シロクマは再会する
シロクマは大きな溜息を吐いた。
「……シロクマでは顔が使えないから、私ばかりドキドキさせられる。
スズに私の記憶がなくても、私にはあるんだよ?
これ以上スズを好きにさせて、私をどうする気かな」
シロクマはいじけるようにそう言う。
先程までは大人の余裕たっぷりだった陛下が、クマの見た目のせいか可愛く見えてしまう。
……好きにさせる?
「……好き?」
桜だと思っていた時、スズを大切にしているとは思っていたが……好き?
シロクマは勢いよく頭をあげる。
「そうだったね、記憶がないからそれも忘れてるよね。今のは聞かなかったことにして。
クマではない時に言わせてほしい」
聞かなかったことにするのは難しいが、返事をしなければと、こくんと頷いた。
今はシロクマで良かった、と心底ホッとした。
あの顔でそんなことを言われたら、もう戻れないような気がする。
シロクマはふわふわの白い手で私の手を握ると、手の甲にくちづけた。
ぬいぐるみのはずなのに、絵になってしまうのがすごい。陛下の姿を想像すると、顔が赤くなってしまった。
「……なあ。もういいか?」
背後から声がする。
その声には心当たりがあった。
振り返って思わず周りを見渡すと、探している者の姿は見えず、安心して息を吐く。
しかし、いつから見られて?
なにかしていた訳ではないが、恥ずかしい。
面識はないはずなのに、ヴィルはどうしてこんなところに飛ばしたのだろうか。
そんなことを考えて我にかえると慌ててギルバート殿下に謝る。
「……し、失礼いたしました」
「もう何度も見ている、今更だろ」
何度もとはなにを!?
過去の自分は一体なにを、と記憶を思い返してもわからない。
しかし、変わらず質素な部屋だが殿下の部屋なのだろう。
勝手に現れた事はいいのだろうか。
もう一度謝るべきか悩んでいると。
「スズは彼と私が話したことは、覚えているの?」
「ギルバート殿下と話したことだけです。あとは塗り潰されたようになっていて……」
思い出そうとしても見えない、という方が正しいくらいだ。
誰かがいたような違和感を感じても姿はない。
もちろん会話も思い出せない。
殿下はその会話で何かを察したようで、溜息を吐く。
「……あの女ですか」
相変わらず、察しがいい。
「そう。私だけが思い出せないみたいでね。
手掛かりがほしいのだけれど、会う機会が作れない?」
殿下は心得ているかのように、シロクマの姿については触れない。
「検討しますが、正規のルートではありません。
しかし、陛下だけということは、それだけは絶対に許せなかったんでしょうね」
「許せない?」
陛下が短く聞き返す。
「はい。彼女の一番は陛下だそうですから」
その言葉で納得してしまった。
陛下は迷惑な話だ、と吐き捨てるようにいう。
しかし、ギルバート殿下は何でも知っている、と感心していると、殿下は眉を顰めていた。
「……陛下に関連することも、消されているようですね」
続けて、殿下が出てこいと言うと天井から従者が降りてきた。
その姿を見て、ああ、やっぱりいたんだ……と絶望にも近い気持ちになった。
「お呼びですかー?」
従者ことスイさんは間延びした喋り方で返しながらも、陛下と私を見てニヤニヤしている。
「あの女はどうしている?」
「今は部屋に軟禁状態ですー」
「……行けるか?」
「監視はいますよー、やっちゃっていいっすかー?」
「……怪我はさせるなよ、後が面倒だ」
「おっまかせくださいなー。
とっておきを使っちゃいまーす!
今用意しますねー」
殿下は不安そうな顔でスイさんを見ている。
私も不安ではあるが、信じるしかない。
シロクマはありがとう、というと徐に私の手を握った。ふわふわで気持ちいい。
「それにしても、スズ様はクマが好きっすねー!
何色のクマが一番好きですかー?」
スイさんはなにやら準備をしながら、意外とまともな問いかけをしてくる。
「王道は茶色ですよね。
でも私シロクマが一番好きなんです!
真っ白で神聖な感じがして、惹かれるんです」
ぬいぐるみを買うなら、間違いなくシロクマを買うだろう。
少し興奮気味にそう答えると、スイさんが口を抑えて笑いを堪えていた。
「……もうやってらんねぇ」
殿下はそういって溜息を吐いている。
それを不思議に思って先程のやりとりを振り返ると、……なんだか嫌な予感がした。
「……ぷは、もう駄目だ……た、たえられない!
神聖、神聖って、間違ってないのがまた、ぷはは」
スイさんもう隠す気もないように思いっきり笑い始めると、私の隣にいたシロクマは無言で容赦なくスイさんを蹴り上げる。
普段の陛下からは想像できない姿で、意外だと思った。
なんだか怒っているようだった。
まあぬいぐるみだからそこまで痛くはないだろう。
「私は、純粋にクマの話をしただけです!
他意はありません!」
それだけは言っておこうと、聞いているかわからない皆に向かっていう。
陛下を想像していった訳ではなく、本当にただの好みの話をしただけなのだ。
陛下はどう思っただろうか、と少し気になるが、考えないようにする。
まともな質問だと思った私が馬鹿だった。
この従者は人を揶揄って遊ぶのが、趣味なのか。
陛下がいてもお構いなしのようだ。
殿下はこちらを見て、同情するように苦笑いを浮かべていた。
「スズ、あれは気にしなくていいよ。
早く終わらせて帰ろう」
シロクマは床に寝転んでいるスイさんを放置して、私の隣に戻ってそう言うと。
殿下がスイさんに早く行け、とせっついている。
スイさんはゆっくり起き上がり、なにかを懐に忍ばせると、私達に行きましょうと言った。




