初対面
重たい瞼を開くと何故か豪奢なベッドの上で、外国人のような銀髪の綺麗な男性が私に水を飲ませてくれていた。
それだけで頭がフリーズする。
それなのに綺麗な声で話しかけられて、人が苦手な私はなお硬直してしまう。
私が分かるかと言われても知らない人だ。
部屋を見渡しても知らない場所だった。
それなのに恐怖は感じない、ただ不安だ。
スズ、スズと男性は呼んでいるが、誰と間違えているのだろうか。
「……私はスズではないです。
誰かと間違えていらっしゃいませんか……」
意を決してそう言うと男性は蒼白になる。
しばらく沈黙した後、自己紹介をして私の名前を確認するとまた呆然とする。
皇帝、というとこの国で一番偉い人なのだろう。
陛下、と呼ぶべきだろうか。
なぜそんな人が私と一緒にいて、ずっと手を繋いでいるのかもわからない。
桜だと言っているのに、スズと呼ぶという。
綺麗な顔で微笑まれ、つい頷いてしまった。
スズではないのにいいのだろうか、と疑問に思っていると急に思い出した。婚約者の存在を。
「あの、ギルバート殿下の元に戻りたいのですが……」
そう言うとまた顔を曇らせる。
どういう関係か、と口を動かすと同時に握られている手に痛みが走った。
それがつい口から漏れると手を離され申し訳なさそうに謝られた。
やっと手を離されてホッとするのに、変な感じがする。
……ずっと繋がれていたからだろうか。
そんなことを考えつつ質問に答える。
「ギルバート殿下は婚約者です」
そう口に出すと愛おしいような気持ちが勝手に浮かんできた。
しかし愛おしいはずの殿下の顔はモヤがかかったように朧げなのが不思議だ。
陛下は顔面蒼白のまま無言だった。
しばらくして食べたいものはないか、と聞かれて
かなり空腹なのになぜか果物が食べたくなった。
用意してくると陛下が出ていくと、ベッドにいるせいか眠気が戻ってくる。
……そういえばこのベッドは陛下のものではないのだろうか。男性のベッドを借りているなんて、婚約者がいるのにいいのだろうか。というか何があったらこんなことに。邪魔しているのでは。
そんなことを考えながらもウトウトとしてしまう。
すると扉の開く音がしてスッと背筋が伸びる。
まるで授業中に居眠りをしていて先生に当てられた、あの気持ちだ。
用意してもらっておいて寝るなんてもってのほかだろう。
陛下は先程より少し明るい顔で戻ってきた。
なにかあったのだろうか。
差し出された果物を見ると、盛り合わせになっており種類豊富だ。
美味しそうなその果物に目が釘付けになる。
皿の上には知っている果物と知らない果物がある。
スズさんではないのに親切に果物まで用意してくれるなんて、本当にいいのだろうか。
皿を抱えながら悩んでいると。
横から手が伸びてきてメロンが消えていく。
「私はスズに危害を加えるつもりはないけれど、知らない人からもらったものは心配だったね。
一種類ずつ食べたら安心してもらえる?」
悲しそうな顔でそんな事を言われて、焦る。
親切に用意したのにそんな風に思われていたら、私でも悲しくなってしまうだろう。
一生懸命否定しようと口をもごもごさせるが、うまく言葉に出来ない。
しかし陛下は安堵したような笑顔を浮かべていた。
本当にいいのか視線を向けると優しい表情で頷いてくれた。
さくらんぼを口に入れると、プチっと甘酸っぱい味が口に広がる。
ひと口食べれば止まらず、次から次へと口に運ぶ。
作法も分からず、もぐもぐと頬張ってしまった。
食べている間あちらの世界の話など、陛下の質問に答えた。
たどたどしい言葉でも陛下は怒らずに待っていてくれて、きちんと私の話を聞いてくれる。
それがなんだか嬉しくて、人と話す恐怖が和らいだ。
今柔らかく優しく微笑んでいる陛下が、また先程のような悲しい表情をするかもしれない。
そう思うとスズさんの話は聞けず、私がなぜここで寝ていたのかも聞けなかった。
陛下もその話には触れない。
窓から外を見るともう日が昇ってきているようだ。私はこれからどうするのだろう。
ギルバート殿下の元へ帰れるのだろうか。
ここで目覚める前はギルバート殿下とどこかの街に出かけていたような気がするが、曖昧だ。
美味しいものをたくさん食べたことや、綺麗な海の景色が思い出すことができてホッとする。
やはり私はここではなく殿下の元へ行くべきだろう。
そんなことを考えながら陛下と話していると、なにやら部屋の外が騒がしくなる。
陛下は気にせず話していたが無視できなくなったのか盛大な溜息を吐くと、私に待っているように言って寝室から出て行った。
「スズ、隣の部屋に来られそう?」
しばらくしてから陛下は寝室に戻ってくると、そう訊ねる。
隣の部屋に何があるというのだろう。
少し怖くて布団を握り締めると、陛下は手をその上に重ねて優しく声をかけてくれる。
「スズ、大丈夫。私がいるよ」
つい二、三時間前に出会ったばかりの人に安心感を抱くのはなぜだろう。
陛下はふわふわの真綿で包み込むように、私に優しくしてくれるからだろうか。
しかしその優しさは私ではなく、スズさんに向けられたものだ。
なにがあったのか、陛下は私をスズさんだと勘違いしているみたいだ。
……見た目が似ているのだろうか。
それを考え始めるとモヤモヤが浮かんでくるようで、考えるのをやめた。
「……行きます」
そう答えるとベッドから降りる。
と、薄汚れている自分の姿が目に入る。
先程までは気にしていなかったが、ドレスには葉っぱのようなものが付いているし髪もぐちゃぐちゃだ。
こんな格好で寝ていたため陛下のベッドを汚してしまった、と血の気が引いた。
「……ごめんなさい、布団汚してしまって、どうしたら。私洗ってきます!」
慌てて布団のシーツを取ろうとすると、陛下は笑いながらその手を止めた。
「いいから、大丈夫。
夜に散歩に行くと、よくある事だから気にしないで。私についていた葉っぱがスズについてしまったみたい」
なんとなく嘘だ、と思うが言えない。
「汚してしまって、ごめんね。
お風呂に入っておいで、着替えもあるから」
陛下はそういうと徐にクローゼットをゴソゴソして戻ってくる。
その手にはドレスと布に包まれたものがある。
「これ着替えに使って。あ、中は侍女が用意したものだから安心してね」
少し焦り気味にそう言ったことから、なんとなく中身がわかってしまった。
……クローゼットに着替え。
スズさんとは親密な仲らしい。
なぜかモヤっとした私は黙ってしまった。
お風呂に行くためには寝室から出ないといけないらしく、先に出た陛下が指示している。
私はモヤモヤとした気持ちを抱えながら、一言も話さずお風呂に向かった。




