とっておきの食事とクマ
ふと、目を開けると部屋の中は薄暗い。
ぱちぱちと瞬きをして「ああ、熱出して休んでいたんだった」とひとりで呟く。
何時間くらい寝てしまったのだろうか。
重い身体を起こして、床に脚を下ろす。
サイドテーブルに置いてあった水を飲み干して息を吐くと、立ち上がった。
寝室から顔を覗かせると、フェリスが飛んできた。
「スズ様、お加減はいかがですか!?
食欲はありますか!?」
フェリスの勢いに、たじろいでしまう。
心配をかけてしまったことを申し訳なく思うと同時に、その気持ちが嬉しいとも思った。
今までこんな風に心配するのは、両親くらいだったから。
「心配かけてごめんなさい。
身体は大分楽になりました。食欲もあります」
そう返事をすると、フェリスは心底安堵したように、涙ぐんで微笑んだ。
「っでは、お食事をお持ちいたしますね!」
そう言って私をソファーに座らせると、足早に部屋から出て行ってしまった。
ものの三分程で戻ってくると、ソファーの前のテーブルに並べる。
なんだか懐かしい匂いが漂ってきた。
ふたつの器は丼のように蓋がしてあり、中は見えない。
「こちらでゆっくりお召し上がりください。
陛下から果物も届いていますので、後程お出ししますね」
「ありがとうございます」
なにからなにまでやってもらって申し訳ない。
フェリスは他に用があるのか、下がって行った。
小さく「いただきます」と言うと、蓋を開けてみる。
ひとつは暖かいうどんが入っていた。
久しぶりのお出汁の香りに、食欲が増してテンションもあがる。箸までついている。
もうひとつも開けると、たまご粥のようだった。
ずっと食べていなかったご飯!!
風邪の時に食べるメニューだ。
なんで、と疑問に思うが、それよりもとにかく食べたい。取り皿にそれぞれ少しずつ取ると、ぱくっと口に入れる。
間違いなく、和食!
しかも、すっごく美味しい。
ご飯が懐かしくて、嬉しかった。
もぐもぐと食べていると、ノックの音が響いた。
フェリスが扉を開けると、ヴィルとカイルが部屋に入ってきた。
フェリスはそのまま手で顔を覆っている。
どうしたんだろう、と見ているとヴィルに話しかけられた。
「スズ、大丈夫か?」
「大丈夫、心配かけてごめんね」
ヴィルにまで心配かけていたなんて、本当に申し訳ない。
私の食べている食事に視線をやった後、空いているソファーに腰を下ろした。
カイルはその後ろに控える。
「……食事は食べられそうか?」
実はもうお腹がいっぱいである。
和食が嬉しくて、調子に乗って食べ過ぎた。
おかゆもうどんもお腹が膨れるのだ。
一人前ずつあったものを、三分の二は食べた。
「もうお腹がいっぱいで。
ヴィル、食べる?」
ああ、と短く返事をすると、スプーンを手に取りたまご粥を掬って口に入れた。
「……初めて食べる味だな。おいしい」
そう言って次々口に入れていた。
ヴィルは箸は使えないようで、フォークで器用に食べている。
「この国でも、こんな料理が食べられるんだね。
知らなかった」
今まで出てきたことはなかった。
カリストス王国にしかないものだと思っていたのだ。
「……まあな」
ヴィルは小さくそう答えた。
なんだか曖昧な返事だ。
私が不思議に思っていると、カイルが口を開いた。
「なぜ隠すんですか。
食材を買いに行って、シャロさんに調理をお願いした、そう正直に言えばいいのでは?」
少し怒ったような口調は、珍しくて驚いた。
「ヴィルが用意してくれたの?」
「私は何もしていない。
食材の調達はカイルだし、調理はシャロさんだ」
シャロさんなら作れるし、風邪の時に食べると知っているだろう。納得だ。
「でもヴィルが頼んでくれたんでしょ?」
「……それだけだ。
あとは私の力ではない」
ヴィルはそう言って、自嘲の笑いを浮かべた。
カイルが少し怒っている理由がわかる気がした。
マイナス思考のような、自信がないような、そんな態度にもどかしさを感じる。
なんと言ったら、伝わるだろうか。
「この食事を食べたら、なんだか嬉しくてすごく元気が湧いてきたの。
ヴィルが頼んでくれたおかげだよ。ありがとう」
素直な気持ちを伝えると「それは良かった」と嬉しそうに頬を緩めた。
カイルのピリピリした空気も少し和らいで、ホッと息を吐いた。
「ところで今何時なの?」
部屋には時計がない。外の明るさで判断できなくもないが、生憎カーテンが閉まっていてわからない。
「もうすぐ朝の九時だ」
九時?……朝の九時!?
私の起床時間は七時だ。
診察やらをしていた時間は、多く見積もっても二時間程だろう。
「え、丸一日寝ていたの?」
フェリスが涙ぐんだ理由がわかった。
死んだように眠る私が心配だったのだろう。
「いや、丸二日だ」
……二日?え、お披露目式は……明後日ってこと?
「ど、どうしよう!?
今日の授業は!?」
掴み掛からんばかりに、ヴィル詰め寄る。
「今日も中止だと聞いている」
そうしたら、明日一日しかない。
「無理だよ、無理だよ!!」
「礼儀作法は完璧だと聞いた。
それだけ知っていれば、問題ないはずだ」
ヴィルは私を安心させるように、私に優しく言い聞かせた。
「……でも不安だよ」
「後で少し練習すれば良い。
熱が下がれば、だが」
私の感覚としては、熱はもう下がってる気がした。早く練習がしたい、そう思った。
「ヴィル、ありがとう」
ヴィルが困ったように笑うと、フェリスが間に入り食器を片付けた。
「果物はお召し上がりになりませんか?」
悲しそうに眉を下げて言うフェリスには勝てず、りんごを一個切ってもらって食べた。
それを見て、フェリスはホッとするような表情を浮かべると部屋から出て行った。




