない・・でも、めんどくさくて( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ
ごめんなさい