王としてのシロクマは
「陛下、証拠が見つかりました!」
部屋に戻ってきたレオン様は勢いよく扉を開けると、慌てたように報告した。
陛下はレオン様のもとへ行き、話をしている。
「アリシャール王国の紋章が彫られている箱が見つかり、赤と青のそれは聖石が入っていたのではないかと思われます。
それとは別に裏帳簿も出てきたようです」
「それなら決め手になりそうだね。
かなり隠しものが多そうだ。隅から隅まで探したあとは、スズにこちらに飛ばしてもらおう」
「はい、伝えておきます。そろそろ公爵が到着しますが、どういたしますか?」
「着いたらすぐに娘とは離れた牢にいれて。
隠し持っているものがないか、念入りに確認を。すぐに向かうから警備も万全にしておいて」
「かしこまりました。
では、牢で待機しております」
そう言うと、レオン様は足早に部屋から出ていった。
陛下はこちらを振り向くと、真剣な表情をする。
「スズ、廊下はそのまま歩いていいけれど、牢では先程の布を被ってもらえる?」
その言葉にコクリと頷き、ソファーに掛けていた布を手に取った。
「行こうか」そう言った陛下と共に部屋を出て、しばらくすると通ったことのない通路を歩いた。
護衛は前と後ろで周囲を警戒している。
これから向かうところが牢で、あの男性が捕まっていると思うと緊張と不安で落ち着かない。
あちらの世界にいる時には、縁のないものだったから余計だろうか。
少し薄暗い廊下を陛下に掴まるようにして進む。
ひとつの扉をくぐると、更に薄暗くて湿っぽいような石造りの通路になった。
薄暗いことでお化け屋敷のような、そんな風に感じてしまう通路に、陛下を掴む手に力が入った。
「スズ、怖いの?」
「…………いえ、」
「ふふ、強がらなくてもいいのに。
服ではなく、腕を掴んでもいいのだけれど。
……それとも、抱っこしようか?」
悪戯っぽい笑みでこちらを見るから、不覚にもドキッとしてしまった。
普段とは違う表情を見せられると、心臓に悪い。
「……手だけ、繋いでいてほしいです」
少し目を逸らすようにしながら、護衛に聞こえないように小さく呟いた。
「ふふ、仰せのままに」
笑みを深めてそう言うと、手を重ねた。
陛下の手は温かくてなんだか安心する。
そんなことを思っていると、そのままスルリと指と指が絡められ、ギュッと握られた。
恋人繋ぎと呼ばれるであろうそれは、初めてで心臓が指にあるかのようにドキドキと脈を感じる。
そんな私の心を知ってか知らずか。
「……ずっとこうしたかった」
そう言って嬉しそうな微笑みを向けられると、動揺で繋いだ手をぎゅっと握りしめてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
痛くなかっただろうかと、陛下を見上げると。
私を見つめる目が優しくて、また心臓が騒がしくなった。
パッと下を向いて視線を彷徨わせながら、歩く。
手と陛下にばかり意識がいってしまい、周りに恐怖を感じる余裕はなかった。
陛下の思惑通りだったのかもしれない。
あっという間にひとつの扉の前につくと。
「怖くはなかった?」
確認するように聞く陛下に、火照った顔を隠しながら頷くと、陛下は「良かった」と小さく呟いた。
「この扉を入れば牢だから、ここで準備しようか」
繋いでいた手を離すと、持ってきた布をふわっと私に掛けた。左手で布をおさえて、繋いでいた右手は布の上から陛下の服を掴んだ。
私がどこにいるかわかるし、後ろをついて歩くにも間違いがないはず。
ただ先程まで温かかった手が離れて、少し寂しく感じてしまった。
では、と騎士が扉を開けると右側にズラリと檻が並んでいる。壁の方に寄りながら歩くと、どこかから騒ぐような女性の声が聞こえた。
姿は見えないので、離れた場所のようだ。
奥へ進んでいくと、レオン様の姿がある。
レオン様の前では、あの時の男が檻の柵を掴み喚いていた。
「許されると思っているのか……!
私がなにをした!?
突然来て閉じ込めるなんぞ、前代未聞だ!」
騒いでいる男には答えず、こちらに視線を向けて檻の前を開けた。
「リーベルド、失望したよ。
もっと賢い男だと思っていたのだけれど。
娘が捕まってもなお、言い逃れが出来ると?
……ああ、それとも娘の独断だった?」
陛下の表情は窺えないが、男の柵を握る手は白くなって、その表情は怒りに染まっている。
「娘は陛下を恨む誰かに騙されたのでしょう!
そんなことも調べずに拘束したのでは、陛下の手腕が疑われますな!」
「娘がなにをしたのか知っているような口ぶりだね。……誰から聞いた?」
先程まで怒りで赤くしていた顔を真っ青にして「……騎士に」と小さく答える。
「そう、内々に処理したから知らないはずだけれど。一体誰に聞いたと言うつもり?」
陛下の言葉に男は蒼白な顔をして唇を震わせている。
「……な、いや、」
「ここに入れられた時点で、確証を得ているとは思わない?正しい判断能力の欠如に、不敬に………
リーベルド、耄碌したのではない?」
男は蒼白な顔のまま、ギリギリ聞こえそうなほど唇を噛み締めていて、言葉が出てこないようだ。
その顔にははっきりと憤怒の形相が浮かんでいた。
この期に及んで、罪を否定する言葉も陛下を心配する言葉も出てこないところを見ると、耄碌していると言われても仕方がないだろう。
「私だけでなくスズにも手を出したということは、覚悟しているのでしょう。短い時間かもしれないが、ここで最後の時間を過ごすといい」
そう言って「レオン、行こう」と来た道を戻る。後ろからはなんの声も聞こえなかった。
そのまま後ろを歩き扉を抜けたあと、そこで布を脱いだ。ずっと被っていたせいか、汗をかいていて臭くないか気になってしまった。
レオン様は私がいることに気付いてなかったようで、目を見開いていた。
「スズ様まで連れてきて、良かったのですか」
「まだ油断はできない。
ひとりにするよりいいでしょう」
「それはそうですが。
あの姿をスズ様には見せたくないのかと、思っておりました」
その言葉に陛下は少し視線を落として、こちらに問いかけた。
「……スズは、私を冷酷だと思った?」
あの男に対して、毒を吐いたことだろうか。
確かに執拗に責めるような言い方ではあったが。
「いえ、必要なことだと分かっています。
全てを許すことは簡単ですが、それでは秩序は乱れてしまいます。だから、しないといけない。
……私はそんな陛下を支えられる存在になりたい、そう思いました」
そう言って陛下の手を握った。
行きで繋いだ時とは違い、その手は冷たかった。
温めるように安心させるように、両手で包み込む。
陛下はむしろ優しいくらいなのだと思う。
もっと責められてもおかしくないことを、していたのだから。あの態度を咎めることもしなかった。
信じたくない気持ちもあったからこそ、ここまで来たはずだ。
最後の時間とは、そういうことだろう。
罪を犯した者には、相応の罰がある。
それでも感情的にならず淡々と告げていたが、私には無理しているように見えた。
後ろ姿しか見えなくても、なんとなくそう思った。
そうしてまで言わなければならない時もある。
陛下とはそういう立場なのだと理解はしていたが、あの時思い知らされた気がした。
「スズ、ありがとう」
そう、ふわりと微笑まれて、胸が締め付けられる。
レオン様はそれを見て安堵するような、そんな表情を浮かべてこちらを見ていた。




