突然の来訪者は語る
翌朝いつもより少し早い時間に目が覚めると、体を起こしてベッドから出る。
隣の部屋を覗いてみると、フェリスの姿はない。
「早過ぎたみたい」
そう呟くと、ソファーに腰を下ろした。
早く起きてもすることもなく暇で、寝室からノートを持って来るとパラパラと眺めた。
明日がお披露目式だなんて、現実味がない。
明日が終わる頃には『救国の乙女』になっていて、ふたりに返事をしなくてはならない。
ある意味人生の分岐点のような日だと思う。
そんな日が明日だと思うと、心臓がうずうずするようなそわそわするような、変な感じだった。
それを今は忘れるように、ソファーにごろんと横になった。行儀が悪くても今は誰も咎める人はいない。
だがこのソファーにいると、今度は昨日のカイルの言葉の意味を考えてしまう。
好きでいられるだけでいい、とは。
異性として好きという意味かと思ったが、もしかして人として好きという意味だったのだろうか。
私の勘違いだったのでは、そんな思いがムクムクと膨らんでいく。
カイルはそんな素振りはなかったのだ。
勘違いしたとしか、思えない。
そのとき部屋の扉が開く音がして、フェリスが入ってくるのが見え、慌てて起き上がった。
「スズ様、おはようございます。
遅くなり、申し訳ございません」
寝転んでいたのが丸わかりの私の姿に驚いているのか、挨拶をしながらもなんだか焦っているようだった。
挨拶もそこそこに、すぐに身支度の用意をしようと動き出す。
「おはようございます。
急がないので、大丈夫です」
慌てているフェリスに、そう言うが手を止めない。
申し訳ないことをしてしまった、と反省した。
起きていても寝室からは出ないほうがいい、ということを学んだ瞬間だった。
用意が整うと、私の寝衣を脱がせてドレスを着せる。顔もお湯に浸した布で拭くと、サッパリした。
今日のドレスは紫色のようだ。
色は濃くなく主張しすぎないが、少しボディラインが出る気がするような。
いつものふわっとした可愛いドレスより大人っぽさを感じるデザインで、露出は控えられているが、雰囲気が違い自分でも驚いてしまった。
皆がどんな反応をするのか、気になる。
そんな心配をする私を気にとめず、フェリスはどんどん支度を進めていく。
銀色の髪飾りをつけて化粧を施すと、私の支度は済んだようだ。いつもより大人な姿の完成だ。
「本日のご予定ですが、午前は授業を受けていただき、午後からは明日のために色々と準備がございます」
明日のための準備、と聞くとまた心臓のあたりがそわそわする。
「わかりました」というと、フェリスは微笑んで朝食の用意をし始めた。
私はソファーに座って待っていると、頭の上からひらひらと紙切れが降って来た。
怪しさ満載の、足元に落ちたそれを指先で摘むと。
『今からそちらを訪ねる。
心構えを』
……はい?これは手紙だろうか?
あまりにも短くて、思わず失礼なことを考えた。
まさかの二言、しかも、誰!!
宛名も差出人も書いていない。
しかし、これをこんなふうに届けられるのは、秘術を持っている人だけだ。
フェリスもいるのに、いいのだろうか。
というか、まだ起きてなかったらどうするつもりだったのだろう。
そんな疑問を浮かべつつも、念のため棚に置いていたポーチを身につけた。
すると、ドサッという音がして顔をあげると、窓際に予想外の三人が立っていた。
ギルバート殿下とスイさんと……桜様だ。
なんで、桜様が一緒に?
突っ込みどころが多すぎて、どうしていいのかわからない。
「……なにかあったんですか?」
とりあえず、それだけが口から出てしまった。
「侍女は外してくれ」
フェリスは呆然して立っていたが、そう声をかけられて慌てて会釈をすると部屋から出て行く。
追い出したようで申し訳ない気持ちになった。
「話したいことがあるそうだ」
ギルバート殿下は、桜様のほうをさしてそう言った。促された桜様はおずおずと、前に出ると言いづらそうに口をゆっくりと開いた。
「私の謹慎が解けたのよ。
……あなたでしょ、口添えしたのは」
安堵すると同時に、疑問が浮かんだ。
私は陛下にはお願いしただけで。
アリシャール王国側も、なぜか抗議を取り下げたということだろうか。
しかし、それには私は無関係だ。
「私は、そんな……」
取り下げると決めてくれたのも、陛下だ。
私はこれといってなにもしていない。
それをどう言っていいのか、迷っていると。
「……ああ、もうっ!
そんなあなただから、伝えたいと思って。
話をしたいって、殿下に言ったの」
桜様はひとつ息を吐くと、微かな声で言った。
「『六つ宝石と救国の乙女』の展開について」
そう口に出した桜様の目は真剣だった。
知りたいような、知りたくないような。
知ってしまえば、それに囚われてしまう気もする。
しかし、桜様の顔を見ると、知らなければいけないことがあるのかもしれない。
「……全部は言わないわ。
物語が変わっている以上、細かい部分は変わっている可能性が高いから。
ただ、大筋は変わらないと思う」
と、呟く桜様は顔を顰めている。
「明日、お披露目式の夜。
ひとつの事件が起きて、二人が深い傷を負う。
それだけ言っておくわ」
それを聞いただけで、血の気が引いた。
ふたり。ふたりって誰、そう聞きたいのに、唇が震えて言葉にならない。
横で聞いているギルバート殿下はそんな私を見て、さらに眉を顰めると代わりに口を開いた。
「ふたり、とは?」
「……」
その問いに桜様は迷うように、視線を落とした。
「……聞いて、冷静でいられるの?」
私の目を見つめて、聞く桜様はまだ迷っているようだ。
「……教えてください」
冷静でいられるかは、自信がない。
だが、守れる可能性を捨てることも出来ない。
――知らないままでは、後悔する。
そう思い見つめ続けると、観念したのか桜様が目を閉じた。
「知って、後悔しないでよね」
そう言って大きく息を吸うと吐き出す勢いのまま、早口で話した。
――それを聞いた私は、時が止まったかのように感じた。
信じたくない気持ちと、なぜそんな物語にしたのかと腹立たしい気持ちと、でぐちゃぐちゃだった。
今、息を吐いているのか吸っているのか、それすらもわからなくなる。
それは殿下も同じなのか、顔色が悪い。
「……私、この展開だけは許せないのよ。
美談のように、語られたくない」
そう、ポツリと呟く桜様の気持ちは痛い程、わかる。
前後の詳細を聞いたい気持ちを、拳を握って下を向くとグッと抑える。
聞いてしまえば、それに囚われる。
咄嗟に動くことなど、出来なくなるだろう。
私は、私の意思で動きたい。
物語の駒ではない。
私は物語の中で、生きているわけではない。
絶対に物語の通りにはさせない。
そう固く誓うと、顔を上げた。
「桜様、ありがとうございます」
そんなことを言うとは思っていなかったのか、桜様とギルバート殿下は唖然としている。
スイさんは笑顔を浮かべているだけで、感情が読み取れない。
桜様はふいっと顔を背けると「……こちらこそ」とポツリと呟いた。
ずっと思ってはいたが、やはり最初出会った時とは話し方が違う。
陛下の前では、可愛くみせようと猫を被っていたの
だろうか。
今の桜様は、自然体でなんだかツンツンしている。
本当の姿が垣間見れたような気がして、微笑ましくなった。
大人びた話し方をするのに性格は可愛らしい、そのギャップがいいと思うが、言ったら怒られそうな気がする。
そんなことを考えたせいか、笑いが漏れてしまい慌てて引っ込めた。
桜様は訝し気な目を向ける。
それと同時に、ギルバート殿下は「帰るぞ」とふたりに声をかけた。
私は改めて三人にお礼を言う。
ギルバート殿下は真っ直ぐに私を見て「健闘を祈る」と言うと、携帯を取り出した。
その横で桜様は「……死なせたら許さないから」と言うと三人とも光に包まれ消えてしまった。
死なせたら、とは縁起でもない言葉を吐かないでと言いたいが、あっという間に消えてしまった。
スイさんは最初から最後まで口を開かなかったな、とキラキラとした光を見ながら考えていた。




