悪役令嬢
「それは……やっぱり私じゃないのね……」
そう言うと桜様は、見るからに覇気を失っていく。
スマフォから光が溢れ出し、私を包み込んだ。
すると、走馬灯のように映像が流れていく。
陛下との出会い、シロクマ、陛下と過ごした時間、全てが頭に流れ込む。
しばらくして光が落ち着くと同時に映像もキラキラと消えていった。
情報過多でふらふらしそうだが、踏ん張ると真っ直ぐに桜様を見つめる。
冷静に過去を振り返ると、見えなかった事が見えた。
シロクマが心配そうにこちらを窺っているので、大丈夫と伝える。
脱力したようにソファーに座って俯く桜様に、体を向けると口を開く。
「桜様、最初にお話した時、皆に関わらないでという言葉に私は「努力します」と答えました。
正直に気持ちを伝えた桜様に、私のその言葉は卑怯でした。はっきりと出来ないと言わなかった」
私は思ったことをそのまま口に出す。
「なによ、急に……」
ずっと俯いていた桜様は拳を握りめて、それだけ呟く。
「桜様ときちんと向き合っていませんでした。
だからもう一度ふたりでお話をしませんか?
今度は正直に、言い合ってでも」
「……今更話すことなんて、」
「お願いします」
悪いのは桜様だけではない。
桜様ときちんと向き合わなかった私も悪い。
確かにされたことは簡単に許せることではないが、それに気づいた今は冷たくすることもできない。
きちんと桜様の気持ちを聞きたい、そう思う。
今の桜様も私に怒る元気もなさそうだった。
シロクマは違う部屋で待っているね、と部屋を出て行った。
ふたりの間には思い沈黙が流れた。
話そうとは言ったものの、なんと切り出すべきか分からず、悩んでいると。
「……あなた、なんで私を無理矢理にでもあっちに帰さなかったの?
それ、使えるんでしょ。
だって主人公の秘術だから」
桜様は私のスマフォに視線をやると、顔を伏せる。会話をしてくれるようでホッとする。
それと同時にこれはやはりそうだったのか、と申し訳ない気持ちになった。
「……そんなことはできません」
「あんなに怒っていたくせに。
……誰も私には好意をもたなかった。
しかも主人公は私ではなかった」
「桜様は、皆をきちんと見ていましたか?
私にはキャラとして見ているように見えました」
「……本当に失礼な女。
でも、そうかもしれないわ。
絶対に私を好きになってくれる存在だと、馬鹿馬鹿しいくらいに信じていたから」
そう言うと悲しげな表情を浮かべる。
何と言っていいか分からず、黙っていると桜様は続ける。
「……あなたは、好きなんでしょ」
桜様の表情は先程とは違い、柔らかい。
これが本来の姿なのだろうか。
だが、その問いの答えは持ち合わせていない。
「……おそらく、たぶん、きっと」
「なんなの、それ!
あれだけ人に喧嘩を売っといて!」
桜様は怒っているのか、呆れているのか、刺々しく返す。
「わからなくて。恋の経験もないので、これを好きというのか……」
「……めんどくさ。
相手が幸せなら自分も嬉しい、そんなものなんじゃないの。
まあ私のこれは憧れのようなものだった、って今ならわかるわ。
相手の幸せなんて考えてもいなかった」
投げやりに言う桜様は、やはり今までの桜様とは雰囲気が違う。
まじまじと見ると、嫌な顔をされてしまった。
「あの時の台詞は原作通りだった。
悪役令嬢と対峙する主人公を守りながら、陛下はあの台詞を言うのよ。
原作では貴族の御令嬢だけど、いつの間にか私がそれに当てはめられていたのね。
……強制力ってあるのかしら」
桜様は先程までと違いボソボソと呟くと、顔を伏せる。
嗚咽する声が聞こえた。
平気なんだと勝手に思っていた、そうではないと今更ながら気がつく。
私のこういう無神経な所が嫌われる原因だろう。
今だってどうしていいかわからない。
ひとりにしてあげるほうがいいのだろうか。
そう悩んでいると、天井からスイさんが降りてくる。居るのをすっかり忘れていた。
「私が後処理をしますので、先に戻って殿下にそうお伝えください」
いつものような喋り方ではないスイさんに驚くが、頷くと言われる通り戻ることにした。
俯いたままの桜様にお辞儀をして、別の部屋にいるシロクマの元へ向かった。
戻ってきた私の顔を見て心配そうにするシロクマを、何も言わずに抱きしめる。
その様子でなにかを察したように、クマの手で背中をポンポンと叩いてくれた。
早く帰らないと、そう思いスマフォを取り出すと戻るようにメールを打つ。
すぐに光に包まれ、ギルバート殿下の部屋のソファーに優しく落とされた。
優しかったのは落ち込んでいるから?
いっそ以前のように落とされたかった。
そんなことを考えていたからだろうか。
殿下は私達を見ると、複雑そうな顔をした。
「……クマを戻したらどうだ?」
その言葉にハッとして、スマフォでシロクマを戻すようにメールを送った。
ボンっと音を立てて、シロクマが消えると、いつもの麗しい容姿の陛下に戻った。
「私は隣の部屋にいます」
シロクマではなくなった途端に丁寧な言葉になる。
そんな殿下にスイさんのことを伝えると、後ろ向きで手を振りながら部屋から出て行った。
「……スズ、落ち込んでいるの?」
陛下は心配そうな顔をして問いかける。
そんな顔をさせて申し訳ないと思うのに、私は取り繕うことが出来ない。
「陛下、私、思い出しました」
それだけ呟き、それ以上言葉が出ない。
桜様はこれからどうなるのだろうか。
「……陛下は桜様を恨んでいますか?」
気付いたらそう口を突いて出ていた。
「恨んでないと言えば嘘になる。
だけれどだから何かしようという気はないよ」
記憶を奪われ、嫌な目に遭い、よく思ってはないとわかっているのに。
わかっているのに、願わずにはいられない。
「……桜様を、助けてもらえませんか」
桜様の事を他人事だとは思えなかった。
ただ、物語に振り回されただけかもしれない。
公爵領の事件がなければ、私がその立場になっていたかもしれない。
このまま桜様だけがその咎を負うのは、辛い。
「スズがそれでいいのなら、私は構わないよ。
ただ、カリストス王国とアリシャール王国にも根回しが必要になるけれど」
陛下はなにも聞かずにそう言ってくれた。
この優しさにいつも私は救われている。
色々な感情が溢れて、隣に立つ陛下の服を握り締める。
「ごめんなさい、ありがとうございます……」
俯き握りしめながらそう言うと、陛下は困ったように笑って、私の頭を撫でた。
その手が優しくて、撫でられると安心して。
困ったように笑う顔を見ると泣きたくなる。
好き、と言う言葉がストンと心に落ちた。




