胸騒ぎをおぼえる
「スズ。あとはレオンに任せて、私達は面倒事を済ませに行こうか」
差し出された手を取ると、一緒に控室から出る。
廊下にはフェリスと護衛が待っていた。
面倒事とはなんだろうか、と思いながら廊下を歩く。
ひとつの部屋の前で立ち止まった。
陛下はひとつ溜息を落とすと、護衛に声をかけるように指示をする。
すると、中から扉を開けたのはカイルだった。
それによって、部屋にいるのが誰なのか、おおよそ想像がついた。
中は豪華な応接間のようで、広い部屋にテーブルを囲むようにソファーが置いてある。
そのひとつにヴィルが、向かいにはユティアーム殿下とセルゲイ殿下が立っている。
カリストス王国から来たのは、ふたりだったらしい。
なにがあったのか、ヴィルとユティアーム殿下がにこやかに笑い合っているのが怖い。
その横でセルゲイ殿下が困ったように笑っていた。
陛下は私の手を引いて、部屋の中に入った。
「待たせて申し訳ないね。
本日は我が国の『救国の乙女』のお披露目式に出席してくれたこと、感謝する」
三人に向けてそう言うと「お招きいただきありがとうございます」とそれぞれ口を開く。
陛下に促されるまま奥に腰を下ろすと、皆が腰を下ろしてカイルはヴィルの後ろに控えた。
私は口を開いていいのかわからず、とりあえず黙って大人しくする。
お互いに挨拶を交わした後、陛下が口を開く。
「我が国の『救国の乙女』の婚姻に関しては、事前に送った文書の通りだけれど。
了承してもらえる?」
「アリシャールは了承しております。
国王直筆の承認書もこちらに」
すぐに反応したのは、ヴィルで高級そうな封筒に入ったものを手渡した。
「こちらの国としての対応は、すでに文書が届いているかと。しかし、あの内容では機会の少ない私達は不利ではありませんか?」
そう眉を顰めて言うのはユティアーム殿下だ。
セルゲイ殿下は静かに目を伏せている。
話の内容がわからない私は口を挟めない。
「カリストス王国からは了承と、返事があったはずだけれど。それにそちらには処分を免れた『救国の乙女』がいるでしょう。
こちらに頼らなくても問題ないはずだけれど」
ユティアーム殿下は更に眉を顰めて、せっかく可愛い顔が台無しになっていた。
「それに、君は廃嫡してもらうのでは?」
「……それはまだ決まっておりません」
「まあ、どちらでもいいけれど。
国王が了承しているのだから、君に口を出す権利はないはずだ」
ユティアーム殿下は唇を噛み締めると、小さく「申し訳ございません」と呟いた。
セルゲイ殿下はそれを宥めつつ、陛下に頭を下げている。
ピリピリとした空気の中、私に発言する勇気はなかった。
「各々部屋に案内させよう。
そちらでゆっくり休んで」
侍従がユティアーム殿下とセルゲイ殿下を連れて出て行く。
失礼いたしますと出て行くふたりは、なんだか元気がなさそうだった。
ユティアーム殿下には謝罪をしたかったのに、落ち着いて話す時間がなかった。
また次の機会には謝りたいと考えていると。
「さあ、私達も部屋を出ようか。
君は十五分程経ってから、スズの部屋に来て」
ヴィルはそれを聞いて顔を顰めた。
不安そうに揺れる瞳に、なんだか胸騒ぎがした。
しかしヴィルに確認する前に、陛下に手を取られ部屋から連れ出されてしまった。
廊下を歩いている間、胸騒ぎの理由を考える。
桜様の言葉の通りならば、今日の夜になにかが起こるらしい。
もしかしたらヴィルも不安に駆られているのかもしれない。
あとで陛下に、今夜は皆で一緒にいては駄目か聞いてみようか。
それに、あの返事もしないと。
そんなことを考えていたせいか、会話も少ないまま部屋に着いた。
「スズ、今日はお疲れさま。
頑張ったね、私が誇らしい気持ちになったよ」
「陛下もお疲れさまでした。
きちんと出来ていたでしょうか……」
「上出来だったよ」
優しく微笑まれると、不安な気持ちが顔を出す。
「……私は陛下の評価を下げる存在に、なりませんか?」
以前からずっと思っていた不安。
あの貴族の言葉で、それがまた胸の奥で燻る。
相応しくない、そう思われて陛下の足を引っ張りたくはなかった。
「『救国の乙女』というだけで、国民は歓喜するだろう。それだけ『救国の乙女』は特別だから。
ただそれを抜きにしても、スズが認められないとは思っていない。
下心のある貴族は別にして、ね」
「……そうでしょうか」
「もしそうなった時は、私が取り返すよ」
陛下が言うと、本当に出来そうだ。
もしなにかあったとしても、陛下と一緒に乗り越えたいと思う自分もいた。
「……あの、返事をした」
そこまで言ったところで、口を手で塞がれた。
「ごめんね、スズ。
喉渇いたから、先にお茶を飲ませて?」
そういうと、離れたところにいるフェリスに、お茶の用意を頼む。
すぐに用意をしてくれたお茶を陛下が受け取ると、フェリスは部屋から出て行った。
「今日はこれを入れてみない?」
ピンク色の液体の入った小瓶を、懐から取り出す。
「これは?」
「紅茶に香りをつけるものだよ」
「飲んでみたいです」
私がそう言うと、ふたつのカップに数滴落とす。
どうぞ、と差し出されたカップに口をつける。
ふわっと香るのは、桃のような甘く濃厚な香りだ。
強い香りに、まるでピーチティーを飲んでいるような気分になる。
砂糖も入れていないのに、甘くて美味しい。
喉も渇いていたのか、すぐに空になってしまった。
「美味しかったです。
ごちそうさまでした」
そう御礼を言うと、陛下は苦しそうな複雑な表情を浮かべていて。
珍しい表情に、ドクリと心臓が嫌な音を立てた。
「……陛下?」
嫌な予感を掻き消すように、呼ぶ。
しかし返ってきたのは「ごめんね、スズ」という、それだけだった。
少しずつぼやけるような視界と、それと比例するように苦しそうに歪む陛下の顔に。
やはり何かをしたのだろうと確信する。
抗えない眠気に襲われて、必死で目蓋を開いてもすぐに閉じてしまう。
――なんで、こんな……。
言葉にならない気持ちが伝わったかのように、陛下はまたごめんと謝った。
それを聞くと同時にぷつりと意識が途絶えた。
****
座ったまま眠りに落ちたスズを、ソファーから落ちないように支えると、横たえる。
スズの目には涙が滲んでいた。
それをみて、更に罪悪感に苛まれる。
返事をしたいと、言おうとしたスズを止めた。
その内容が良いものでも悪いものでも、決心が鈍る気がしたから。
スズを、彼の元に送りたくはない。
けれど、確実にスズを守るためにはこれが一番で。
絶対に反対するであろうスズには、睡眠薬を飲ませた。
……こんなことをした私を、許してくれるだろうか。
スズがくれた御守りを見つめる。
それはキラキラと光を反射して、不思議と守られているような気分にさせられる。
自分の髪を束ねていた髪留めを引っ張ると、懐から取り出した髪留めと変えた。
束ねていた髪留めをスズの手首にはめる。
――以前スズがくれた御守りを。
私には指輪がある。
スズは人のことばかりで、自分のことを疎かにしがちだ。
自分の御守りを用意しているか、怪しい。
どうかスズを守って、そう祈るように手首にくちづけた。
そのすぐあと、扉から入ってきた彼。
「スズはよく眠っているから、今のうちにアリシャールへ連れて行って。
当分起きないと思うけれど、決して帰さないで」
呆然としている彼に、それだけ伝えると足早に部屋を後にした。
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