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消えたクマは本領発揮する



 アパートに着くとソファーに座って本を開く。

ヴィルも横から身を乗り出すように、覗き込んだ。




 内容はデイル帝国での物語のようだった。

史実なのか伝説のように語られたものなのかは、わからない。


『その容姿は男性だが美しく男も女も魅了する。

女性であれば傾国の美女となっただろう。

かのお方は皇帝となれば賢帝と呼ばれるであろう才知をもつ、まさに才色兼備の皇子だ。

その逸話はかぞえきれないほど存在する。

人々から羨望の眼差しを向けられている。

そんなデイル帝国のとある皇子のお話である』





 そこからは皇子の逸話などが載っていた。

最後は国民の期待を一身に背負い、皇帝に持ち上げられるようだった。


 読み終わるとなんだかモヤモヤした。

ヴィルは顎に手をあて、険しい顔でなにやら考え込んでいる。

どうしたのだろうか。




 手に持っていた本をテーブルに置こうとすると裏表紙の模様が目に入る。

読み始めるときにはなかったはずだ。

もう一度手に取ると、模様を指でなぞってみる。



 ーーすると模様が光り始めた。

慌てて手を離そうとするが離れない。

ヴィルに助けを求めると、必死に私を掴んでいた。

身体が吸い込まれるような感覚に襲われ、怖くて眩しくてどうしていいか分からず目をギュッと瞑った。






――そうして気がついた時には、幾つもの剣が向けられていた。


「何者だ。」

目の前の屈強な身体をした男が尋ねる。

後ろにいる綺麗なお方を守るように立っているので護衛だろうか。

状況がわからず、視線を彷徨わせることしか出来ない。



 アパートの安価なソファーだったはずが、今座っているのは高級そうなふかふかのソファー。

 

 部屋のなかも高級そうな調度品が置いてある。


――そう、どこかのお城に迷い込んだような……。

 



「あ、ヴィル!ヴィルはどこですか!?」

周りをみてもクマの姿がない。

まさか、ヴィルだけ取り残されてしまった……?

そう思い不安に駆られていると。



「スズ、大丈夫だ。私はここにいる」

ヴィルの声が聞こえる。


 しかし、いくら周りを探しても、ぬいぐるみの姿はない。



 床で捕まっている人が声を出しているようだ。

その服には見覚えがあった。

ヴィルが着ていた服にそっくりだったのだ。


「……もしかして、ヴィルなの?」

半信半疑だが、恐る恐る聞いてみる。

「……そうだと言ったら?」

「え?えっと、戻れて良かったですね」

黄色がかった茶髪とエメラルドのような綺麗な瞳をした美青年だ。とてもクマと同じとは思えなかった。

「……」



「……ふーん、ヴィルねぇ?ふふ。

 で、こちらの質問には答えないのかな?」

綺麗な男性が目の前にきているのに気づかなかった。微かに笑っている。



「あ……えっと……」

「そちらの彼は会ったことあると思うのだけれど。

名乗れない事情でもあるのかな」

「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。

 アリシャール王国第二王子、ヴィラール・ミシャリオスと申します。手違いが起き、シドラン皇帝陛下の執務室に侵入してしまいました。決して襲撃等の意図はございません。どうかお許しください」


 ヴィラールは膝をつき、謝罪を口にしていた。



「それを信じることができると?」

「疑われるのはもちろんでございます。

以前よりシドラン皇帝陛下は、アリシャール王国と不可侵条約を結びたいと望んでいらしたと記憶しております。しかし、我が国の国王は慎重でしょう。

それを両国の為にも説得し、締結する。

それで信用していただけないでしょうか」



「ふむ。悪くない話だけど、それまでに裏切られるとも限らない。なので、そちらの婚約者殿の身柄をこちらで預からせてもらい、この取引が成立したあとでお返しする。ただ、このことは他言無用で。

これでどう?」


「……寛大な処分に感謝いたします」

「では、準備が出来次第出発してもらおう。

 それまでは客室で待っているといいよ」



 とんとん拍子に話が進んでいてなにがなんだかわからない。


 だだヴィルの顔が強張っていることから、綺麗なあの方が皇帝陛下なのだとわかった。



 ****





「では、ヴィラール様、スズ様こちらへどうぞ」

護衛騎士が客室まで案内してくれる。


「こちらでしばらくお待ち下さい。

 私は扉の前に控えております」

騎士が去っていき、ようやくふたりになれた。




 ふたりでソファーに並んで座る。

なんだかずっとクマだったものが、急に人間になると緊張してしまう。


「ヴィル、大丈夫ですか?

 私のせいでこんなことに……」


「スズのせいではない。ここはアリシャール王国ではないがデイル帝国だ。だから巻き込んだのはこちらのほうだ。すまない」


「……」


 ヴィルが第二王子なんて知らなかった、私はヴィルのことをほとんど知らない。

今までと同じというわけにはいかないだろう。

そう思うとなにを言っていいのかわからない。



「……私はどうしたら良いのでしょうか?」

唯一の知り合いであるヴィルは、もうすぐ旅立ってしまう。

ひとり残される私は一体どうするべきなのだろう。



「普通に過ごせば良い」

「しかし、ここでの礼儀作法も知りません」

「それは心配ない。王族が持つ聖石は特別なんだ。きっと助けてくれる」

ヴィルは腕につけた緑色のブレスレットを見せる。

聖石とは前に話していたものだ。

詳細は知らないが、ヴィルに必要なものだろう。


「それはヴィルのものです」

「…聖石、受け取ってくれないか?」

「そんな大事なものは受け取れません」


「では、預かっていてくれないか?

 アリシャールまでは遠い、途中でなくしたら困るだろう?」

「……預かるだけですよ?」


「ああ、誰にも会わなければ必要もない」

むしろそうであってほしい、と呟く。


「あ、そうですよね。失礼があってはいけないですし。浅慮でした」

「そういう意味では……。まあ、会わないに越したことはない。おそらくだが、あの本に書かれていた皇子はシドラン皇帝陛下だ。……美丈夫だっただろう?」



 銀色の綺麗な長い髪と銀色の瞳を思い出す。

確かにとんでもない美しさだった。

切れ長の目で顔も中性的で整っていたし、纏めている髪と銀色の瞳が色っぽい。

あの瞳で見つめられれば大抵の人はおちるだろう。



「そうですね。とても綺麗な方でした」


 でもそういうヴィルも美丈夫だと思う。

綺麗な顔をしているからあまり見たくない。



「……聞くのではなかった」

ヴィルは頭を抱えて俯いている。

「?」

「スズ、私の頼みを聞いてくれるか?」

「え?できることであれば」

「実は聖石を預ける際、キスをする決まりがあるんだ。だから、キスさせてくれないか?」


「へ!?き、きす?くちに……?」

そう口にだすとヴィルは驚いた顔をしたあとに、にっこりと笑う。



「ああ、いいか?駄目ならスズからしてもらうことになるんだが」

「……それは無理です!」

「なら、私からしてもいいんだな?」

「……それも恥ずかしい、はじめてだもん」

焦ってなんだか変な口調になってしまった。



 するとヴィルが私の手を取り甲に口付ける。

「……はあ、私の理性を試してるのか?

 だが、もう待てない。待たない。覚悟しろ」

ヴィルは私の髪を耳にかけると頬に手をあて、優しく唇を重ねてきた。


 顔に熱が集まるのを感じる。きっと真っ赤になっているであろう顔を隠そうとする。

それをみたヴィルは隠そうとする手を掴んで抑え、逃がさないよう何度も唇を重ねる。




 ――コンコン。

「そろそろ、お時間です」

ノックの音でヴィルは唇を離した。



 ヴィルは真っ赤な顔で呆然とする私の耳元で囁く。言い聞かせるように。



「スズ、私のことだけ考えて。

こんなにキスしたのだから、もう忘れられないだろう?……すぐに戻る、待っていてくれ」


 ヴィルの瞳が真剣で目が離せなかった。


「ヴィル、気をつけてね」

「ああ、いってくる」



 ヴィルを見送るとソファーに座ってぼんやりする。

部屋は見れば見るほど、異世界だった。

なんだか現実味がない。



 突然こんなところにきて、クマではなくなっていて、キスされ…きす。思い出すのはやめよう。

やめようと思えば思うほど意識し、浮かんでくる。

私はまんまとヴィルの思い通りになっていた。














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