約束のキスは
「――では、言い訳を聞こうかな」
そう言った陛下は笑みを浮かべているが、明らかに怒っていた。
まずは、陛下に怪我をさせる原因となった、落ちてしまった布を拾う。
その布はスマフォで願ったら作れてしまった、透明マントだ。
「これを被れば、姿が見えなくなります。
だからなによりも安全だと思いました」
「布が落ちることは考えなかったの?」
「…………。
見守るだけの、つもりだったんです」
「では、スズは偶然目が覚めたの?」
「それは、ヴィルが起こしてくれました」
「……彼が、スズを危険に晒すとはね」
予想外だったな、と呟いている。
「で、彼らは?」
「……部屋に戻ってもらいました」
半ば無理矢理。私の留守中になにかあってはいけない!と、ヴィルを説得して、カイルにはヴィルの側を離れるべきではない!と訴えた。
「ヴィルに『救国の乙女』の規定について、聞きました。私を守るためのものだと。
陛下は、……酷いです」
私はまたポロポロと涙が流れるのを感じた。
陛下はハンカチを取り出して、涙を拭ってくれる。
怒っていても、そういう所は優しい。しかし。
「私の、返事も聞かずに、勝手に薬盛って!
陛下は私と一緒にいてくれると、そう思っていたんです。ヴィルが起こしてくれなかったら、陛下になにかあったら、私はずっと後悔していました!
私の意思を、無視しないでください……っ」
抑えきれない感情に流されるように、言葉が口から出ていった。
「……スズ、ごめん。
けれど、約束したでしょう?」
「薬を盛られた時点で、私の中ではなかったことになりました」
「……それは、本当に悪いことをしたと思っているけれど。スズが怪我するところだったでしょう」
「…………。
でも!私がいなかったら、弾が当たっていたかもしれません!」
陛下は盛大に溜息を吐くと、困った顔をする。
「レオン、どう思う?」
突然振られたレオン様はギョッとして、戸惑い目を泳がせる。
「……いや、私は、」
歯切れの悪いレオン様を、陛下は目だけで咎めた。
レオン様はひとつ溜息を吐くと、口を開く。
「……私は、おふたりとも動くべきではないかと。大人しく守られていてもらいたいです。
薬を盛るのは、私もどうかと思いますが……。
スズ様もいくら姿が見えないからといっても、無鉄砲だったのは事実です。助かったのも事実ですが、あのままでしたらスズ様が刺されていました。
と、まあ。要するに、おふたりとも悪いです。
私を痴話喧嘩に巻き込まないでください」
言うだけ言うと、私達に背を向ける。
もう巻き込むなという意思表示だろうか。
しかし第三者としてのレオン様の言葉で、少し頭が冷えた気がする。
痴話喧嘩は、酷いと思うが。
「……陛下。約束破って、ごめんなさい。
怪我をさせて、ごめんなさい」
泣くのは卑怯だと思うのに、勝手に出てきてしまう。
「私こそ、ごめん。
この怪我は名誉の負傷だから、スズが謝る必要はないよ。それより、身体は大丈夫?
薬で気分が悪くなったりしなかった?」
自分の怪我は気にせず、私の心配をする。
陛下の心配に精一杯首を横に振ったあと、俯く。
「…………陛下が好きです。
側にいられる権利を、くれませんか」
唐突すぎる言葉に、ふたりが驚いたのが伝わる。
襲撃されたあとで、レオン様もいて、部屋もボロボロで。ムードもなにもないと、わかっている。
今はそれどころではない、とも。
それでも、自然に口から出ていた。
私の考えなしの行動で、嫌いとまではいかなくても、相応しくないと、あの言葉をなかったことにするつもりだったら……。
そう思うと不安で陛下の顔は見られない。
「……レオン」
「承知しております」
名前を呼んだだけで、なにか通じたようだ。
「スズ、本当に?
今の言葉、後悔しない?」
「しません!
……陛下も、後悔していませんか?」
「する訳ないでしょう。
私がどれだけスズの事好きか、分かってないね」
それを聞いて安堵の息を吐くと同時に、恥ずかしくて顔が赤くなる。
「ねぇ、スズ。
あの時の約束は有効でしょう?」
この流れで思い当たるのは、あれしかない。
「……今、ではない、……ですよね?」
それににっこり微笑むと、私の手を取る。
なんだか嫌な予感がして思わず後ずさるが、すぐに壁にぶつかってしまった。
「あの……、ここはその、部屋も荒れていますし、状況が、」
「そうだねぇ、これで見えないでしょう?」
陛下は私を壁に押しつけて、顔の横に腕を置く。
腕の傷が心配になるが、陛下の綺麗な顔が近すぎて、言葉が出ない。
こんな距離で微笑まれては直視できないし、心臓がどうにかなりそうだ。
慌てて目を逸らすと、頬に手が触れた。
「スズ、今度は忘れないでね」
そう言うと同時に柔らかい唇が触れて、優しく奪われた。
前も横も陛下しか見えず、なにもかも全てが陛下でいっぱいで、心拍数は上がる一方だ。
食べられる、その表現がぴったりなくらいに深く
唇を重ねられると、もうよく分からなくて。
ただ頭がふわふわして立っていられず、無意識に縋るよう陛下の服を掴んだ。
「……ごめんね。嬉しくて、つい」
力の抜けた私の身体を抱きとめると、頬を緩める。
なんだか陛下の新たな一面を知った気分だった。
最後にもう一度優しく唇を重ねて、名残惜しそうに抱きしめられた。私は恥ずかしくて、真っ赤な顔も見られたくなくて、そのまま顔を隠すように埋める。
「可愛い、……妬けるね」
陛下の呟きの意味がわからず、思わず顔をあげると目が合った。
ぶわっと更に火照った顔を見て、陛下は嬉しそうに顔を綻ばせた。
抱きつくようにして顔を隠すと、小さく呟く。
「……陛下、お仕事が、」
「そうだね、レオンが待ってる」
……レオン、様?
慌てて顔を上げて陛下の後ろのほうを見ると、少し離れた場所に立っている。
声にならない悲鳴をあげる私を、陛下は微笑んで見ている。
私は恥ずかしいやら申し訳ないやらで、レオン様に顔向けが出来ない。
陛下と一緒にいると、周りを忘れてしまう。
気をつけなければ、と自分で自分に言い聞かせた。




