納得できない気持ち
光が完全に消えたところで、自分の物ではなくなったかのように身体から力が抜けて、床に座り込んだ。
……私は平静を装えていただろうか。
一生懸命他のことを考えて、そのことを頭から追い出そうとした。
考えてしまえば、立っていられなくなると思った。皆の姿がなくなったら、案の定この様だ。
ギルバート殿下には気づかれているのかもしれない。
あの時の、桜様の言葉を思い出した。
「……シドランと、カイルよ。
シドランは、邪魔で、帝位から退いてほしい誰かに狙われて……傷を負う。
カイルは『救国の乙女』という、邪魔な存在のあなたを消そうする人から守ろうとしたヴィラールを守って、生死を彷徨う深い傷を負う。
犯人は貴族だとしか書かれなかった」
思い出すだけで、手の震えと心臓の動悸がおさまらない。
信じたくない、有り得ないと否定したい。
否定したいのに。
それが出来ない自分がいた。
もし、それが起こってしまったら。
深い傷で済まなかったら。
それを考えると、涙が溢れてしまう。
泣いてもなにも変わらない、と分かっているのに次から次へと溢れる涙が憎らしい。
誰かを失うかもしれないなんて、考えたくない。
しかも、私を守ったせいで、傷を負うなんて耐えられない。
こぼれ落ちる涙を手の甲で拭いながらも、必死に思考を巡らせる。
どうしたら、ふたりを守れるだろうか。
そもそも、どうやって狙われるのか。
桜様はその方法が変わっている可能性があるため、言わなかったのだろう。
私はひとりだ。
これを誰かに相談することは出来ない。
そうなると、スマフォに頼るしかないのだろう。
以前陛下に渡した髪留めは、しっかり効果を発揮した。
それなら、なにか守れるものを作れば……。
しかし、なにから守ればいいのだろう。
毒、武器、刺客……色々浮かぶ。
この世界にどんな武器があるのかも、詳しく知らない。
私が知らない方法もあるのかもしれない。
すべてから守ってくれるようなものを作りたいが、それは無理だろう。
不老不死に近づいてしまうものは作れないはずだ。
一体どうしたらーー。
「スズ様」
扉越しに聞こえたその声にハッとして、私は慌てて目元をドレスで押さえた。
が、そんなに吸水力のないドレスでは、涙は拭いきれない。
周りを見渡しても手頃な布はなく、おろおろしていると、首に掛けたポーチに気がついた。
中を漁っても、ハンカチは入っていなかった。
仕方なく手の甲で拭うが、意味がないような気がした。
ポーチから鏡を取り出し見ると、目を充血させた酷い顔の自分が写る。
これではなにかがあった、といっているようなものである。
どうしよう、どうしようと右往左往していると、ガチャリと扉の開く音がした。
嫌な予感にそうっと後ろを振り返ると、瞬時に前に向き直る。
近づいてくる足音に。
逃げよう、そう決めると寝室に向かって走った。
だが、そんな私の頑張りも虚しく、寝室の扉の前で捕まると、一緒に寝室へ引っ張られてしまった。
「どうして、逃げるの?」
顔を見せまいと俯く私の、前に立つと陛下は問う。
その声は悲しみを含んでいて、罪悪感に駆られる。
だが、逃げないといけなかったのだ。
どう誤魔化そうか、それだけで頭がいっぱいになった。
「スズ」
なにも答えない私の手を取ると、ベッドに座らせるように誘導した。
腰掛けている私の前に膝をついて、陛下の右手が俯く私の頬を撫でた。
触れる瞬間、びくりと身体を揺らしてしまった。
まるで私を試すかのようなその行為。
カーテンを閉めた薄暗い部屋では気づかれない、そう思っていても。
緊張かはたまた羞恥か、心臓は煩い。
それでも私は平静を装ったまま、俯く。
ふいに、陛下が頬を撫でる手をそのままに身を乗り出した。
サラサラとした銀の髪が腕にかかると、私の耳元で囁くような声がした。
「ねぇ、スズ」
ぞわぞわするようなその声は、私の顔を上げさせるには充分だった。
薄暗い部屋でも輝くような、銀色の瞳と目が合う。
驚くほど近くにある綺麗な顔にたじろぐと、頬の手はまた撫でるように動いた。
陛下の放つ色気が、私をどんどん追い詰める。
煩い心臓の音と、平静を訴える頭と。
不協和音を生じた私は、顔を赤くして目を逸らすと、距離をとった。
「スズ」
いつもは優しく沢山話してくれる陛下は、名前を呼ぶだけでなにも言わない。
しかし陛下の瞳は真っ直ぐに私を見つめていて、全てを見透かされているような、そんな気持ちにさせられてしまう。
罠だと分かっているのに、避けられない。
色気に当てられたようにふわふわとした頭は、うまく回らない。
そんな私を見て微笑んだ陛下は、頬を撫でながら口を開いた。
「スズ、そんなに私は頼りない?
それとも私のせいで泣いているのかな」
眉を下げて言う陛下に、慌てて否定する。
「……陛下のせいでは、」
そう口に出したところで、間違いに気づいた。
「……いえ、泣いてません」
もう遅い。
そう気づきながらも、誤魔化されてくれないだろうかと、淡い期待を抱いて口に出す。
そんな私に申し訳なさそうに微笑んだ。
「卑怯な手を使って、ごめんね。
こうでもしないと、私に言ってくれないだろうと思って」
――実は途中から、聞いていたんだ。
その陛下の言葉に、目を見開いた。
途中、途中とは。いつから。
ぱくぱくと口を動かすだけで声にならない私の、言いたいことがわかるのか、陛下は答えた。
「ふたりが深い傷を負う、と話していた」
陛下にはラノベについて、話していない。
今なら誤魔化せるだろうか、と思うがうまく口が動かない。
「……信じるのですか?」
「そうだね、疑わしい事もあるしね。
それに『救国の乙女』は特別だから」
疑わしい事。
桜様は貴族だと言っていた。
その心当たりが陛下にはあるようだった。
陛下にもすべて話すべきだろうか。
そう思うのに、躊躇う私がいる。
話したことで、陛下が自分の気持ちを疑ったら、そう思うと怖かった。
「スズ、言えない事は話さなくていいよ。
ただ、スズはなにもしないでほしい。
それだけ、約束してくれる?」
そう言って頬に触れていた手が離されていく。
なにも、しない?
なにもとは、守るなということ?
「なにもって、なに」
「聞いたことは忘れて、なにかしようとは思わないで。私は平気だから」
そう言う陛下の目は真剣だ。
しかし、納得は出来ない。
「……御守りもだめですか?」
陛下は困ったような顔をして。
「それはスズが自分の身を守るために使って。
私のせいで、狙われてしまうかもしれないのだから」
陛下のせいではない。
理不尽な理由で狙うほうが悪いのだから。
膝をついたままの陛下の袖を掴むと、ギュッと握り締めで胸元に引き寄せた。
「……もし陛下になにかあったら、私はっ!
それにヴィルだってカイルだって!
私のせいで、もしかしたら……」
口を開くと、先程止めたはずの涙がまた溢れて、ポタポタと陛下の袖を濡らした。
「ずっと後悔して、生きるのは、嫌です!
陛下が私を守りたいと思うように、私だって……それに陛下はこの国に、必要なんです!」
泣きながら訴える私に、陛下は眉を寄せて唇を噛み締めている。
涙は卑怯だと思うが、止まらないので許してほしい。
「スズ、私はスズを失いたくないよ。
私のすべての力を使って、解決するよ。
だから、今回は私にスズを守らせて」
目を見つめて真剣にそう言われると、言い返せない。
「……御守りは?」
「御守りはありがたく受け取るよ。
けれど、それだけだからね。
なにがあっても、スズは動かないこと。
約束してくれる?」
念を押すように言う陛下には申し訳ないが、自信はない。
しかし、譲歩してくれた陛下にこれ以上我儘を言ってはいけない、と唇を結び頷く。
それを見た陛下は、安心したように息を吐いた。




