クマに返事をする
陛下は私達に部屋に入るように言ったため、見送ることが出来なかった。
私は扉の前で、緊張で早まる鼓動を落ち着けるように、自分の手を握りしめて深呼吸をした。
フェリスはそれを見て、なにか察しているのかなにも言わない。
フェリスにこの辺りで待っていてほしいと伝えると、快く引き受けてくれた。
それに一先ず安心して部屋の中へ進むと、ソファーにはヴィル、その傍らにはカイルがいた。
予想通りの光景であっても、たじろいでしまう。
ふたりは私の姿を見て、安堵の表情を浮かべている。
「レオン様から聞いたかもしれないけど、なんとか危険が回避できたよ。
ヴィルもカイルも、ごめんね。
こんな遅くまで部屋にいてくれて、ありがとう」
ふたりのおかげで今がある。
だからまずはお礼を言いたかった。
「したくてしただけのことだ。
気にするな」
ヴィルはそれだけ言うと、立ち上がろうとする。
「ま、まって。まだ話が……」
引き留めたものの、言い淀んだ。
よくよく考えたら、ヴィルの側にはいつもカイルがいる。
カイルの前で、返事をしてもいいのだろうか。
あの告白のような言葉を知らないことになってはいる。しかし、内容がどうであれそんな話をするのは無神経ではと、一度気になると気になってしまう。
風船の空気が抜けるように、勢いづけた気持ちが萎んでいき、俯いた。
「カイル、あの侍女のところで待っていてくれないか」
まるで私の気持ちが伝わったかのような言葉に、伏せていた顔を上げた。
「……話があるんだろう?」
ヴィルは私がなにを話そうとしているのか気づいているようで、表情が硬い。
私がそれに頷くと、カイルはフェリスのほうへ離れていった。
「……あの、約束通り一週間考えたの。
私の気持ちを、聞いてくれる?」
ヴィルは硬い表情のまま「ああ」と頷いた。
私はヴィルの正面に腰を下ろすと、口を開いた。
「私の生まれた国は一夫一妻制で、だから私の中では複数婚の想像は難しいの。
それが私にとって一番の懸念材料だった。
……私はヴィルが好きなのかもしれない。
でもそれはふわふわしていて、まだ芽生えただけのように不安定なもので。
懸念を解消することが出来ないの。
だから、ヴィルの気持ちには応えられない。
ごめんなさい」
正直な気持ちと少しの嘘。
好きではない、とは言えなかった。
そのほうがヴィルにとっては良いはずなのに、そんな嘘はつけなかった。
気持ちが上手く伝わったのかよく分からない。
ただずっと目を合わせてくれていたヴィルは、私の言葉を聞き終えると、顔を伏せてしまった。
本当はこんな事言いたくない。
傷つけたい訳ではないし、……好きだから。
それでも、私の心が動いたのは陛下だった。
「……なにを懸念しているんだ」
伏せていた顔を上げると、真っ直ぐに私を見て尋ねる。
「えっと……、」
そんなことを聞かれると思っていなかった私は、口をもごもごさせて言い淀む。
「正直な気持ちを聞かせてくれ」
「……自信がないの。
私は器用ではないし、人の感情の機微に疎いし。 平等に愛するなんて、出来ないと思う。
どちらかに気持ちが偏って、傷つけたりするのが怖い」
どう思われるか不安になりながらも、思っているままを口に出した。
すでに気持ちが偏っているから、今答えが出ていると言っても過言ではない。
「…………」
ヴィルはそれに気付いているのか、なにか言いたげにしながらも黙ったままだ。
「……陛下を選んだのか?」
ヴィルの苦しそうな表情とその言葉に胸が痛くなった。頷いたのと同時に、本当にこの答えでいいのか、迷いが生まれる。
選んだのか、選ばれたのか。
選ぼうと思ってふたりを比べたわけではなく、ただ自然にそうなっていた。
自分の意思で選んだと胸を張れるものではなかった。
「……わかった。
考えてくれて、正直に話してくれてありがとう」
ヴィルは口角をあげて、笑う。
その笑顔は明らかに無理をしていて、どうしようもなく泣きたくなってしまう。
しかし、私は傷つけた側だ。
泣かないようにグッと口を引き結ぶ。
「……好きになってくれて、ありがとう」
謝るのは違う気がして思うままを口に出したが、余計に苦しめてしまったのだろうか。
それを聞いたヴィルは辛そうに顔を歪めた。
「遅くまで、悪かったな。
疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
そう言って立ち上がると、返事を待たずに背を向ける。
フェリスとカイルを見ると、会話が聞こえていたのか、気遣わしげな表情をしていた。
パタンと扉が閉まる音が響き、ソファーにストンと座り込んだ。
これで良かったのだろうか、そんな言葉がぐるぐると頭の中をめぐる。
「……スズ様、湯浴みされますか?」
フェリスが優しく微笑んで、問いかける。
お願いします、そう小さな声で答えると、すぐに用意をしてくれた。
フェリスは聞こえているかも知れないのに、なにも言わない。それが今は救いだった。
****
お湯に浸かりながら、一日を振り返る。
『救国の乙女』のお披露目式。
陛下の襲撃事件。
陛下と恋人になって、ヴィルには断わり。
――こんなにも濃い一日は、珍しいくらいで。
分岐点とも言える日だった。
今まで後悔はしない。
そう決めていたし、そう思って行動していた。
なのに、最後の決断は後悔しないと言い切れない。
しかしヴィルの傷ついたような顔が、頭から離れなくて、涙が滲んだ。
それを誤魔化すようにお湯に浸かると、眠気に襲われてお湯から上がった。
ベッドに入ると、それを考えることを放棄するように、夢の中へと旅立った。




