優秀な侍女はシロクマ派
スズ視点に戻ります。
ヴィルが部屋から出て行くと、ふうと息を吐いた。
突然訪ねてくるので、心の準備が出来なかった。
昨日のこともあり、私には変な緊張感があった。
しかし、ヴィルは少しも私を責めなかった。
責めるどころか、謝罪をしていた。
なにも悪いことはしていないはずなのに。
ヴィルは変わらず、私が好きだという。
支え合える関係、その言葉はヴィルらしくない、そう思うと失礼だろうか。
だが、いつだって、勝手に私を守ろうとするから。
私に相談してくれることは、少ない気がする。
けど、そうなりたいと言ったヴィルの瞳に嘘はなかった。
私の中の夫婦のイメージは、まさに支え合えるような関係だ。
夫婦になれば、私もヴィルを守ることを受け入れてくれるのだろうか。
それを考えると、むず痒いような気持ちになった。
ヴィルに伝えた一週間後は『救国の乙女』のお披露目式がある。
私はその日に陛下のこと、ヴィルのことの答えを出したいと思いはじめていた。
『救国の乙女』になれば、意識が変わるかもと思ったから。
一夫一妻制で育ってきた私には、複数婚の想像が出来なかった。
国の一番偉い人との婚姻だけでも、怖いと感じる私には恐怖しかない。
気持ちが偏ってしまうのでは、と怖い。
だから、無意識に気持ちをセーブしているのでは、とそう思った。
今ではなくその日のほうが、自分の気持ちが見えるのではないかと考えたのだ。
陛下なのか、ヴィルなのか、はたまた――。
陛下には一週間後とは言っていない。
きっと多忙だろうと、会いに行くのも気が引ける。
自分がこんなに恋愛で悩む日がくるとは、思いもしなかった。
というか、あんなに選びたい放題であろう素敵なふたりが、私を好きだというのも未だに信じられないくらいだ。
主人公に成り代わったと気づいた時には、強制力が頭をよぎったが、それは失礼だと考えるのをやめた。
そんなことをソファーに座り考えていると。
「失礼いたします」
と、少し懐かしい声が聞こえた。
思わず、立ち上がり急いで扉に向かう。
すると、扉の側に立つ茶色の髪をした美人さんは、にこりと笑った。
「フェリス!」
飛びつかんばかりの勢いで駆け寄る。
「スズ様、本日よりまたお願いいたします」
そうお辞儀して微笑むフェリスに、嬉しくなる。
小さくお願いします、と言うと笑みを深めた。
「スズ様、本日より礼儀作法の授業が再開されるとのことですので、急ぎ身支度いたしましょう」
フェリスは思い出した様に、慌てて衣装や化粧の用意を始めた。
すべてフェリスにおまかせで、選んでもらう。
ドレスは黄色とオレンジが混ざったような淡い色で、私が好きなふんわりだ。
髪飾りは銀細工の花が置いてある。
鏡の前で化粧をされながら、置いてある髪飾りにばかり目がいってしまう。
銀細工の銀色が陛下を連想させて、あの真剣な瞳とプロポーズのような告白を思い出す。
自分の顔が赤くなるのが、鏡に映る姿でわかり恥ずかしくなった。
「……ふふっ。スズ様は可愛いですね!
今のお姿を陛下にお見せしたいくらいです」
そんなことを言うフェリスに、更に熱が集まる。
なにを考えていたのか、バレている。
穴があったら入りたい気分だ。
「この髪飾りを見せつけて、城内を歩けば……!」
鏡越しに爛々と輝く瞳が見えた。
私が不思議そうにフェリスを見ていたのに気づいたのか、慌てて冷静な侍女に戻った。
「あの……?」
「なんでもございません。
完成いたしました」
最後に髪飾りをつけて、フェリスは行きましょうと私を促す。
先程の話を聞けなくなってしまった。
どういうことだろう、と思うがフェリスも答える気がなさそうなので、気にしないことにした。
フェリスと護衛を連れ、授業の部屋に向かう。
城内はお披露目式の準備があるからか、皆慌ただしい。すれ違う人も多いからか、視線を感じた。
不思議に思いながらも部屋に着けば、午前中はみっちり授業を受ける。
休んだ分取り返さなければならないのだ。
昼食を食べたあと、実技として組んであった陛下とお茶の時間があると言われた。
多忙のためなくなるかと思ったが、甘かった。
あれ以降初めて会うということに緊張しながら、庭園に向かう。
ガーデンテーブルには、陛下の姿はない。
椅子に腰掛け、しばらく待っていると。
遠くに急ぎ足でこちらに向かう陛下が見えたので、立ち上がる。
ゆっくりでいいと伝えたいが、マナーを守らなければならない。
「貴重なお時間をいただき、申し訳ございません」
頭を下げると、陛下は微笑む。
「スズは大変だろうけれど、私にとっては貴重な息抜きの時間だよ」
サラッとそう言う陛下はずるいと思う。
こちらが顔を赤くして、照れてしまうのだ。
椅子に腰掛けると、陛下は続ける。
「その髪飾り、つけてくれたんだね。
よく似合ってる」
私の髪を目を細めて見ている。
フェリスが選んでくれたものだが、その顔を見るとなんだか言えない。
特別な髪飾りだったのだろうか。
「ありがとうございます」
自分で選んでいないため、後ろめたくてそれだけ口にした。
「見ないうちに所作が洗練されたね。
伯爵夫人も飲み込みが早いと褒めていたよ」
陛下は一瞬眉尻を下げたが、すぐに笑みを浮かべてそう言う。
お茶会がなかったので、見せる機会もなかった。
伯爵夫人は、私に礼儀作法を教えてくれている先生だ。今まで直接褒められたことは無いので、それを聞いてお世辞でも嬉しく思う。
「あと一週間しかないので、必死です。
休んでしまいましたし……」
「無理しないようにね。
……彼とはきちんと話せた?」
「はい、桜様のことは話せませんでしたが。
えっと……あの、はい」
なんと言っていいのかわからず、歯切れが悪い。
陛下にも言わないとと思うも、言葉が浮かばない。
「なにかあった?」
「……一週間後に返事をすることにしました」
「そう」
「えっと……陛下にも」
その言葉に少し表情を固くすると、わかったと一言呟いた。
そのあとすぐ陛下の侍従が側にきて、耳打ちをする。
「そろそろ時間みたい。
あまり役に立てなくて、ごめんね」
そう言って椅子か立つ陛下に、私も慌てて立ち上がり御礼を言う。
頑張ってね、と頭を撫でる陛下に、恥ずかしくなりながらも見送った。
忙しい中でも、陛下は時間を作ってくれる。
そのせいで倒れてしまわないか、心配になってしまった。




