表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/137

殴られたクマ



 クマside



 ーーそうなるかもしれない、とは思っていた。

だが、いざそれを見せつけられると感情は嵐のように乱れ、すくまに制御不能になった。

帝王学も学び感情も出さないように、教育されていたはずだが、なんの役にも立たなかった。

王族だろうが、所詮ひとりの男だということか。




 陛下の直筆の手紙が届いた時から、その予感はしていた。

『スズは無事に記憶が取り戻せたようだ。

 戻れば私はすぐに、執務をしなければならない。

 その前に、スズと話をする時間がほしい。

 だからスズと話をしてから、スズの部屋に戻る。

 気遣いに、感謝している』

四角に折られた手紙には、そう書いてあった。

安堵すると同時に言い様のない不安が込み上げる。

なにが、とはわからない、直感だった。


 横に控えているカイルは、無言を突き通そうとしているが、私はそれを許さない。

「もし、この嫌な予感が当たった時、私は自分が抑えられるだろうか」

「……その時は私が正気を取り戻させます」

 やはり薄々なにかを感じているのだろう。

カイルは口先だけのお世辞は言わない。

私も他の騎士であれば、完璧な王子の仮面をつけて弱音など吐かない。

唯一仮面を外せる相手には全幅の信頼を置いていた。

「頼んだぞ」

そういい、深呼吸をしてスズを待った。



 扉から入るスズの姿は、今までとはまるで違う。

ふわふわと花でも飛ばすかのような緩んだ表情と、湯上りのように上気した顔。

黒い瞳は、分かりやすいくらい陛下だけを映していた。

 心ここにあらずで、話も右から左に流れていきそうだったが、必死で耳を傾けた。

取り下げた理由を問うも、含みのある言葉しか返って来ず、会話をする気を失ってしまう。

 ふたりの会話は少しも耳には届かず、スズに聞かれてもなにかもわからず、適当に頷いた。



 陛下が部屋を出ると、空気が重くなる。

スズはなにを話そうかと、迷っているようだ。


「……彼女には、なにかされなかったか?

 怪我などしていないか?」

一番確認したかったことを、尋ねようと口を開いた。

スズの答えに安堵と絶望、相反するふたつの感情が顔を出す。

なにかされて、陛下に向いているだけであれば。

そうであれば、どれだけ良かっただろう。


 そんなことを考えているとは、思ってもいないスズは謝る私にも不思議そうな顔をする。

「……私より適任だと思った。

 それに一緒に行くことで、陛下を思い出すかもしれないとも思った」

そう答えると、スズは無邪気に言った。

「ありがとう。

 私が思い出せたのはヴィルのおかげなんだね」

悪気がないのは、わかっている。

わかっているが、今の自分には痛い言葉だ。

悔しさと少しの苛立ちで唇を噛んだ。

それに気づいたスズは、心配そうに私を呼ぶ。

 

「……スズは気づいたんだろう、自分の気持ちに。

 ふたりの様子を見れば、嫌でもわかった。

 だから、無理して話さなくていい」

私の口は勝手に動いているかのように、止まらなかった。


 言い逃げするように部屋から出ると、部屋の前にまだ護衛騎士はいない。

 そのままその場にずるずると座り込んだ。

 

 嫌な言い方をしてしまった。

責めるような言い方だった。

全く成長していない自分に、嫌気がさす。

これでは、振られて当然だった。

陛下はこんなことは絶対にしないはずだ。



 そう、座り込んでいる私の頭を。


 ――上から拳で殴られた。



 誰がやったかはすぐにわかった。

ズキンズキンする頭をおさえて、振り返る。

「……不敬だぞ」

「殿下の命令でしたので」

殴れ、とは言っていないが。

しかし、頭が冷え冷静になれた気がする。

 

「スズ様は、かなり自分を責めておられます。

 殿下があんな言い方をしたせいで」

 第三者にそう言われ、改めて自分のしたことは罪深く、弁解の余地もないと感じた。

カイルには少し怒りが浮かんでいて、珍しいと思った。

「たかが、目の当たりにしただけで。

 可能性があるだけ、いいじゃないですか」

顔を顰めて言うカイルは、冷静を装う。

その姿に驚き、目を見開いた。


 いつからだ。

いつから、カイルはスズを。

衝撃の事実に動揺しそうになるが、気づかれないように隠す。


「悪い、覚悟が足りなかった。

 カイル、ありがとう」

そう言って、頬をバチンッと叩いた。

扉の前で、声をかけるが返事がない。

心配になり、ドアノブに手をかけて部屋に入ると、姿もない。

寝室にいるのだろうか、と思い声をかけてみるが、やはり返事はなかった。

寝ているのか?と思うが、心配だ。

しかし、勝手に寝室に入るのも気が引ける。

 何度声をかけても、返事がなく。

思い切って扉を開くと、まだ夕方には早い時間だが、中は薄暗い。

カーテンが閉め切ってあるせいだろう。


 ベッドの上には、姿がない。

いよいよ、不安になり焦り始めた。

しかし、私は部屋の前にいたので、外には出られないはずだ。


 寝室から出て探そうと向きを変えれば、部屋の隅に人影が見えた。


 近づいてよく見ると、スズだった。

クマのぬいぐるみを抱いて、眠っているようだ。

なぜ、こんな部屋の隅で。

……私のせいだろうか。

ぬいぐるみに顔を埋めて寝ているスズの頬には、涙の跡があった。

私はスズを泣かせてばかりで情けない。


 こんなところで寝ては、身体も痛くなるだろう。

風邪をひいてしまうかもしれない。

そう思い、座り込んで眠るスズを腕に抱えた。

抱えた振動でスズは身を捩り、うっすらと瞼を開くと瞳を覗かせる。

しばらく薄目でボーッとして口を開く。

「……ヴィル?」

「ああ」


「……夢かぁ」

スズはまだ寝ぼけているようだ。

「……ヴィルとは、もう話せないのかなぁ」

そう小さく呟くと、また眠りに落ちていった。

ぬいぐるみは大事に抱えたまま。


 私はそっとベッドにスズを下ろすと、静かに部屋を出た。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ