シロクマは感動する
庭園から戻ると、また少し授業を受ける。
終わる頃には、外は薄暗くなっていた。
教えてくれている伯爵夫人に申し訳ない。
馬車に乗るまで見送ると、フェリスと護衛と部屋に戻った。
それから夕食を食べて、お風呂に入った。
寝室で今日の復習をノートに纏めると、あっという間に真夜中になり、慌ててベッドに入り寝る。
そんな生活を続けてだんだん疲労が溜まってきたのか、四日目の朝、頭が痛くて目が覚めた。
ガンガンと割れそうな頭痛と、熱っぽいダルさ。
「……これは、風邪……?」
しかし、休んでいる暇はない。
静かに起き上がると、物音を立てないように忍び足で歩く。
なかなか起きてこない私の様子を、フェリスがいつ見に来てもおかしくない。
外の明るさから、おそらくもう起床時間だ。
クローゼットの扉を開けて、ポーチからスマフォを取り出す。
――風邪薬をください――
そう打って送信すると、コトンと瓶が現れた。
手に取り瓶に貼ってあるシールを見ると、明らかに風邪薬ではなく、栄養ドリンクである。
スマフォは使い様よっては不老不死をも叶えなねない。それを防ぐために薬は出せないようになっているようだった。
記憶を戻す薬は作れたのに。
肩を落として、トボトボとベッドに戻る。
渋々栄養ドリンクの瓶の蓋に指を掛けて引っ張る。
シュポンッと小気味いい音がして蓋が開いた。
炭酸のような音だったが、中身はなんだろう。
恐る恐る茶色の瓶に口をつけて傾ける。
……懐かしい味のアレである、絶対。
パッケージは違っても騙されない。
風邪には効果ないと思うが、どうなのだろう。
一応全部飲み干して、この瓶は……とりあえずクローゼットに隠す。
虫が来ませんように、と祈りながら。
寝室から出ると、フェリスは私の顔を見るなり「少々お待ちください」と部屋から出て行った。
……気づかれただろうか。
人に移してはいけないと、口元をハンカチで押さえたのがいけなかったのだろうか。
数分後、戻ってきたフェリスは「今日の授業は中止になったそうです」と言うと、なぜか私をソファーに誘導する。
熱が上がったのかぼうっとしていると、慌ただしい足音が聞こえた。
私の部屋の前で止まったかと思うと、陛下が老齢のちょび髭の男性を引き連れて入ってきた。
白衣のようなものを着ている。
その風貌からもしかして……と嫌な予感がした。
「えっと、こちらは?」
「私の専属医師だ」
やはり、バレているらしい。
頼む、その陛下の言葉を受けて、男性は「失礼いたします」と脈や体温を測ったり、喉などを診る。まるで診察のようで、一通りされるがままだった。
「喉は腫れてないようですので、疲労からだと思われます。うつることはないでしょう。
安静にしてお休みされると良いかと。
念の為解熱剤を処方しておきます」
男性はそう言うと、鞄からガサゴソしている。
紙に包まれたものを取り出すと同時にフェリスが水が入ったコップを差し出す。
……今すぐに飲め、ということだろうか。
陛下とフェリスからの圧がすごい。
渋々薬を受け取り、紙を開くと粉薬が入っていた。
ああ、粉かぁ……と落胆しつつ、覚悟を決めて口にサラサラと含む。
すぐにフェリスから水を受け取ると、飲み干した。
口の中に粉がべっとりと付いているような不快感が、なんだか懐かしい。
何十年ぶりかの粉薬だが、やはり錠剤に限ると思った。
私が不快感と戦っている間に、陛下は医師を帰す。慌てて御礼を言うと、医師は丁寧なお辞儀をして出て行った。
「なんで隠したりしたの?」
私の隣に腰掛けると、そう言う。
「……ごめんなさい。
時間がないから不安で、休みたくなくて……」
「そうだとは思ったけれど。
侍女が気付かなければ、もっと酷くなってお披露目式も出来なくなったかもしれないよ」
言われることは、尤もだった。
一番大事なことを、蔑ろにしていた。
私が元気でいなければ、そのための用意が無駄になってしまう。
『救国の乙女』となるならば、きちんと考えて行動しないと陛下にも迷惑がかかる。
「……申し訳ございません」
ぼうっとした頭も、はっきりしてくる。
浅はかな自分が情けなくて、滲みそうになる涙を、膝の上に置いた手をギュッと握って耐えた。
それを見た陛下は、狼狽気味に首を振った。
「違うよ。意地悪な言い方して、ごめんね。
私も侍女もスズが大切だから、心配なんだ」
「考えが足りなかったのは、事実です。
教えてくださり、ありがとうございます」
言ってもらえて、助かるのは本当だ。
ただ、陛下に言われたことに落ち込んでしまった。
いくら熱でぼうっとしていたとしても、それは言い訳にならない。
「……そろそろ、休みます」
そう言って立ち上がろうとすると、ふらついた。
慌てたように陛下が受け止めると、断る暇もなく私を腕に抱えた。
あわあわと部屋を見渡すと、いつの間かフェリスの姿はなかった。
「私が連れて行こう」
腕にしっかり抱えて寝室に歩き出す。
私が脱力しているせいか、この間より密着していて陛下の早い鼓動が聞こえる。
恥ずかしいのに、なぜか安心してしまう自分がいる。
懐に顔を埋めると、陛下の匂いに包まれた。
それが心地良くて落ち着いて、少し恥ずかしい。
「……ごめんなさい。
迷惑をおかけして……」
顔を埋めながら、静かに呟いた。
「迷惑だなんて、思っていないよ。
どんな理由でも、私がスズの為に何か出来るのは嬉しい。……スズが自分から頼ってくれるともっと嬉しいけれどね」
忙しい中こんなことをさせるのは迷惑では?
そう思ってしまうが、冗談めかして呟くように言った最後の言葉は、心に引っかかる。
「……もし私がスズと逆の立場だったら?
スズは迷惑だと感じる?」
少し疑っている気持ちに気づかれたのかそう聞かれて、顔をあげて考える。
逆の立場だったら。
もし、陛下が熱で苦しんでいたら、私は要らないと言われても看病する、心配だから。
もし、体調が悪いことを隠されたら。
私は怒ってしまうかもしれない。
無理してなにかあったら、酷い病気だったら、と心配だから。
……心配だから、頼ってほしいと思うだろう。
「……思いません」
一緒だ。
大切だから、なんでもしたい。
陛下も同じように思っていると思うと、恥ずかしくなり赤くなりそうな顔を埋めて隠す。
「良かった。
迷惑だと言われたらどうしようかと思ったよ。
スズ、ベッドに下ろすよ」
柔らかく笑みを浮かべてそう言うと、私をベッドに横たえた。
丁寧に布団も掛けて、頭を撫でる。
撫でる手は、暖かくて安心するが恥ずかしい。
「……ありがとうございます」
熱のせいか、陛下のせいか。
頬が赤くなるのを布団で隠すと、御礼を言った。
「スズ、ゆっくり休んで早く元気になってね。
私は執務に戻るけれど、辛い時は侍女を呼ぶんだよ」
そう言って離れようとする陛下の服を、思わず掴んでしまった。
「……」
「スズ?」
布団から顔を出すと、不思議そうにこちらを見ていた。
「……いってらっしゃい」
寂しくなって引き留めてしまったことを、誤魔化すようにそう言うと。
なぜか陛下は口元をおさえて、視線を逸らす。
今度は私が不思議な顔を浮かべた。
「……夫婦のようで、嬉しいね」
そう、はにかんだような笑顔を向けられると、熱が上がったように全身が熱くなる。
初めてみるようなその表情に。
「もうっ!ばか!」
陛下に使ってはいけない言葉が口から突いて出た。慌てて布団に潜り込むと、なんだか嬉しそうな笑い声が聞こえた。
「ふふ、では、いってくるね」
笑いながらそう言って、出て行く音がした。
ひとりになると寂しく感じるが、陛下のはにかんだような笑顔を思い出すと、寂しくなくなる。
今はひとりではない――。
そう思うと、安心したのか眠気がやってきて、夢の中へと旅立った。




