勘付くクマと……
陛下と共に私の部屋に入る。
そこには、ヴィルとカイルが残っていた。
転移前と変わらず、レオン様は執務室にいるようだった。
私はなんだかヴィルに後ろめたいのか、そわそわと緊張してしまう。
陛下はそんな私の気持ちに気づいているのか、ソファーに座ると、すぐに報告を始めた。
「遅くなって、申し訳ないね。
無事にスズの記憶は戻った。
それと彼女に対する抗議は取り下げてもらうことにした。
私からはこれだけ」
簡潔にそう告げる。
確かに大事な部分は、その二点のみだろう。
「そうですか、良かったです。
しかし、なぜ、取り下げを?」
「処罰は望んでいないからだよ、私もスズも」
ヴィルはその言葉に眉を潜めて、陛下と私に視線を動かすと、そうですかとそれだけ呟いた。
「申し訳ないけれど、私は執務に戻らなくてはならない。……スズはどうする?」
陛下は私の心にある罪悪感に、やはり気づいてるのだろう。
知っていて、私のために選ばせようとしている。
今ヴィルと会話をするのか、日を改めるのか。
陛下のことを好きになったことではなく、桜様に対する抗議の取り下げのお願いがしたい。
「私はヴィルと話をしたいです」
「そう。軽食を用意しようか?」
私に向けられた、前よりも甘い微笑みに顔が赤くなりそうで、慌てて目を逸らす。
「ヴィルは食べた?」
その私の問いに、ヴィルは黙って頷く。
「それなら、私も朝の果物でお腹が空いていないので、やめておきます」
ヴィルが食べないなら、ひとりで食べるのも嫌なので断ることにした。
「そう、ではまたね」
そう私に言うと、陛下は部屋から出て行った。
陛下が去った後の部屋には沈黙がおち、緊張感が漂っていた。
ヴィルは俯き表情は窺えないが、カイルは空気になろうとしている。
私はなにから切り出すべきか、と悩んでいると。
「……彼女には、なにかされなかったか?
怪我などしていないか?」
ヴィルは私のことを心配していたのだろう、そう尋ねられて大丈夫、と頷くとホッと息を吐いた。
そうして、そのまま肘をつき顔を伏せる。
「……嘘をついて悪かった」
ヴィルは視線を落としながら、ポツリと溢す。
私が謝られることがあっただろうか。
「嘘?」
「一緒に行くから安心しろ、と言っただろう」
やはり手違いではなく、わざとだったようだ。
嘘、という事はそういうことだろう。
「なんで陛下だったの?」
それが、気になる。
ヴィルなら、絶対に自分が行くといいそうなのに。
「……私より適任だと思った。
それに一緒に行くことで、陛下を思い出すかもしれないとも思った」
私が陛下だけ思い出せないことを、気にしていたからだろうか。
気遣ってくれていた?
「ありがとう。
私が思い出せたのはヴィルのおかげなんだね」
そう御礼を言って笑いかけると、俯いたままのヴィルが唇を噛んでいるのが見えた。
その様子に違和感を覚える。
「……ヴィル?」
「……スズは気づいたんだろう、自分の気持ちに。
ふたりの様子を見れば、嫌でもわかった。
だから、無理して話さなくていい」
目も合わさずに立ち上がると部屋から出て行った。
私の静止の声はヴィルには届かなかった。
残されたのは、私とカイルのふたりだけ。
以前もこんなことがあったな、と思うが、あの時とは大きな違いがある。
……勘違いではなく、事実だということだ。
きちんと話をしなければ、と思っていたのに。
上手く切り出すことが出来なかった。
挙句あんなことをヴィルに言わせるなど、最低だ。
初めて好きな人が出来た事に、浮かれていたのかもしれない。
そんな自分の行為に酷く落ち込む。
「……あまりご自分を責めないでください」
カイルは気遣わしげに、そう言う。
余程顔に出てしまっていたらしい。
「……そんなに分かり易かったでしょうか」
「まあ……恋愛感情を隠すのは、難しいですから。
どうしても表情に出てしまいます」
だから、仕方がありません、とそう言い切る。
「では、私も失礼いたします」
カイルはそのままお辞儀をして出て行った。
ひとり残された私は溜息を吐く。
どう言えば良かったのだろうか、浮ついた心が落ち着いてから話すべきだっただろうか、とその事ばかりが頭の中をぐるぐるとしている。
どう言っても駄目だった可能性もあるが、ヴィルなら話を聞いてくれると思っていた。
……どこか甘えがあったのかもしれない。
感情の起伏の激しい一日で、疲れてしまった。
もう何もせず寝ようかと、寝室に入るとベッドの上にはリボンをつけたクマぬいぐるみが座っていた。
それを見ると、ヴィルを思い出して更に自己嫌悪に陥る。
過去の自分と、なにも変わっていない。
不用意な態度と発言で、人を傷つける。
ここの皆が優しいから、変われたような気がしただけだった。
以前桜様にぶつけられた言葉が、頭から離れない。
私は桜様の言う通り、身の程知らずなのだろう。
考えれば考えるほど、負の感情は大きくなる。
部屋の隅で小さく丸まり、クマのぬいぐるみを抱きしめる。
そうするしか、心を守る方法はなかった。




