クマは守りたい
その言葉が信じられず呆然としていると、スズはもう一度ヴィルと呼んだ。
「……私がわかるのか?」
「クマの姿を見て、思い出したの。
でも偽物だったらどうしようと思って……」
その確認のためにクマの女の子を引っ張り出してきたらしい。
スズが私を思い出したと聞いて、スズにしがみつくとホッと安堵の息を吐く。
「失礼な間違いをしてごめん。
ギルバート殿下とか、婚約者とか……」
「スズは悪くない、気にするな。
……陛下の事も思い出したか?」
そう聞くとスズは顔を曇らせる。
「レオン様とカイルは思い出したけど、陛下のことは……」
「そうか」
急かすべきではない、そう思いそれだけ返す。
すると、スズは不安そうな顔で私に尋ねた。
「……陛下は?」
「部屋にいると思うが……」
スズは悩むような表情をしている。
「スズ、陛下が気になるか?」
その言葉にスズは更に眉を下げる。
「優しくしてくれたのに、思い出せなくて。
でも陛下はなにも言わず微笑んでくれて。
申し訳なくて合わせる顔がない……」
スズは泣きそうな顔をして、唇をきつく結ぶ。
陛下は私が羨ましいといったが、この表情を見るとやはり陛下こそ特別なのだと思う。
例え記憶がなくとも、スズは陛下を気にしている。
そこには違う感情が眠っているのでは、と思うほどに。
私とてスズが好きだ。
だが、このままではスズは陛下を気にするばかりで、いつか恋慕に変わりそうだ。
私はなんの憂いもなくスズと向き合いたい。
スズに記憶がなければ、気持ちもわからない。
私はスズに記憶を取り戻してほしい。
――そのためには。
「スズ、あの女に会いに行かないか?」
本当はこんなことは言いたくない。
案の定スズは、表情を硬くした。
何があったか思い出した今、決して会いたい人物ではないと分かっている。
記憶も完全ではない。
尚更不安に感じるだろう。
「一緒に行くから安心しろ」
そう言うとスズは少し表情を和らげ、頷く。
「ありがとう、ヴィル」
「寝室から出て、無事な姿を見せてからにしよう。いいか?」
頷いてから緊張でそわそわし始めるスズに、嫌な気持ちになるが我慢をする。
「ヴィル、抱っこしていい?」
そんな私にそんなことを言うスズが憎らしい。
断る理由のない私は、そのまま抱えられた。
側から見れば情けない姿だが、スズに触れられるのが嬉しかった。
****
ヴィルを抱っこして、寝室から出ると陛下とカイルがソファーに座っていた。
陛下は執務をしながら待っていたのか、手元には書類を持っている。
忙しいのに心配をかけてしまい、申し訳ない気持ちで一杯だ。
「……ご心配をおかけして申し訳ございません」
そう謝罪をすると、陛下は気にしないでと言ってくれた。
「怪我や具合が悪いとかはない?」
「ないです」
そう答えてから、記憶が戻ったことをなんて切り出していいか、分からず口をもごもごさせる。
陛下だけ思い出せない、とは言いにくい。
どうしようかと私が悩んでいると。
「スズ、とりあえずクマをおろしたら?」
そう言ってソファーを勧めるので、ヴィルをおろして隣に座った。
すると、隣でボンっと音とともにヴィルがクマから人間に戻っていた。
「先程スズと話し合ってあの女に会いに行くことに決めました。これから行こうと思います」
記憶には一切触れず、ヴィルはそう告げた。
それを聞いた陛下は顔を顰める。
「私はスズを危険に晒すのは反対だよ」
「スズが望んでいても?」
ヴィルは予想通りの反応だったのか早かった。
陛下はそれに嫌な顔をすると、私の方を向いた。
「……私が行きたいのです。
陛下、お願いします」
盛大な溜息を吐くと、頭を抱えてわかったと呟いた。
「ありがとうございます」
お礼をいうと、益々頭を抱えている。
意外な姿に少し笑ってしまった。
「では、行くか」
そう言ってヴィルは聖石をかざす。
使われたはずの聖石はまだ濃い緑をしている。
「スズ、本当に気をつけてね。
いざという時にはこの国に帰りたいと願えば帰れるから」
陛下は心配で仕方ないようだった。
なんだかその気持ちが嬉しいと思う。
安心させるように、何度も頷く。
「陛下、罰するのはやめてください」
ヴィルが突然そんなことを言うと同時に、聖石が光り始めた。
身体が光に包まれたかと思うと、弾けて気付いたら何処かの部屋に座り込んでいた。
そしてその私の横には、シロクマが座っている。
茶色でも赤でも紺でも黒でもない、綺麗な白っぽい銀の毛並みのクマだ。
ヴィルは違うクマにもなれたのだろうか。
「えっと、ヴィル?」
口を開かないので、声をかけてみる。
「……ヴィルではないよ」
「……へ、へいか!?」
驚きすぎて、飛びあがってしまった。
「やはり彼の事は思い出していたんだね」
その発言にピシリと固まると、慌てて謝る。
「申し訳ありません……私、陛下だけ……」
なんといっていいか分からず、しどろもどろになる。
「気にしていないよ。
スズの記憶になくても、私の記憶にある。
だから無理して思い出す必要はないよ」
陛下は優しく微笑みながらそう言っているのがわかるが、私は笑えなかった。
私だってきちんと覚えていたい。
自分だけ覚えていて、相手は忘れている。
そんなのは私も悲しい。
「私は、陛下と思い出話をしたり、したいです。
私だけ覚えてないのは嫌です……」
陛下の記憶がなくても、陛下は私にとって大切な人だったとわかる。
初対面のはずなのに、陛下といると安心できた。
以前の私もそう思っていたはずだ。
だから、諦めたくない、その意思は変わらない。
そう思ってシロクマを見つめると、黙り込んでしまった。




