失敗
そうして隠れる場所を探していると、ポスンっと黒クマが目の前に落ちてきた。
分かっていても心臓に悪い、びっくりした。
――そう、私が呼んだのは黒クマである。
桜様はカリストス王国の救国の乙女であり、ユティアーム殿下の婚約者である。
何かあった際の証人として黒クマがいれば安心だと考えた。
黒クマには桜様が現れるかもしれないから証人が必要だ、とだけ伝える。
黒クマは軽く頷くと、それ以上聞かなかった。
なにかを察しているようでカイルに申し訳なさそうな態度をとっていた。
カイルに黒クマの正体を話すべきか悩んだが、やめておく。
秘術を貸したことをあんなに悔やんでいた。
気に病んでしまうかもしれない。
カイルはクマの姿に同情する目を向けつつ、私が何をしようとしているのか不安なようだ。
今回のクマは私が犯人ではないのだが、クマの正体を隠しているため説明出来ないのがもどかしい。
引き続き隠れる場所を探す。部屋はワンルームでクローゼットくらいしか、隠れる場所はなさそうだ。
私は床にいた黒クマを抱っこして、カイルに部屋で適当に過ごすように言うとクローゼットの扉を開けて入る。
カイルの荷物は少ないようで、クローゼットに抱っこしながら立っても余裕があった。
会話していてバレてはいけないので、クローゼットの中も静かだ。
黒クマは状況に落ち着かないのか身動ぎをするので、こちらもそわそわとしてしまう。
クローゼットに熱が籠り暑くなってきたな、と思い始めた頃。
外でカタン、と音がした。
その音にびくりとして思わず黒クマを抱いている腕に力が入った。
耳をすませば、女性の声が聞こえてくる。
「カイル、ネックレスが使えなくなったんだけど。どういうことよ!」
桜様のようだ、相変わらずの癇癪だ。
しかし来ると踏んで用意したものの、本当に今日来るとは思わなかった。
……一体誰に使おうとしたのだろうか。
想像が正しければ使えなかったはずだが、もし誰かに使えていたら、と心配になる。
「……壊れたのかもしれません。
取って見せていただけませんか?」
カイルはこの機会を逃すまいと、ネックレスを見せるように言っている。
怒っている声が聞こえないことから、大人しくネックレスを外しているようだ。
まだ疑われてはいないらしい。
ネックレスがカイルの手に渡ってから動きたい。
少しの物音も逃さないよう更に耳をすます。
その時小さくシャラっと音がして、カイルが御礼を言うのが聞こえた。
――今だ。
そう思いクローゼットの扉を開き、黒クマを抱きしめながら部屋に足をおろす。
桜様はこちらに背を向けているため、まだこちらには気づいてないようだ。
カイルの手にきちんとネックレスがあることを目視で確認して息を吸う。
「こんばんは、桜様。
あのあと大丈夫でしたか?」
にっこりと笑顔を作り話しかけた。
私の声に桜様が勢いよく振り向き、顔を歪ませる。
せっかく整った可愛らしい顔もその表情で台無しだ。もったいない。
ぱっちりとした二重の眦を吊り上げ、また癇癪を起こし始めた。
「なんでこんなところにいるのよ!
カイルにまで手を出しているの、穢らわしい。
しかもクマなんて抱いて私可愛いアピール?
おばさんがやっても痛々しいだけだから。
貴女……やっぱり邪魔だわ」
私の心配の言葉はまるっと無視されている。
本当に少しだけ怪我を心配していたというのに。
4歳しか変わらないのに散々な言われようである。
桜様は抱っこしているのは、ただのクマだと思っているようだ。
……ラノベの本編ではクマは出てこないということなのだろうか?
スマフォもクマなので、てっきりクマはラノベに関係していると私は思っていた。
私が考え込んでいると、私を邪魔だと言った桜様は腕を気にしてなにかしようとしていた。
何があるのだろうかとじっと見ていると、そこには緑色の、ヴィルの聖石がついている。
……ヴィルにまだ返してなかったのか。
聖石は薄い緑色で力が少ないため、ユティアーム殿下にはネックレスを使用したのだろう。
しかし薄らでも力は残っている、何をするつもりだ。
身を守るにしても、今スマフォを触ればすぐにバレてしまうだろう。
後ろ手に打つなど器用なことは出来ない。
打ち間違えたら大変なのだ。
かなり危険な状態に動悸がする。
カイルは顔には出さずネックレスを握りしめているが、あれはライオンを出さないと使えない。
下手したらスマフォよりも目立つ秘術である。
桜様に先を越されればただでは済まない。
騎士として動くのも得策ではないだろう。
もちろん黒クマも携帯電話は触れない。
クマの手では上手く握れないのだから。
隠れて打つなど不可能に近い。
見事に八方塞がりな状況に陥っている。
明らかに解決を急ぎすぎた故の準備不足だ。
桜様を軽視していた。
皆が何か出来ないかと考えているようだが、出来ないだろう。
「取り返しがつかなくなる前に桜様を元の世界に返した方がいいと思います。殿下が国に帰ったらそう進言したほうかいいかもしれません。
あとカイルにエミール殿下を頼るように、と伝言をお願いします」
そう黒クマに小声で伝えると、床におろした。
クマが焦ったように足にしがみつくのを、引き剥がす。
淡く光り始めた聖石に、桜様がなにか願っているのがわかった。
カイルは怒りの表情を浮かべながらなにかしようとしているので、首を振る。
動いてはいけない、ヴィルや王太子にどんな影響が出るかわからないのだから。
「私は大丈夫です」
ふたりに向けてそう言い覚悟を決めて桜様と対峙する。
桜様は笑いながら私にさようなら、と言った。
その瞬間体からフッと力が抜けて、意識を失った。




