スズの記憶
シロクマside
溜まっていた執務をしていると天井から紙が蝶のようにひらひらと降ってきた。
レオンがすぐにそれを手で掴むと不審物ではないか、調べるために紙を開く。
するとすぐにその顔色が悪くなったのを、私は見逃さなかった。
立ち上がりその紙を奪い取るようにして読むと、冷静ではいらなかった。
その紙にはヴィラールの護衛騎士だったカイルが脅されて協力していたこと、スズはあの女になにかされたようで意識を失っていること……。
あちらの国で起こったことと、これから部屋に来ることが書かれていた。
スズの事を考えると不安に駆られ、執務どころではない。
その後アリシャールの王太子と騎士と共に執務室に現れた。
赤毛の騎士に抱えられてぐったりとしているスズを見てまた冷静さを失ってしまい、レオンに嗜められた。
腕の中のスズを見る度に不安になり早くこの場から去りたい、そればかり考えて会話をしていた。
相手もそれに気づいているのか、簡潔に話をしてくれた。
レオンに後を任せると、私の部屋にスズを連れて行くことにした。
足早に部屋に入るとベッドに横たえる。
スズはなんの反応もしない。
顔を近づけると息をしているのがわかり、少し安堵するが不安は消えない。
「スズ……。はやく目を覚まして」
椅子に座りスズの手を握ると暖かい。
首元に視線をやるときちんと銀のネックレスがつけられていた。
ネックレスを使わなかったのは、他に被害がいく事を心配してだろう。
だけれどそれでも使って欲しかったと思うのは、私の我儘だろうか。
スズは人の心配ばかりして自分を後回しにする、それが分かっていた。
だから私がスズを守ると決めていた。
才色兼備の賢王が聞いて呆れる、なんの役にも立てていないのだから。
あの女は邪魔だ、と言って秘術を使った。
それだけでは何の情報も得られない。
スズが消えてしまったら、スズの意識が戻らなかったら、そんなことばかり浮かんでしまい手を離す事も怖かった。
それからずっと手を握り、息をしている事を確認して少し目を瞑る、それを繰り返していると。
「……ん、ん」
外が夜から朝に切り替わる頃、スズの口から声が漏れる。
スズの体を起こして準備していたグラスを口元に添えた。
スズはそれをコクコクと喉を鳴らしながら嚥下すると、目が半分ほど開く。
「スズ、大丈夫?」
そう声をかけるとスズは体を硬くして、怯えるような困惑しているような顔をする。
その様子に胸騒ぎをおぼえる。
「……スズ、私が分かる?」
胸の中に広がる嫌な予感に、心臓までも忙しない。
尋ねられたスズはまた怯えたような表情を浮かべて周りを見渡していた。
私を見て周りを見渡して、をひとしきり繰り返してからおずおずと口を開いた。
「……私はスズではないです。
誰かと間違えていらっしゃいませんか……」
鈍器で殴られたかのように頭にガンガンと響き、その言葉は刃物のように鋭く心臓に刺さり痛い。
何が起きているのか考えたくも無い。
……これは夢でも見ているのだろうか。
目を瞑ってみるが、開いても状況は変わらない。
現実だなんて信じたくない。
記憶の齟齬の確認をするべきだ、そう分かっているのに口が動かなかった。
スズは相変わらず私に怯えるように小さくなってこちらを窺っていた。
「……私はデイル帝国の皇帝シドラン・ディクアルト。君は鈴原鹿乃でしょう……?」
「……私の名前は東堂桜です」
その返答に愕然とする。
あの女は記憶だけでなく名前すらも奪ったのか……?
名前だけで良かった、そう思うべきなのか。
しかしスズとはもう呼べない、桜とでも呼べと?
桜、なんて絶対に呼びたくない、有り得ない。
「……では、スズと呼ばせてもらっても?」
スズは困惑しているのか首を傾げている。
大方なにがでは、なんだろうかと思っているのだろう。
なんと言われようとスズで押し通す、そう決めている私は有無を言わせない微笑みを浮かべる。
するとスズはピシリと固まり視線を彷徨わせると、コクリと頷いた。
この顔は記憶がなくとも有効らしい。
私がホッと息を吐くと、またもや爆弾発言が飛び出した。
「あの、ギルバート殿下の元に戻りたいのですが……」
ギルバート殿下……、まさか。
「……ギルバート殿下とは、どういった関係?」
嫌な予感しかせず、未だ握ったままだった手につい力が入ってしまった。
「痛い……」と言ったスズに、慌てて謝ると手を離した。
スズはいえ、と手を引っ込み先ほどの問いに答える。
「ギルバート殿下は婚約者です」
スズは頬を染めながらそう言った。
その答えと恋慕の表情に心臓がズキズキと痛むのを感じる。
ただ忘れられただけではなく気持ちも変わっている、それが形容し難い気持ちを湧き上がらせる。
……自分がスズにしたことはもっと酷い。
もし同じことをされたら、どうなってしまうのかと怖くなり言葉が出てこなくなってしまった。




