クマとシロクマは取引をする
クマside
「用がある」と言われて陛下と廊下に出れば、絡みつくような視線を感じ、辟易した。
貴賓室の辺りをうろうろするとは、どういう了見だろうか。
女性からのものか、性質の悪いものも混ざっているようだった。
じっとりとするような嫌な視線だ。
ここのところ陛下の周りが騒がしいのは知っていたが、さすがに同情した。
スズの部屋から百メートルほど離れた貴賓室に着くと、部屋の前に護衛を置いて中に入る。
貴賓室としては簡素な造りに見えるが、所々に意匠を凝らした装飾がある。
華美な調度品が浮いているようにすら見えて、変わった造りの部屋だと思った。
あまり使わない部屋なのだろうか。
この部屋でこれから何を言われるのか。
私は他国の王子のはずだが、遠慮がなくて困る。
言われるがままソファーに腰を下ろすと、陛下は口を開いた。
「君が知っていることを話してくれる?」
ああ、嫌だ。
こういう話出しは厄介事の予感しかない。
抽象的な言葉でなにを聞き出そうとしているのか。
「……どういったことについてでしょうか?」
心当たりが無いわけではないが、ここで正直に答えて藪蛇になっては困る。
「色々あると思うけれど。
……そう例えば、昨日の出来事など、ね」
そう言って意味ありげに微笑む姿からして、なにかを知っているのだろう。
昨日の出来事。
思い浮かぶのは、カイルのことだ。
だが、あの時は侍女はいなかったはず。
陛下の耳に入ることはないと、踏んでいたのだが。
……スズが言ったということもないだろう。
一体どこから情報を得たのか。
「言えない?
では、取引をしようか」
そこで漸く気がついた。
陛下はこの流れを、最初から狙っていたのだと。
私はまんまと狙い通りに動かされた。
やられたと、溜息を吐く。
「……交換条件は」
そう答えた私ににっこりと笑みを深めると。
「君はあの騎士とスズについて。
私はそれについて有益な情報を、どう?」
スズに関することなら断らない、そう言いたげだ。
確かにその通りだが、思い通りにやられてばかりの状況は癪に触る。
「もうひとつ取引しませんか。
デイル帝国の貴族について有益な情報を渡します。そのかわりに数日スズとの時間をください」
そう発言すると、陛下の目は一瞬鋭くなった。
が、すぐに取り繕うように微笑みに戻る。
「では、取引成立で」
そう言うと、私にカイルとスズについて話すよう促した。
私は思い出すように、話をはじめる。
あの日スズが寝室に入ると、カイルと他愛ない話をして侍女を待っていた。
もうさすがにスズは寝ただろうと、私はカイルに話を切り出した。
「カイル、気持ちを隠すのは苦しくないか」
「なんのことでしょうか?」
「カイルはスズのこと、異性として見ていないか」
「勘違いでしょう」
少し顔を顰めてそれ以上言うなと言わんばかりの態度だった。
カイルとは長い付き合いになってきた。
その反応でわかってしまう。
「それでいいのか」
私が言えることではないと、思いながらも口を突いて出た。
「私は、スズ様に気持ちを伝えるような立場にありません。スズ様は、いらないでしょう」
その言葉に、不快な気持ちを隠せなかった。
「スズ様のことが好きでいられるだけで、それだけでいいんです」
そう感情を露わに言うと、スズが扉を開けて呆然と立っていた。
まさか起きているとは思わず、動揺した。
スズは私と目が合うと、カイルには気づかれないように今入ってきたよう取り繕った。
スズがカイルの気持ちを聞いて、どう思ったかは分からない。
カイルは聞かれたとは、気づいてないだろう。
その後もカイルには動揺した様子はなかった。
それに安堵するような切なくなるような、そんな気持ちになってしまった。
話し終わると、陛下はふぅんと呟いた。
「君はそれについて、どう思っているの?」
「……まだ答えは出ていません」
それが正直な気持ちだった。
スズは取られたくない。
しかし、カイルの気持ちを無視するのも違うような気がした。
「私は御免だけれど」
そう顔を歪めて呟くと「では、次は私だね」と口を開く。
「先程カリストス王国の第三王子と従者、彼女がスズの部屋に現れた」
なぜ、と驚きに目を見開いた。
またあの女がなにかしたのかと、心臓が騒ぐ。
陛下は真剣な目を向けると、話を続けた。
三人はスズに情報を伝えに来たようだった。
「お披露目式の夜。
ひとつの事件が起きて、二人が深い傷を負う」
「……シドランと、カイルよ。
シドランは、邪魔で、帝位から退いてほしい誰かに狙われて……傷を負う。
カイルは『救国の乙女』という、邪魔な存在のあなたを消そうする人から守ろうとしたヴィラールを守って、生死を彷徨う深い傷を負う。
犯人は貴族だとしか書かれなかった」
そうスズに話していた。
一応『救国の乙女』と呼ばれているし、信憑性は高い。
事実怪しい動きをしている者がいるようだ。
――情報量に頭が追いつかない。
カイルの行動は騎士として正しいのだろう。
ただ私の行動は王子としては褒められたものではない。
だからカイルが傷を負った。
だがスズが危なくなったら、私も咄嗟に動いてしまうかもしれない。
それでカイルが傷つくのは、恐ろしい。
「私の情報が関係があるかどうか……」
先程の話から考えると、おそらくこの情報のために承諾したのだろう。
「スズのためにも、聞いておきたい」
陛下も傷を負うひとりになっているが、自分のことはあまり気にしてなさそうだ。
「アリシャールには聖石があるのはご存知でしょうか」
陛下が頷いたことを確認すると、続けた。
「それは王族のものとは違い、聖石が道具に形を変えるものですが、汎用性が高く求める者も多いです。ただ、聖石は希少で国外に持ち出す事は禁止されています。売買の管理も徹底されている中、とある貴族に横流しの疑いがかけられました」
ここからは公になっていないですが、と続ける。
「調査の結果、その貴族はデイル帝国の貴族と繋がっていました。相手はダンケル伯爵。
そしてダンケル伯爵はリーベルド公爵と繋がっており、そちらに流していたようです。
リーベルド公爵はおそらく……」
黒だろうと、続けるのはやめておいた。
「なるほどね、なぜその情報が掴めた?」
「それは機密に関わりますので。
そのため情報は掴んだものの、証拠をと言われると……。相手が他国の公爵となると、少々分が悪いので、調査したことも伏せております」
アリシャールでは事件の聴取や調査は王族が務めて、聖石を使い徹底的に調べる。
そのために王族は多いほうがいいと、兄弟も多い。
この件は三ヶ月程前に私が担当していた。
聖石に細工を施して、売らせた。
細工が生きていれば、調査出来なくもないが……。
独断で動けば、兄に怒られそうだ。
すでに情報漏洩しているが、大筋しか話していない。
アリシャールでは解決出来なかった問題だ。
こちらで解決してもらえると、助かる。
叩けば埃が出る、黒い話だらけの男だ。
誰か分かれば、すぐに解決できるだろう。
「……その聖石が使えるのは、一回?」
「いえ、聖石には二種類あり、赤は一回、青は複数回ほど形を変えることができます。
道具としては、壊れるまで使えます」
「横流しされたのは、どちら?」
「両方です。
赤がひとつ、青がひとつです」
陛下は目を閉じて深く溜息を吐く。
「情報をありがとう。
君はスズを貸してほしいと、言ったね。
それならお披露目式が終わったら、一緒にアリシャール王国に行ってくれる?」
予想外の言葉に自分の耳を疑う。
貸してと、言われたこともよりも。
「……スズはそれでいいと?」
スズは言わないはずだ。
「スズには話していないよ。
けれど、それが一番安全でしょう」
「ですが、」
「交換条件だったでしょう」
陛下にとってあの条件は渡りに船だったらしい。
つくづく自分の行動が裏目に出る。
確かにスズとの時間がほしいとは言ったが、スズが素直に聞くとは思えない。
「……スズは納得しないと思いますが」
「それはこちらで考えよう」
目を伏せそう答えた陛下は「私は戻るからなにかあればまた教えて」と言うと、部屋から出て行った。
一体どうする気なのだろうか。
考えることが多すぎて、溜息が出そうだ。
妃の座欲しさに、スズは狙われているのだろう。
まだ『救国の乙女』として側にいるだけだが、それがいつ妃になるかわからない。
だから、早く消したいのだろう。
ただ、三ヶ月も前に聖石を買うと言う行動を起こしたのはなぜだろうか。
まだその頃にはスズにも出会っていない。
それに調査した際も暗殺を企てるような、そんな気配はなかった。
いつかのために用意したのか、それとも――。
どちらにせよ、スズの側を離れるべきではない。
ソファーから立ち上がると、スズが授業を受けているだろう部屋に向かった。




