思い出
シロクマside
「なにか食べれそうなものはある?」
なにも言葉にならず、違う話を振る。
「……えっと、果物なら食べられそうです」
その返事にスズのサングリアを思い出してしまいそうで、用意してくると言うと寝室を出た。
扉閉めて寄りかかると、俯き唇を噛む。
悔しくて苦しくてどうにもならなくて、気持ちの整理がつかない。
「……陛下」
その声に我に返り顔をあげると、部屋にレオンがいる事に気がついた。
何かあっては、と待機していてくれたようだが、こんな姿は見られたくなかった。
「見苦しい姿を見せてしまったね」
「いえ、スズ様は目を覚まされましたか?」
レオンは何かあったと察しているようで、眉を顰めている。
「ああ。目は覚ましたけれど、記憶と名前は奪われているようだ。あの第三王子を慕っていて自分はその婚約者だと、言っている。
……あの女はかなり複雑に変えたらしい」
口に出すのも苦痛で早口な説明になってしまった。
レオンはそれを聞くと、更に眉間に皺を寄せる。
「記憶と第三王子はなんというか、理解出来なくもないですが。……名前というのは?」
「スズは自分を東堂桜だ、と」
レオンは軽く目を見開く。
「……どうして」
そう言って僅かに唇を震わせるレオンに私は静かに首を振ると、用件を思い出す。
「スズが果物なら食べられると。用意できる?」
「それならばこちらに。何が食べられるか分からないので何種類か軽食を用意しておきました」
パンなどがのせてあるワゴンを押してくると、果物の皿を取り出す。
量は違うがあの時と同じ果物が盛ってある、それはレオンの配慮だろう。
余裕のない私を助けてくれるような、レオンの気遣いに少し気持ちが落ち着く。
「ありがとう」
そう御礼をいうと、スズの待つ寝室への扉を開けた。
スズは起き上がった時のままでウトウトしていたのか、慌てて姿勢を正している。
その健気な姿が可愛くて思わず笑うと、私は思う。
例え記憶がなくても、スズはスズのままで。
私もそんなスズが愛しいままで。
以前のスズだって私が好きだとは言っていないのだから、そう変わらない。
それならば今の状態を悲観する必要はない。
また私を知ってもらい、今度こそ好きになってもらえるように頑張ればいいのでは。
そう考えると気持ちが楽になり、心なしか足取りも軽くなる。
「待たせてしまったね、これをどうぞ」
果物の皿を差し出すと、先程まで怯えていたスズは目を輝かせて果物を見ている。
そんなに果物が好きだとは知らなかった、新たな一面を知ったようで嬉しくなる。
スズがなかなか食べないので、抱える皿からメロンをひとつ取ると口に放り込む。
「私はスズに危害を加えるつもりはないけれど、知らない人からもらったものは心配だったね。
一種類ずつ食べたら安心してもらえる?」
その言葉にスズはハッとした顔をして慌てているところを見ると、それは気にしていなかったようだ。
「あの、ただ遠慮していただけで……そんなことは」
必死に否定しようとしている姿にやはりスズはスズだと、私が安心して笑ってしまう。
「ふふ、わかってるから。食べていいよ」
スズが確認するようにこちらを見るので頷くといただきます、とさくらんぼを口に入れた。
頬に手を当てて美味しそうにもぐもぐと口を動かしているのが、とても可愛い。
行儀良くマナー通りに食べている姿より、幸せそうに食べているこの姿がもっと見れるといいのに。
その姿を眺めながらふと、気になったことを聞いてみる。
「スズはこの世界に来る前は何をしてたの?」
「えっと、……働いていました」
「働くの?」
こちらの世界では妙齢の女性はすぐに婚姻すると家庭に入り、ほとんどは働かない。
婚姻するまでも行儀見習いに働くくらいだ。
だからスズは働き者で、あんなにあっちにこっちに動いていたのかもしれない。
「あちらの世界では私くらいの歳になると働きます。両親も皆働いています」
その言葉でスズがこの世界に関わること以外は覚えている事がわかる。
聞きたい言葉が聞けて安堵した。
それならば無理に思い出す必要はない。
家族のことを忘れていたなら、スズのためにも思い出すほうがいい。
だけれどこの世界の事だけ忘れているなら。
スズとの思い出は私が覚えている。
……だからスズは覚えてなくてもいい。
それをスズが知れば、きっと良しとしない。
なんでそんなことを、と泣きながら怒りそうだ。
寂しさはあるが無理に思い出させようとすれば、スズが苦しむかもしれない。
それくらいなら、いい。
また一から関係を築けばいいのだから。
スズが望んだら、その時協力しよう。
おそらく身辺整理をした彼がもうすぐこちらに来るだろう。
スズは彼を覚えているだろうか、どんな反応をするのだろうか。
……姿を見た瞬間思い出したら。
そんな隠していた不安が、頭をもたげる。
スズが果物を頬張る姿を見ながら、私は頭の中でもスズのことばかり考えていた。
諦められると思っていた過去の自分に言ってやりたい。
スズを諦めるなんて不可能だ、と。
そんなことを考えながら、まだぎこちないスズと他愛ない話をして朝まで過ごした。




