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クマは決断する



ぐっすりと眠っているスズ。

言うだけ言って、去っていった姿。

こちらで考えると言ったこと。

――テーブルに置いてある、カップ。


 それらから浮かぶのは、気分のいい答えではなかった。


 スズは目覚めたら、どう思うだろうか。

信頼している相手に、薬を盛られたことを。

知らない間に、逃されたことを。



「――カイル、こい」


「殿下、お呼びでしょうか」

 部屋に入ったカイルは目を見開き、赤い瞳は動揺で揺れている。これから起こることを話したため、察したのだろう。

 

「……スズを、起こす方法はないか?」

「起こして、いいんですか」

「望まないだろう、スズは。

 もし陛下になにかあった時、後悔するのはスズだ。いくら頼まれたと言っても、絶望するだろう。

 私はそんな姿は見たくない。

 守りたい気持ちは分かるが、スズの気持ちを無視したくないんだ」


 カイルは唇を歪めて、少し視線を落とすと、静かに口を開いた。

「――どれほどの強さの薬を使われたのかわかりませんが。根気強く起こした後、水分を沢山摂るのが一番かと」

「わかった。

 水分を用意しておいてくれ」


 それだけ言うとソファーの前に蹲み込んで、スズに声をかける。

声をかけてもびくともせず、スースーと寝息をたてて寝ている。


 これだけでは駄目らしい。

寝ている相手に触れるのは憚れるが、仕方ないと肩に触れて揺さぶる。

「スズ、起きろ」と声をかけると、少しだけ眉を寄せた。

それを続けていると、うっすらと目が開く。


「スズ、水飲めるか?」

 夢うつつの状態のスズを抱き起こすと、カイルの用意した水のグラスを持たせる。

しかしすぐに目を瞑り眠りに入ろうとして、グラスはすぐに離されてしまう。


「起きて、ほら、水の飲め」

 抱き起こしたまま、グラスを口に当てて傾ける。

スズはぼんやりしていたが、しばらくするとコクコクと少しずつ嚥下した。


「……ヴィル?」

まだ頭がはっきりしていないのか、ぼんやり呟く。

目蓋もすぐに閉じてしまいそうに、開いていない。

「とりあえず、水を飲んで目を覚ませ」

スズは言われるがまま、両手でグラスを支えながらコクコクと飲む。


 二杯目は氷の浮かんだ水を渡す。

それを口にすると、冷たさに驚いたように目が開いた。

そのまま飲んでいるうちに少し意識がはっきりしてきたのか、スズは私を見つめる。


「ヴィル?私、なにして……?」

「……混乱させて悪い。

 落ち着いて、ゆっくり、頭を整理して」

「…………陛下なの?」


 その問いに頷くと、スズは目を伏せた。


「私はスズをアリシャールへ連れて行ってほしいと、頼まれていた。……まさかこんな方法だとは思わなかったが」

「……ヴィルは、なんで、起こしてくれたの」

 まだ眠いのか目を擦りながらも、ショックを受けているようだ。

「スズがどうしたいのか、それを聞きたかった」


「陛下は、……私だけ逃すつもりだった?」

「おそらく。だからスズの、『救国の乙女』に関する規定の承認を急いだんだろう。

 ……なにかあっても、スズが守れるように」

「……規定って」

「一番はスズの婚姻に関して。

 本人の望む者とだけしか婚姻は許さないと。

 意思を尊重しない強引な形での接触も禁止。

 それは各国から承認書を提出させている」


「承認書がある以上、万が一のことがあってもスズが無理矢理誰かと婚姻させられることはない」

 スズを第一に考えた規定だ。

反発されても仕方ない内容だが、両国ともに強く出られない理由を作ってしまっている。


 スズは俯いていて、表情は窺えない。


「アリシャールへ行くか?」


「……行きません!」

 勢いよく顔を上げたスズは、何かを堪えるように唇を噛み締めている。


 眠気もどこかへ言ってしまったかのように、必死な表情だった。

わかっていた、わかっていてスズを起こした。

それなのにチクリと痛む胸に、自嘲の笑いを浮かべた。


「だが、なにかあったらどうする?

 足手纏いになるかもしれないぞ」

「……ならないように考える」

 私の意地の悪い問いにそう答えると、スズは立ち上がり棚のほうへ向かう。


 そこからポーチを持ってくると、ソファーに座りなにかを考えている。

「ヴィルとカイルは危ないから、部屋に戻って。

 巻き込みたくない」


 一線を引くようなその言葉は、胸を深く抉った。

それはカイルも同様なのか、苦痛の表情を浮かべていた。


「ひとりでやると言うならば無理矢理にでも、アリシャールに連れて行く」

「危険に晒したくない……!」

「それは私達だって同じだ。わかるだろう」

「……危なくなったら逃げてね」

「ああ」

 逃げれる訳がない。

だがそう言えば、スズはひとりで言ってしまうだろう。私は言葉を飲み込んで短く答えた。


「――私に策があるの。

 上手くいくかわからないけど、やってみる価値はあると思う」


 スズの言葉に「聞こう」と頷くと。

スズはポーチからあれを取り出して、なにやら操作し始めた。


 外はもう夕方を通り越して薄暗く、時間がないのがわかる。

一体スズはどうするつもりなのか。

必死な様子のスズを眺めながら、考えた。



 ****



「……溜息が多いです。

 心配なのはわかりますが、今更どうしようもないでしょう」

 共に執務室にいるレオンに言われたあとも、また溜息を吐く。


 睡眠薬は強くなかっただろうか。

無事にアリシャールに着けただろうか。

きちんと目は覚めるだろうか。

頭の中に浮かぶのは、スズのことばかりだ。


「……スズは怒ると思う?」

「それは、怒るでしょうね。

 陛下が贈ったものは、召し上がってもらえなくなるかもしれませんね」

 その答えにまた溜息が出る。

スズの全幅の信頼を裏切ったのだから、当然だと思うも辛い。


 気づかれないように桃のシロップに溶かしたことも、トラウマになってしまうかもしれない。

もう素直に欲しいと言ってくれないかもしれない。そんなことを考えると、溜息は止まらない。 



「全てあの男のせいだ」

 お披露目式でも、すぐに突っかかってきた。

それを口実に、神経を逆撫でするようにあの男にだけ挨拶の時間を設けなかった。


「どう動いてくるのだろうね」

何が起きてもいいように、準備はしてある。

けれど、死ぬつもりはない。

早く終わらせて、スズに謝りたい一心だった。


 スズに会いたいと指輪を撫でている私を見て「なぜ私の御守りはないのでしょうね」とレオンはポツリと呟く。


 スズはレオンが一緒にいるかもしれない、とは思わなかったのだろう。

おそらくあのふたりには渡しているはず。

不憫に思うけれど、指輪は渡せないので仕方なかった。

 

「レオンには必要ないと思うけれど」

この国で五本の指に入るほど、剣術に長けている。

宰相ではなかったら、騎士のトップにいただろう。


「まあ」と呟くレオンは不服そうだ。


 その時部屋にノック音が響いた。

警戒からお互いに目を合わせると、レオンが許可を出す。


 入ってきたのは、あの彼の赤髪の護衛で予定通りに国を出たとの報告だった。

それだけ報告すると、すぐに出て行った。


 スズが逃げられたと聞いて安堵する。

彼と一緒なのは不快で心配だけれど。

レオンはなぜか顔を顰めているが、口を開かない。

「どうかした?」

「……いえ、なんでもありません」

 そう言うと更に顔色を悪くして、深く溜息を吐いている。

その姿を不審に思いながらも、気を紛らわせるように書類に視線を落とした。


 早く動いてくれないだろうか、と思いながら。




 

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