シロクマは忙殺される
シロクマside
驚いた。
部屋から出て執務室に向かいながら、先程のスズを思い出す。
私に好きと伝えてからのスズは、可愛いさが増したように感じる。
以前は私が好意を示すと逃げていたスズが、最近は向き合ってくれるようになった。
私が腕に抱えた時、熱に浮かされていたにしても私の胸に顔を埋めるとは思わなかった。
今までだったら恥ずかしいと言って逃げようとして、自ら擦り寄るなんてあり得なかった。
「……いってらっしゃい」
そう言ったスズは顔を赤くしながら布団を握り締めて、顔を恥ずかしそうに目を伏せていた。
不意打ちに、あやうく理性がガラガラと崩れるところだった。
ただでさえ、側にいたいと思っているのに。
いってらっしゃい、なんて夫婦のようだ。
「……夫婦のようで、嬉しいね」
そんなことを考えていたら、そのまま言葉が口から出てしまった。
スズは真っ赤な顔をすると「もうっ!ばか!」と布団に潜り込んでしまった。
その言葉に私がどれだけ喜んだか、きっとスズは知らない。
今までずっと、私には丁寧語しか使わなかった。
彼には砕けた話し方をしているスズを見る度に、私には立場があるからだ、とずっと自分に言い聞かせて納得しようとしていた。
だからこそ、照れ隠しのその一言は嬉しくて。
どれだけ動揺しても頑なに崩さなかった口調を、熱のせいか初めて崩した。
本当は酔った時のように、話してほしい。
真面目なスズは嫌がるだろう。
彼には砕けた話し方をしているのだから、もういいと私は思うのだけれど。
私の背中に好きだと書いてキスしたスズも可愛かったが、気を許したスズも愛らしくて。
知れば知るほど、夢中になってしまう。
もっと私を頼ってほしい、その想いはどんどん膨らんでいた。
スズの事を考えながら歩いていると、嫌な視線を感じて溜息を吐きたくなった。
最近は、貴族令嬢から熱心に見られていた。
まるで付き纏われているかのように。
……やはり自ら髪飾りを依頼したのは、悪手だったな、と後悔する。
しかし、先日スズがその髪飾りを身につけたことで、察した者もいたらしい。
賢い者はそのまま引き、愚かな者は更に執着する。
今私を狙っているのは、後者ばかりだろう。
お披露目式は目前だ。
スズが『救国の乙女』だと、いつ気づかれてもおかしくない。
あの髪飾りで良くも悪くも目立ってしまった。
あと三日、やはり更に対策を講じるべきかな……。
使いたくなかった手だけれど、スズの安全には変えられない。
仕方ない、そう思いつつも自然に口から溜息が漏れて、渋々そちらを目指した。
「はい」
そう言って、部屋の扉を開けた人物を見ると、やはり溜息が漏れる。
「少し部屋で話をさせてくれる?」
私を向かい入れると、扉を閉めた。
私がソファーに腰掛けると向かいに座った。
「それで、なんの御用でしょうか?」
目の前の人物は固い表情で尋ねる。
なにを言われるか、緊張しているようだ。
その後ろには、赤髪の従者が小難しい顔をして控えている。
「……お披露目式まで、スズを側で守ってもらえない?」
単刀直入に用件を伝えると、不意打ちを喰らったように微動だにしない。
予想外の言葉に、理解できていないらしい。
慌てて我に返ったように、聞き返された。
「どういうことでしょうか?」
「そのままだよ。
あと三日、スズの周囲は騒がしくなる。
愚かしい貴族もいるようでね、対策はしているが念には念をいれておきたい。
だから、信頼出来る相手に近くで守ってほしいんだよ」
目を見開きこちらを見る姿に、溜息が出そうになる。頼みたくはない。
けれど、私がずっと側にいるのは不可能だ。
ここで身を持て余している彼なら、適任だろう。
「……スズを想う君なら、裏切らないでしょう。
ヴィラール」
騎士も信用はしているけれど、買収されないとも限らない。
その点、不本意だが彼なら間違いない。
お披露目式を妨害する可能性がないわけではないが、まあ問題ないだろう。
「……あとで後悔しないでくださいね」
彼は口角を上げると、そう言った。
後悔するのは、わかっている。
それでも、スズを危険に晒すよりいい。
「……頼んだよ」
そういうと、返事も聞かずに扉に向かった。
部屋から出る瞬間に、小さく「はい」と返事が耳に届いた。
複雑な気持ちを抱えつつ、廊下を歩く。
やはり嫌な視線は感じるが、悟られないよう視線を動かさない。
あくまでもゆっくりと、なんでもないように歩いた。
執務室に入ったことで、漸く視線から解放されホッと息を吐いた。
レオンが書類に向かう顔をあげて、手を止める。
「スズ様は、いかがでしたか?」
「疲労が溜まったようで、熱がでていた。
薬も飲んで、休んでいるよ」
侍女に呼ばれた時は焦り、スズが隠したことも不満に思い少し責めてしまったけれど。
「そうですか。
早く回復なさるといいですね」
「部屋に居てもらう方が安心だけれどね。
第二王子に、スズの側にいるよう話をつけたからその方が、守りやすいでしょう。
あれからなにか掴めた?」
ここのところ怪しい動きをしている貴族がいるようで、その調査をレオンに頼んでいた。
「いえ、特に動きがなく……」
レオンは第二王子に頼んだのが不満のようで、顔を顰めるながら報告をする。
いいたいことはわかるけれど、仕方ない。
なかなか尻尾が掴めない相手。
その貴族が誰かはっきり分かれば、動きやすい。
しかし、他の貴族が協力しているのか、確証が得られなかった。
お披露目式までに、懸念材料はなくしておきたい。
そう思い、私も執務机に向かい、書類に目を通す。
また執務に忙殺される一日が始まった。




