クマの聖石
クマside
ふたりが出て行き姿が見えなくなるのを見届けてから、皇帝陛下は口を開く。
「……どうする気?」
どうする気かと言われても困ってしまう。
ギルバート殿下ではない、と言うとスズはどうなるだろうか。
しかし、嘘をつくのも心苦しい。
「そもそもギルバート殿下とは?」
「ああ、会ったことなかった?カリストス王国の第三王子だよ。スズが信頼を寄せていた」
……信頼していた、と聞くと穏やかでいられないのは狭量だろうか。
しかしスズはすぐに男を引き寄せて夢中にさせる。
いつこの陛下のようになってもおかしくないのだ。
「ああ、そういえば君に言いたい事があった。
スズを諦められない、記憶を失う前のスズには気持ちを伝えた。……申し訳ない」
陛下は思い出したようにそう言う。
あの日スズと話した時の様子から薄々そうじゃないかと思っていたので特別驚かない。
スズは顔を赤くして……完全に意識していた。
「記憶を失っているなら無効だろう」
まあ、謝られる理由もないが。
陛下は意外と律儀だ。
そういう所でもスズは絆されているのだと思う。
……スズが忘れてくれて良かった、と少しでも思ってしまった私とは大違いだ。
どこまでも狭量な人間だな、とどんどん自分に自信がなくなる。
突然ガタンッと窓の開く音がした。
そこから入ってくる男性には見覚えがあった。
あの喫茶店の店主だ。
のちに陛下の兄だとスズが連れてきたと聞いてはいたが、何故窓から?
そう私が驚いている間に、側に来ていた。
「……もしかしてレオンが呼びにきた?」
「はい。心配だから、と」
そう言って私の方を向き、はじめましてと名乗る。
シャロさんは兄上とは仲が良いらしく、弟であることを知っているようだった。
陛下は溜息を吐くとシャロさんにスズの状況を説明している。
陛下の兄は何か引っかかるのか、状況を聞きながら眉を顰めていた。
「その聖石はどちらに?」
私はこれです、と手首の透明なブレスレットを見せる。
返された時にはもう透明だった。
兄上からこれが使われた、と聞いた時には無理矢理にでも返してもらわなかった事を悔やんだ。
取り返しがつかない事をした。
スズに合わせる顔がないと思いながらも、会いに来ずには居られなかった。
してしまった事の責任を取らなければ、と考えてもその方法が自分にはない。
どこまでも情けなくて無力だ。
あの誘拐未遂事件の時も、自分を犠牲にスズを助けることしか浮かばなかった。
そして結局スズに助けられてしまった。
スズの前では情けない姿しか見せていない。
他の女性の前では完璧な姿に擬態出来ていたのに。
所詮擬態は擬態ということだ。
これが本当の自分なのだろう。
こんな自分でもスズの側に居たいと思うのは、おこがましいだろうか。
そんな事を考えている間、陛下の兄はやはり変な顔をして考え込んでいる。
それを見て陛下も何か気づいたような顔をした。
「おそらく聖石は力が足りなかったのでは。だからスズさんの記憶は混濁しているのではないでしょうか。消えるはずの記憶が残って足された記憶がそこに重なった、と考える方が自然です」
シャロさんの考えと陛下も同じようだ。
「ただ私が一番気になっているのは、スズの名前かな。なぜ名前を変える必要が?嫌な話だけれど入れ替わることもできるでしょう?
どうしてもそれが気になってしまう」
「……そうですね。しかも自分の名前にするなんて、不自然です」
陛下の兄は同意するように言い、また悩む。
……名前、か。
私は自分の頭が良いとは思っていない。
ましてやこのふたりがいれば尚更、必要がない気すらする。
「関係ないかもしれない。
しかしもしかしたら……」
ずっと私の後ろに控えていたカイルが独り言のように呟くと手をあげた。
陛下が発言を促す。
「スズ様はあの時ユティアーム殿下に
『取り返しがつかなくなる前に桜様を元の世界に返した方がいいと思います。殿下が国に帰ったらそう進言したほうかいいかもしれません』
そう言ったと。もしそれが聞こえていたとしたら」
それを聞いて皆が青ざめる。
同じ事を考えたようだ。
名前が変わればスズの方が返されるかもしれない、そう考えた可能性が高い。
邪魔だ、という発言も納得がいく。
「……しかし名前だけで変わるのか?」
「名前で指定されれば、もしかしたら……」
私の疑問に陛下の兄はそう答える。
陛下はすぐに立ち上がり、部屋から出て行く。
スズがいる庭園に向かうのだろう。
その姿を陛下の兄は心配そうに見ている。
「殿下、使いますか?」
カイルはネックレスを見せて、私の答えを待つ。
秘術で庭園まで行けば、すぐに着く。
なにもないかもしれないが、なにかあったら……そう思うと頼らざるを得ない。
「……頼む」
カイルは待っていましたと言わんばかりにライオンを出すと、ライオンに願った。
するとあっという間に庭園に着く。
秘術のことも忘れたのだろうか、スズは驚いた顔をして固まってしまった。
散策の最中に蹲み込んで花を眺めているところだったらしい。
花に囲まれたスズの姿は可愛さが増している。
このまま絵に描いて欲しい、部屋に飾れば毎日癒されるだろう。
そんなことを考えていたのが、わかったのかカイルが肘で小突いてきた。
「……その、なんだ。
変わったことはないか?」
そう言うと後ろから更に小突かれた。
カイルは前より遠慮がないような気がする。
自分でも何を言っているんだ、とは思ったが。
スズはヴィルとしては見ていないし、スズも桜だと言う。しかも婚約者だと思っている。
そんな中で何を言えばいいのか、まるでわからない。
「……ないです。
もうお仕事は終わりですか?」
「ああ、終わった」
その答えにスズは可愛らしく笑った。
「お疲れ様です。
……あの、良かったら一緒に歩きませんか?」
恥ずかしそうに目を伏せながら、私を誘っている。……幻覚か?幻聴か?
自分が信用ならず、ふとレオン殿を見ると少し顔を顰めていて、現実だと確認できた。
「……花には詳しくないがいいか」
レオン殿はスズに教えているようだったが、生憎花はある程度しかわからない。
「一緒に花を見て歩くだけで嬉しいです」
そう言ってスズが笑うと少し辛くなる。
スズの本心ではない。そう分かっているのに婚約者のように振る舞うスズに喜んでしまう自分がいた。
レオン殿とカイルは対称的な顔をしていた。
ふたりで庭園を歩き始めるとスズはレオン殿から聞いた花の話や、どの花が好みなのか、と色々話してくれる。
てっきり会話はしてくれないものと思っていたのに嬉しそうに話すスズが、……以前のスズと重なる。
旅に出掛けた時もこうやって楽しそうに話していた。あの女さえ現れなければ、今でもスズは……。
考えても仕方がないと思う、だが考えてしまう。
スズとの思い出はどれも特別なもので、忘れて欲しくないのだ。
「あれ、それって……そんな色でした?」
スズは下の方を見ながら、ふとそんなことを言う。
その視線の先には、私の手首。
そこには透明になった聖石がついていた。
……秘術を覚えているのだろうか?
そんなことを考えていると、不意にスズが聖石に手を伸ばす。
――スズの指先が触れた瞬間ぶわっと聖石が輝くと……濃い緑色になった。
スズは呆然としている。
私も驚いたが、そういえば前にも疑問に思ったことがあったな、と思う。
あの事件の際も返された時には濃い緑になっていた。
聖石の緑色を見てスズにはなにか特別な力がある、そう確信した。
「……緑」
そのスズは呆然と呟いた。




