こうして夜は更けていく
シロクマside
「――そう。彼はなにも言わなかったの?」
押収した書類に目を走らせるのをやめて、顔を上げ確認するように尋ねた。
「はい。スズ様のお気持ちを聞いただけです」
「報告ありがとう。下がっていいよ」
そう言うと、すぐに部屋から出て行く。
――正直、意外だと思った。
スズは彼に好意があると、そう思っていた。
というより、今もそうだと思っている。
だから受け入れると、疑わなかった。
「……自信がないの。
私は器用ではないし、人の感情の機微に疎いし。 平等に愛するなんて、出来ないと思う。
どちらかに気持ちが偏って、傷つけたりするのが怖い」
侍女から聞いたその言葉は、スズらしいと思った。
平等に愛することができない、なんて暗黙の了解で口には出さないであろうことを正直に言って。
気持ちが偏って傷つける、と言う。
所詮言わなければ誰にもわからないことで、それを正直に告白する人は少ない気がする。
むしろ思っていても、隠してほしいくらいだろう。
けれど、そんなスズが好ましいとも思う。
ただそう言って求婚を断るということは、彼より私に気持ちが偏っていると言っているようなもの。
私なら絶対に聞きたくない言葉だ。
それならいっそ、好きではないと言われたほうが良い。……スズは言わないだろうけれど。
彼には同情を禁じ得ない。
私はそんなことを考えて、先程までのことを思い返した。
私が勝手に薬を盛って逃がそうとしたことに怒って、泣きながら私に訴える姿。
頑なに、約束をなかったことにするスズ。
そんなスズもレオンの言葉で落ち着いたのか、ポツリと謝罪して。
「…………陛下が好きです。
側にいられる権利を、くれませんか」
――不意打ちを食らった。
時が止まったような、そんな気持ちになった。
突然そう告げたスズに、私は口づけを我慢できずに迫ってしまって。
あれ以来触れていない唇は、思っている以上に柔らかくて熱を持っていた。
優しくするはずだったけれど、気づけばもっとスズを感じたくて深く口づけていた。
顔を真っ赤に染めてぐったりしたスズが胸元に埋めた時は、嬉しい反面、彼にもしたと思うと嫉妬に駆られた。
「いえ、陛下はお仕事をしてください。
ヴィルに用事もありますし、大丈夫です」
だからそう言われた時にも嫉妬して、その思いをぶつけるように深く唇を奪った。
そのあと慣れない様子でぐったりするスズに、溜飲が下がったけれど。
初めて会った時から、ヴィル、ヴィルと。
私のことは呼ぶ気配もなく、私に対する口調も変わらない。それがずっと気に入らなかった。
だから、恥ずかしそうに「シドランさま」と呼ぶスズが可愛くて、鹿乃、と呼んでまた唇を塞いで。
そのあとスズが真っ赤な顔をして、とろりとした目元と涙の滲んだ上目遣いでこちらを見て。
初めて見る表情に心臓は煩いくらいに鳴っていて、だから余計に彼に会わせたくないと思った。
彼に会いたい理由に心当たりがあったから。
返事をしたそのあとは--。
一緒に過ごすのかと不安になった。
私を受け入れたスズは今までよりも気を許したように私を見て、向き合ってくれていて。
今までよりも、真っ赤な顔で私を見る。
私の一挙一動に頬を染めて、素直な反応をする。
それが嬉しくて愛しくて。自分でも気付いていなかった一面が顔を出すくらいに。
せめて、今日だけは私だけのスズでいてほしい。
そんな本音を飲み込みながら、部屋までの道を歩いた。
スズはふわふわとしているけれど、一方では芯が通っていて物事を知っている。
そんなスズだからあんなにも、惹き寄せる。
騎士達ですら、スズに見惚れていた。
全く油断も隙もない。
私だけのスズではない、そうわかっている。
それでもそうであってほしいと思ってしまう。
そんな私の心を読んだように、月を見てスズが言った言葉を思い返し、私はひとつ溜息を吐いた。
「……また溜息ですか。
今度は幸福の溜息でしょうか」
共にいたレオンは呆れたように、溜息を吐いた。
嫌味を込められているような気がするけれど、今は気にもならない。
レオンのおかげでもあるし、仕方がないだろう。
「ふふ、……まあね。
気を利かせてくれて、ありがとう」
「……いくらスズ様が鈍いとはいえ、程々にしないと嫌われますよ」
どれのことだろうか。心当たりがありすぎてわからない。
牽制するため、護衛達仲睦まじい所を見せたことだろうか。
それとも侍女に逐一報告をさせていることだろうか。どちらも私には大切なことだった。
「心に留めておくよ」
そう言うと笑みを浮かべて、手元の書類に視線を戻した。
****
クマside
どうやって部屋まで歩いたのか、わからない。
体は自分の意思とは関係なく、部屋に向かって歩いていたらしい。
部屋に入って扉に寄りかかると、ズルズルと床に座り込む。
「どうして、……どうして!殿下はなにも言わなかったんですか!」
カイルは怒っているのか、悲しんでいるのか。
赤い瞳をこちらに向けて顔を歪めていた。
やはり会話は聞こえていたらしい。
「言わなかったのではなく、言えなかったんだ。
なにも、……言葉が出てこなかった」
――そう、出てこなかった。
スズの言葉は、陛下が特別だと言っていた。
気づいていた事でもハッキリと言われると、心が痛くて、息ができないように苦しくて。
それでも、スズが考えて出した答えだ。
それを惑わせるようなことはしたくなかった。
「格好つけないでください!
……みっともなくても、縋ればいいじゃないですか!本当の姿を、言葉を曝け出せばいいじゃないですか!本音を隠しているような人に、スズ様は振り向くわけないでしょう!」
カイルは全てを吐き出すように、叫ぶ。
その言葉がグサグサと心に刺さり、唇を噛む。
私としては、本音が言えていると思っていたし、本当の姿を見せているつもりだった。
それを「格好つけている」と言われるとは。
しかも振り向くわけがない、と。
「それはお前もだろう!
隠すならしっかり隠せばいい!
言わないと決めているなら、態度に出すな!
それは卑怯だろう」
苛立ちのままに口を開くと、今度はカイルが顔を顰めて唇を噛んでいた。
つい感情的になってしまったと、口をおさえた。
「……それでいいんです。
いつも自分自身を律してばかりで、自分が見えなくなっていませんか。
たまには感情のままに、スズ様と話してみては?」
私の言葉に傷つきながらも、私のことを思って言ってくれているカイルに、申し訳なくなった。
自分が辛くても、私を怒って、鼓舞してくれるのはカイルだった。
そんなカイルに甘えている面があったから、カイルはあの女に協力してしまったのかもしれない。
あの一件は私にも責任がある。
「カイル、……すまない。
そうしてみよう」
そう言って、服を叩きながら立ち上がると続けた。
「とりあえず、今夜は飲まないか。
傷心の私に付き合ってくれるだろう?」
「……仕方ありませんね、少しだけですよ」
困ったような顔をしながらも、酒の用意を頼んでいる。それに笑みがこぼれた。
「ああ。少しだけ、な」
私の返事にカイルも頬を緩めた。
こんな夜にひとりではない、そのことに感謝した。




