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余裕のなくなるシロクマ



「……してください」

聞こえるか分からないくらいの、小さな声だった。

それでも耳に届いたようで、陛下は背を向けた。

「少し、待って」

そう言って、背を向けたままだ。

その背中を見ていると、妙案が浮かぶ。

昔なにかで見たことを思い出したのだ。

その時は、冷めた目で見ていたが――。


「……そのままでいてください」

そう言うと、背中に指を置く。

見た目は麗しくスラっとして見えるが、触れると鍛えられているのが分かる。

置いた指を動かすと、呟く。

「今はまだ、口に出す勇気はありませんが……」

伝わっただろうか。

伝わっていなくても、二度目はしない。

恥ずかしくて、今の一回で精一杯だ。

自分がこんなことをするなんて、過去の自分は思わなかっただろう。

 

 陛下は背中を向けたまま蹲み込んだ。

「スズ、なんて……?」

「……聞かないでください」

まだ自覚しただけで、なんの覚悟もない。

陛下と一緒に居るには、足りないものがあり過ぎて、口に出す勇気はない。

陛下はきっとそれでもいいというだろう。

しかし、国民から慕われて敬われている陛下の、マイナスの存在にはなりたくない。


「……では、確認しても?

 間違っていたら困るでしょう?」

そう言って徐に木の枝を拾うと、地面にガリガリと字を書く。


 そこには二文字で、すき、と書いてあった。

見ただけで恥ずかしい。

なんて恥ずかしいことを、と先程までの自分を恨みたくなるくらいに。

茹で上がった蛸のように、顔がずっと熱い。


「どう?」

陛下からいつものような、余裕は感じられない。

本当に自信がないのか、不安に目を伏せていた。

なんと答えようかと、悩んだ末に。

そのまま木の枝を持っている陛下の手を掴み、ギュッと目を閉じてまるを書いた。

「……帰りましょう」

目を瞑ったまま立ち上がり、引き返そうと背を向ける。

「スズ、待って。

 もう少し私に付き合ってほしい」

緊張をはらんだ声が聞こえて、足を止める。

私の手を握り、先程向かっていた方向に進む。

陛下は引っ張るように少し前を歩いていて、表情は窺えない。



 沈黙の中歩いた先には、不釣り合いな空間が広がっていた。

小さな小屋と、懐かしいような砂利と池と緑。

祖父母の家を彷彿とさせる庭がある。

ここだけ和を感じられる一角になっていた。

「……これは」

「スズが、故郷を感じられるように。

 少しでも寂しい思いをしないようにと、シャロさんに聞きながら作ったんだけれど……違った?」

「いえ、すごく、懐かしくて。嬉しくて。

 言葉が出てきません……」

目頭が熱くなり、俯くと続ける。

「ありがとうございます、陛下」


「……良かった、安心したよ。

 ねぇスズ、記憶は戻ったかもしれないけれど、言わせてくれない?」

 陛下は頬を緩めると、私を見つめる。

クマではない時に、と言っていたことだろうか。

約束した手前、断ることは出来ないと思う。

ただ、これ以上の羞恥に耐えられるだろうか、と不安に駆られながらも頷いた。


「スズの真っ直ぐで一生懸命なところも、周りの人を大切にするところも、愛しい。

 真っ直ぐに私を見てくれるところも。

 どうしようか……スズが愛しすぎて、言葉で言い表せないよ」

陛下は困ったように眉を下げると、続けた。

「私はスズと一生を共にしたい。

 それだけは、知っていてほしい」

銀色の瞳は真っ直ぐに私を見ていて、逸らせない。

顔は微笑んでいるのに、吸い込まれそうなその瞳は真剣で、本気だとわかる。

プロポーズのようなその言葉に、顔は紅潮し、心臓は太鼓かと思うくらいに激しく鳴り響いていて。

私は頷くだけで、精一杯だった。


「……はぁ。余裕ないね、ごめん。

 スズのあれが可愛くて、嬉しすぎて、顔が緩んでしまう。こんなこと初めてだよ」

そう言って陛下は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

いつもの余裕の笑みとは違う、その表情にドキッとする。

「は、はやく戻らないと、レオン様が心配しますよ!」

 このままでは、なにかがどろどろに溶かされてしまいそうで、慌ててそう口にする。

「ふふ、そうだねぇ」

そう言って陛下は徐に私の手をとると、手の甲に優しくくちづけた。

あの時とは違い、ふわふわではなく、柔らかい感触が伝わる。

顔がぶわわわっと熱を持った。

「……いつか、またこちらにさせてね」

そう言って微笑み、私の唇に軽く触れた。

いつも陛下は私の気持ちを待っていてくれる。

いつだって、私のことを考えてくれる。

この庭園も、下心なく故郷を離れた私のことを思って作ってくれたのだろう。

そういうところが、好きだと思う。

しかし、私だって陛下の気持ちを大事にしたい。


「……しゃがんでください」

そう言った私に陛下は困惑した顔を向けながらも、膝を折る。

そんな陛下の横に立つと、屈んで頬にくちづけた。

頬をおさえている陛下は目を見開き、呆然としていた。

恥ずかしい、恥ずかしいが、耐えなければ。

そう自分に言い聞かせる。

「……私がきちんと想いを伝えられた時に、してくれますか?これはその約束の、キスです」

 とんでもないことをしている自覚はある。

だが、こうでもしないと陛下は私のことばかり考えて、しない気がする。

酔った私がキスしたことも私に隠していた。

今だって私のことを考えて、手の甲にしたのだろう。

「スズは、たまに大胆なことをするね。

 ……我慢出来なくなったらどうするの」

そう言われて、更に恥ずかしさが込み上げる。


「……帰りましょう!!」

 何も言えず、それだけ返す。

「ふふ、またここに来ようね。

 ふたりだけの場所にしよう」

立ち上がってそう言うと、私の手をとり歩き出す。

陛下が幸せそうに頬を緩めると、私の顔も緩んでしまう。

「……はい、楽しみにしています」

 そう返事をすると、庭園を抜けてポツポツと会話をしながら私の部屋を目指した。





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