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クマと赤クマ、沼にハマる



 ひとしきり笑ったあと、ふたりそろって溜息を吐いた。

「……底なし沼でしたね」

カイルがそう呟くと、ヴィルはまた溜息を吐く。

「沼?」

「お気になさらず」

濁されると気になってしまうが、カイルに説明する気はなさそうだ。

 フェリスの方を見ると、なぜか床に手をつき倒れ込んでいてらしくない姿になっている。

「……あの、大丈夫ですか?」

体調が悪くなったのかと、心配になり駆け寄る。

床に着いたフェリスの腕は、プルプルと震えている。

「……はい。少し出てまいります」

フェリスはそう言って勢いよく立ち上がると、部屋から出て行った。

なんだったんだろうか。

振り向くと、相変わらずふたりは頭をおさえて溜息を吐いている。

頭と首を振っていたせいか、顔がほんのり赤い。

「大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だ」

ヴィルがそう言うと、カイルも頷いている。

「スズ、手が止まってるぞ。

 こちらはいいから、食べろ」

ヴィルに言われて、そうだったと果物に手をのばしてりんごをもぐもぐと頬張る。

前に食べた姫りんごとは違い、今回は食べ慣れたりんごだった。

シャクシャクとりんごを食べていると、風邪引いた時だけ母はうさぎりんごにしてくれたなぁ、と懐かしい思い出が蘇る。

もうないんだと思うと寂しいが、幸せな気持ちが思い出せたことが嬉しい。

そんなことを考えながら、もぐもぐと食べているとなんだか視線を感じて。

顔をあげるとふたりと目が合った。

「?……りんご食べる?」

食べたいのかと思って、皿からりんごを取ってふたりに差し出す。

ヴィルは「ありがとう」と苦笑しながらも受け取ってくれたが、カイルには断られてしまった。

「……私はただの護衛ですので」

真顔でそう言うと、目を逸らされた。

なんというか思いっきり距離をとられている、そんな気がした。

ヴィルは色々な思いが混じったような、複雑そうな顔をしながら、りんごを食べていた。

空気を変えようと、話題を絞り出す。


「ヴィルはお披露目式に出席するの?」

デイル帝国の貴族だけなのだろうか。

今更ながら聞かなかったな、と思う。

「アリシャールからの賓客として出席する予定だ。

 カイルも私の側にいるはずだ。

 カリストス王国からも、王子の誰かが出席するだろうな」

 それを聞いて少しホッとした。

やはり知った顔がいるほうが、緊張が紛れる。

カリストス王国からは誰が来るのだろうか。

三人とも知っているが、ギルバート殿下の可能性は低い気だろう。

「そうなんだ、良かった。

 ふたりがいてくれるなら、心強い!」

安堵の息を吐くと。

「お手柔らかにお願いします」

と、ヴィルに頭を下げて笑う。

「……努力しよう」と答えて、笑っている。

つられてカイルも口元を緩めていた。

少し空気が変わったようで、ホッと息を吐いた。


 ヴィルは窓に目をやってから、私を見る。

「スズは明日はどうするんだ?」

「……どうかな?フェリスに聞いてみないとわからないけど、授業があると思う」

 あれからフェリスは戻ってこない。

どこに行ってしまったのだろうか。

「なら、そろそろ寝たほうがいい。

 病み上がりだろう」

確かに外はもう真っ暗だ。

明日のためにも早いうちに寝たほうがいいだろう。

「そうだね。

 フェリスが戻ってきたら、もう寝たと伝えてくれる?」

「ああ、伝えよう」

 それなら、心置きなく眠れる。

「ありがとう。

 じゃあ、ヴィルもカイルもおやすみなさい」

ぺこりと頭を下げると、寝室に向かった。

ふたりから「おやすみなさい」と返ってきた言葉を聞きながら。


 寝室で支度をすると、羽織りを脱いでベッドに入った。

しっかり布団を被って目を瞑る。


 ――が、眠れない。

丸二日寝たせいだろうか、目が冴えていた。

目を瞑り体勢を変えても、眠れない。

目を瞑り羊を二千まで数えてみても、眠れない。

どうしようかと、途方に暮れる。

私が寝室に入ってどれくらい経つだろう。

一時間経っただろうか。

フェリスはそろそろ戻ってきたのかな、もうふたりは帰ったのかなと、余計なことを考え始めると、全く眠れる気がしなくなってきた。


 それでも布団から出たら更に眠れなくなりそうで、布団に潜ったまま時間が経過した。

「フェリスになにか眠れる方法がないか、聞こうかな」

 このまま布団の中にいても、埒が明かない。

そう思って起き上がり床に足をつくと、月明かりを頼りに扉に向かって歩く。

ドアノブに手を掛けると、小さく話し声が聞こえた。ヴィルとカイルの声だろうか。

「……苦しくないか」

そう言っているヴィルの声が辛そうだ。

「なんのことでしょうか?」

「……スズのこと、……か」

所々聞き取れない。私のこと、なんだろう。

陰口ではないだろうが、気になってしまう。

「勘違いでしょう」

「それでいいのか」

「私は、……スズ様は、いらないでしょう」

私が、いらない?

聞こえない部分が多くて、なんの話をしているのか、わからない。

ただ、盗み聞きしているようで罪悪感に苛まれた私はドアノブに掛けた手を動かした。


「スズ様のことが好きでいられるだけで、それだけでいいんです」

扉を開けると、そんな喉から絞り出すような声が飛び込んできて、呆然と立ち尽くしてしまった。

ヴィルはこちらに気づいて、青い顔をしている。

向き合って話していたカイルはこちらに背を向けていて、まだ気づいていない。

……どうするべきだろう。

なにも聞かなかったことにして、部屋に戻る?

閉める時に音がしたらバレる可能性がある。

今入ってきた風を装う……?

「あ、なんだか、喉渇いちゃった。

 ……あれ、ふたりはまだいたんだね」

ドアノブをガチャリとわざと音を立てたが、なんとも言えない棒読み感が滲んでいた。

嘘が苦手な私は、冷や汗だらだらだ。

寝衣を握っていても、手汗を感じる。

「……ああ。侍女はまだだぞ」

ヴィルは私に合わせるように、そう言ってくれた。

カイルは背を向け、黙ったままだ。

「そうなんだ、じゃあ」

「寝室に戻ろうかな」そう続けようとすると、部屋の扉が開いてフェリスが戻ってきた。

続けようとした言葉は口の中に消えて、言葉に詰まってしまう。

私がもごもごしていると、ヴィルが立ち上がった。


「……私達はそろそろ帰ろう。

 では、スズ、ゆっくり休んでくれ」

ヴィルがそう言うと、カイルは振り向いて頭を下げて部屋から出た。

その姿を見送ると、へなへなと床に座り込んだ。

「スズ様!?」

フェリスが慌てて、駆け寄ると肩を支えられた。

「ごめんなさい、身体は大丈夫です!」

心配そうに見ているフェリスにそう声を掛けると、大きく息を吐いた。

「……なにかありましたか?」

なにか。なにかあったが、言えない。

カイルが、私を……?

恋愛感情はない、と言っていたカイルが。

困る、非常に困る。

私にうまく知らないフリが出来るとは思えない。


「フェリス、……よく眠れるなにかをください」

それだけでフェリスは心得たように、私をソファーに座らせてお茶を用意してくれた。

いつもとは違うハーブのような香りがする。

「これは?」

「安眠効果のある花のブレンド紅茶です。

 すぐに眠れると人気なんですよ」

私の中では安眠といえばカモミールだが、カモミールの香りとは違う。

甘くて柔らかい安心するような香りに、なんだか陛下を思い出して、思わず笑ってしまった。

そんな私を見てフェリスは微笑む。

「陛下が、スズ様は二日寝ていたからもしかしたら眠れないかも、と。

 探していたら遅くなってしまいましたが」

 微笑みながらそう言って「愛ですねぇ……」と意味ありげに呟いた。

陛下を思い出していた私はなんだか恥ずかしくなって、カップに口をつけると傾ける。

全部飲み干すとフェリスにお礼を言って、寝室に逃げ込んだ。



 布団に潜り込むと、深く息を吐く。

先程の紅茶の効果か、うとうとと眠気に襲われる。

カイルのことを考えたいが、眠気に逆らえず、そのまま眠りに落ちてしまった。





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