シロクマはキス魔?
「……あくまで可能性ですが、彼女はあちらの世界を知っているかもしれません」
執務室に入ってすぐ、そう口を開いた。
「詳しく話してくれる?」
陛下のその言葉に頷くと、レオン様が整えてくれたソファーに、皆で腰を下ろした。
「陛下も聞いていた通り、彼女の目的は当初『救国の乙女』になること、だったと思われます。
彼女が"マシンガン"と口走ったこと。
それらから、あちらの世界について誰かから聞いたのか、なんらかの理由で知っているのか、どちらかではないかと…」
私は後者だと感じたが、それは口には出さない。
証拠があるわけでもない、ただの直感だから。
それについてはあまり考えたくないのもあった。
あちらの世界を知っている人が、処罰を受けるのは気分の良い話ではない。
それにヴィルの疑いを晴らしたかったのに、別の方法を考えないといけないかもしれない。
「『救国の乙女』になり、その素質が疑われないよう聖石を利用しようとした、と。
それなら、聖石を三ヶ月前に手に入れたという事にも納得がいくね」
そう言って、考える素振りを見せると更に続けた。
「どちらにしても、捕らえた三人を尋問をして探るしかなさそうだね。レオン、頼める?」
「はい。お任せください」
陛下とレオン様の難しそうな会話を隣で聞きながら、チラリと窓を見ると、外はもう真っ暗だった。
割れた窓は板が張ってあり、風が入らないようになっているようだった。
鳥などが入らなくて安心だ。
「スズは?」
ボーッと外の月明かりを眺めていた私は、思いがけない問いに、焦って視線を彷徨わせた。
聞いていなかったというのも、気がひける。
「……聞いていなかったのでしょう。
スズはお腹空いてない?」
さすが、陛下には私の考えはお見通しのようだ。
そういえばお腹が空いたような気がする、そんなことを考えた瞬間にグルルル……と動物の鳴き声のような音が鳴った。
「…あっ、これは、その!」
絶対に聞こえた!恥ずかしすぎる。
しかも可愛らしい音ではなかったのが、余計に。
思わずお腹を押さえてしまった手で、羞恥に染まった顔を隠す。
「ふふ……っ、何か用意してもらおうか」
陛下が耐えられないのか、笑いをこぼしながらそういうと、レオン様が動く気配がした。
陛下は笑いのツボに入ったのか、笑い続けている。
「……もうっ!笑わないでくださいっ!」
「ふふ、ごめん。可愛くてね。
怒る姿も可愛いなんて、私はスズに溺れてるね」
私を見て、愛おしそうに目を細める。
恥ずかしくなるような言葉に耐えられず、赤くなる顔を手で覆った。
溺れさせられているのは私のほうだと思うが、口には出せなかった。
****
レオン様が運んできてくれた軽食を、陛下と他愛もない話をしながら食べた。
「スズは休む時間になるけれど、どうする?」
……どうする?
「私の部屋を使う?」
「……!?自分の部屋に帰ります!」
「ふふ、そんなに焦らなくても。
私はまだ休めないから、安心していいよ」
残念そうな表情を浮かべながら言う陛下。
身体が心配になると同時に少しホッとしてしまった。休めない理由がわかるだけに、申し訳ない。
私が彼女に会いたいと我儘を言ったせいもあるかもしれないと思うと、更に申し訳なかった。
「……無理、しないでくださいね」
「ありがとう。
スズ、部屋まで送るよ。
捕まえたとはいっても、心配だからね」
「いえ、陛下はお仕事をしてください。
ヴィルに用事もありますし、大丈夫です」
私がまた時間を奪ったら更に休めなくなる、そう思ってのことだった。
「そう?」
「はい、……?」
そこで初めて陛下の纏う空気が違うと気付いた。
にっこりと笑顔を浮かべていても、なにか違う。
「ねぇ、スズ。口づけさせて」
返事をする間もなく、ソファーに押し付けられるようにしてキスされた。
慌てながら周りを見ると、レオン様はいつの間にかいなくなっている。
だからいいという訳ではないが、ホッとした。
そんな私の気持ちに気付いているのか、熱っぽい眼差しで微笑み、また唇を重ねた。
されるがままの私は、息の仕方が分からなくなるようなキスに翻弄されて。
唇が離れていくと、くったりと力が入らなかった。
目元に滲んだ涙を拭おうと、ソファーに預けた身体を起こそうと頑張る。
そんな私を見て恍惚とした表情を浮かべて「可愛い」と呟く陛下に、頭が沸騰したように熱くなる。
今日の陛下は初めて見る姿ばかりで、私はいっぱいいっぱいだった。
……というかこういうものを、キス魔というのかもしれない。
「……私も嫉妬するって、知っていた?」
「嫉妬……?」
そう聞き返した私に、陛下は微笑んだだけで。
「スズ、私のこと名前で呼んで」
「な、なまえ、ですか……?」
「ほら、簡単でしょう?」
心の準備が出来ていない私には、難しい。
ヴィルは最初からヴィルだったから、呼べただけ。
ずっと陛下だったから、恥ずかしい。
しかし、きっと呼ばないと陛下は納得しない。
意を決して、俯きながら口を動かした。
「シドラン、さま」
それを聞いた陛下はふわっと顔を綻ばせた。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、ドキドキと鼓動が早い。
「シドラン、でもいいのに。
それは婚姻してからの楽しみにしておこうかな。
――ねぇ、もっと呼んで、鹿乃」
初めて呼ばれた名前に、顔が真っ赤になるのがわかった。心臓がぎゅっと掴まれたような、そんな感覚に陥る。
「シ、ドランさま」
やっとの思いで呼ぶと、陛下は嬉しそうに微笑んで、また唇を奪った。
鹿乃、と呼ばれる度に心臓が跳ねて、甘い声にクラクラして。
そんな私に何度もキスしたあと、やっと解放された時にはお酒に酔ったようにクラクラした。
「こんな蕩けた顔を、彼に見せるの?」
とろ……?
どんな顔をしているのか、知りたくない気がする。
「陛下、のせいですっ!」
「シドラン、でしょう?」
私の唇を人差し指で押さえて、悪戯っぽい微笑みを浮かべるとそう言った。
「……っ!
シドランさまの、せいです」
「ふふ、……可愛い。
もっと口づけたくなってしまうね」
「駄目ですっ!」
「……彼のところに行くの?」
「はい、約束していたので。
ヴィルはもう待っていないかもしれませんが」
それを聞いて陛下は複雑そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めて笑みを浮かべる。
「それなら、部屋まで送るよ」
それだけ言うとソファーから立ち上がり、私は差し出されている手を取った。
****
廊下を歩いていると、外気なのか少しひんやりとした空気が火照った頬を撫でた。
護衛は後ろをついてきている。
部屋に着くまでに、なんとか熱くなった顔を冷ましたいと手でも仰いでみた。
隣を歩く陛下は、そんな私の行動をおかしそうに笑っていた。
その様子からは先程の表情は感じられない。
しかし、気にしているだろうと思った。
ヴィルより先に話すのは違うと思うから言えない。それもきっと分かってくれている。
私が逆の立場なら、それでも気になってしまう。
どうしたら、そう考えながら歩いていると。
窓の外に綺麗なお月様が見えていて、足を止めた。
「……綺麗」
そう呟いた私に「そうだね」と返す。
それがなんだかくすぐったい。
「こうしてシドラン様と、綺麗なものを一緒に楽しんだり、そんな時間が本当に幸せです。
シドラン様の恋人になれた今日を、私は絶対に忘れません。……好きになってくれて、ありがとう」
想いが伝わるように陛下の手をぎゅっと握って、照れながらも感謝の気持ちを伝えた。
それに陛下は泣きそうに微笑んでいて。
「こちらこそ、ありがとう。
私は鹿乃がどんな決断をしようと、構わないよ。一緒に居れることが、私にとっては奇跡みたいなことだから。
……ただ妬いてしまう事は許してほしいけれど」
私の気持ちを汲み取るような言葉に、胸が締め付けられた。
陛下はいつも自分の気持ちより私の気持ちを大事にしてくれて、そんな陛下を好きにならないはずはなくて。
私がいいと言うまで、キスもしなかった。
私の気持ちを待っていてくれたのが、嬉しかった。
優しさに甘えてばかりでなにも返せていないのに、今もまた優しさに甘えようとしている。
「……ありがとうございます」
更に手をぎゅっと握ってそれだけ言うと、また私の部屋に向かって歩き出す。
言いたいことは沢山あるはずなのに、口から出たのはそれだけで。繋いだ手から伝わる温もりに、考える余裕は奪われてしまっていた。




