クマ再び
クマside
……聖石の力が戻った?
これならスズを、守れるかもしれない。
人の記憶の操作など本来ならしてはならない。
だが、せめて名前だけ。
名前だけは戻したい。
『彼女の名前を鈴原鹿乃に』
その一心で聖石に願うと、光を帯びて緑色がキラキラと光り出す。
緑色がこんなにもキラキラと光るのは初めてで、不安に駆られるがもう止まれない。
スズはその聖石を見て目を見開いていた。
そしてポツリと呟いた、ヴィルと。
やがて光が収まると、スズは気を失って倒れて。
私はボンっとクマの姿になっていた。
慌ててスズを受け止めようとして、潰された。
スズの下から抜け出ても、完全に意識を失っているようで反応はない。
スズが倒れたのを見てレオン殿とカイルも駆け寄る。いつの間にか庭園に着いたらしい陛下もいた。
陛下は不快そうな様子を隠していない。
「何したの」
「……スズの部屋に連れて行きます」
質問に答えずそれだけ告げてスズに触れると、スズの部屋のベッドに運ぶように聖石に願った。
今は考えるよりスズを安全な場所に運ぶのが先だった。
スズの寝室のベッドの上についたので、そのまま横に寝かせる。
それでも目を覚ます気配はない。
侍女は今はいないようだ。
スズが気を失う前、確かにヴィル、と聞こえた。
思い出したのか、混乱してかはわからない。
早く確認したいという焦燥に駆られる。
それを落ち着けるように座りスズの頭を撫でていると、寝室の入り口に陛下が立っていた。
苛立ちと心配が混ざったような、そんな表情だ。
「……名前だけでも、そう思い願いました。
しかし成功したかは分かりません。
クマの姿になったのは予想外です」
離れていたので声までは聞こえてなかっただろうと思うが、それだけを呟くように伝える。
なぜまたクマになってしまったのかはわからない。予想外だが、この姿ならばヴィルでいられる。
それに私は安堵してしまった。
陛下はそんな私の気持ちに気づいているのか、顔を顰めている。
「そう。スズは……」
スズは?
陛下は言葉を切り視線をおとすと、そのまま黙る。
「私は君が羨ましいよ」
陛下はポツリとそう溢す。
先程の続きではないようだが、私が羨ましい……?
「スズにとって君は特別だろう。
婚約者だと思うくらいに……。
君がいたほうがスズも安心するでしょう。
だから、あとは任せるよ」
そう言うと、返事も待たずに寝室から出て行った。
特別。
仮にスズがそう思ってくれているとしたら、それはただ一番最初に出会ったからだろう。
スズはずっと孤独だった、そう言っていた。
親しくなったのは私が初めてだと。
だから、出会った順番が違えば……。
その時に私は陛下のように言えるだろうか。
陛下はスズの事を大切にしているのが、立ち振る舞いでよくわかる。
スズの事を第一に考えて行動している。
……私は言葉だけで行動は伴っていない。
そんな事を考えていた時、スズの指先がピクリと動いた。
「スズ?」
思わずそう声をかけて顔を覗き込むと、ゆっくりと目を開く。
スズは困惑しているようで瞬きをして首を傾げた。
「……えっと、なんでクマ?」
まだスズに思い出している様子はない。
それに少し落胆してしまう。
「私はヴィラール・ミシャリオスと申します。
あなたのお名前を教えていただけませんか?」
出会った時と同じようにお辞儀をして名乗ると、スズは固まって動かなくなった。
しばらく固まったかと思うと勢いよく起き上がり、クローゼットに向かっていく。
突然の事に呆然としている私に構わず、スズはクローゼットに体を突っ込んでいる。
ゴソゴソと漁ったあと、何やら見つけたのか引っ張り出してきた。
それはスズと出掛けたあの日、ゲームセンターで取ったクマの女の子だった。
ああ、また私にそれをあてがうのか、そう思い悲しくなる。
スズはそのクマを抱えて笑うような顔をすると、こちらに走ってきた。
ベッドに座っている私の前に立ち、女の子のクマを突き出す。
そのクマには、私がリシアの街で買った緑色のリボンがついていた。
こちらにそのクマを持って来ている事も、リボンをつけている事も、知らなかった。
スズが大切にしてくれていた事を知り、嬉しい。
しかし、なぜ無言で目の前に突き出されているのかはわからない。
「スズ、大切にしてくれてありがとう」
例えスズが覚えていなくても、伝えたかった。
今はクマで良かった、とそう思う。
人間のままなら、泣いていたかもしれなかった。
スズは私の言葉を聞き、今にも泣きそうな顔で笑うと。
「……ヴィル」
そう呼んだ。




