クマと私の気持ち
「私が知っているのはここまでだ。
秘術についてはライオンを使うとだけ」
……ライオン?
セルゲイ殿下は犬だか、猫だかと言っていた。
確かに近いものではあるが……。
セルゲイ殿下は馬以外からっきしであることがよくわかった。
この過去の話が聞けた事はかなり重要だろう、ヴィルしか知らないはずだ。
カイルは一体どんな理由で、桜様に協力しているのだろうか……。
大体良くあるのは、国を取り戻したい!とか、復讐!とかだと思うがそんなことをカイルが望んでいるとは思えない。
ましてや赤ちゃんの頃で記憶にもない国である。
祖国を知る事で愛国心でも芽生えたのだろうか。
……いや、待って。
もし過去の出来事がストーリー通りだとしたら。
桜様はカイルの出生の秘密を知っていた可能性が高い上に、更に誰も知らない何かを知っていたかもしれない。
それを利用すれば或いは――。
考えを巡らせるほどカイルを疑う気持ちは萎んでいく。
だからカイルを一番よく知っているであろうヴィルに、ひとつだけ聞いておきたかった。
「ヴィラール様はカイルを信じていらっしゃいますか?」
「……勿論だ。あいつはしない」
ヴィルは力強い眼差しで断言した。
記憶が戻ってから何度も考えたのだろう。
それでも疑う余地はないと判断した、それを私も信じようと思う。
「重要なお話を聞かせていただき、ありがとうございます」
そう御礼をいうと、立ち上がろうと腰をあげると待て、と前から声が聞こえた。
まだ話は終わってなかっただろうか、と不思議に思い顔を向けるが中々口を動かさない。
「……あの、どうかしましたか?」
心配になり声をかけるが、返事はない。
……まさか先程の声は私の寂しいという気持ちが起こした空耳、或いは妄想だったのでは!
と思い至ると、恥ずかしくなる。
勘違いでした、と小さくなりながら謝罪してその場を去ろうとすると。
「……待ってくれ」
確かにそう、ヴィルの声が耳に届いた。
空耳、妄想ではない?
あ、私以外に言っているのかもしれない。
そう思って周囲に視線を動かす。
ヴィルはそんな私を見てか、俯きながら再び言い直した。
「スズ、待ってくれ」
その言葉にストンと腰を下ろし、ヴィルに視線を合わせると次の言葉を待った。
「……スズは、皇帝陛下をどう思う」
やっと口を開いて言う言葉が、どう、とは。
抽象的な表現でよくわからない。
「どう、とは?」
「……異性としてどう思う」
その言葉を聞いた瞬間咽せそうなった。
異性!……異性として!?
陛下を思い浮かべると思い出さなくていい事ばかりが浮かび顔が紅潮するので、慌ててそれを消すように頭を振る。
以前同じ質問をされたあの時は、すんなりと答えられたのに今は違う。
頬に赤みが差すばかりで、なんの言葉も出てこない。
「どう、どう?立派な方だと……」
自分でもなにを言ってるのか分からない。
質問の答えにはなっていないような気がする。
しかしヴィルはそうか、と呟くとまた下を向く。
太腿の上で組んでいる手に力が込められているのか、白く見える。
「あの、ヴィラール様……?」
視線が合わなくなった事に不安になり、声をかけると顔を上げてにっこりと笑う。
それがヴィルの作り笑いである事は分かるが、理由が分からない。
陛下の話をしたから?
しかし話を振ったのはヴィルである。
……それに今ヴィルには婚約者がいるのだ。
あの時は結婚が嫌だったかもしれないが、今はもう桜様に夢中なのかもしれない。
ヴィルにとって良い結婚となるならば、阻止する必要なんてないのだ。
「……私の事はどう思う」
ヴィルはポツリと小さい声で尋ねる。
どう、とは先程と同じ意味だろうか。
「……ヴィラール様には婚約者がいるので異性としては見てはいけないと思います」
横恋慕、ダメ、絶対。
婚約が本人の意思でなかったにしても、ダメだ。
ヴィルは不意に自分の髪を掴むと、ぐちゃぐちゃと乱すとそのまま太腿に肘をつく。
下を向いていて表情は読み取れない。
どうしていいか分からずその姿をジッと見つめた。
ふとヴィルの太腿のあたりからポトッと音がして聞こえたような気がして、よくよく見てみると上から滴が降っている。
……涙?
ヴィルは少し肩を震わせている。
え、なぜ?私が原因だろうか……。
私の不用意な発言がヴィルを傷つけた?
予想外の状況におろおろとしながら、慌ててポーチの中からハンカチを取り出すとヴィルの太腿の上に置いた。
「……私は自分がこんなにも情けない男だと知らなかった」
ヴィルは独り言を呟くように言う。
「私はそんな風には思いません」
反応するべきなのか迷ったが、否定したかった。
涙を流す程、弱気になっている姿を見るのは自分の事のように辛い。
「……これから言うことは独り言だと、思って聞いてくれ」
そう言ってポツリ、ポツリと呟く。
婚約破棄したい
スズが誰が好きでも、いいから
側にいたい
私を拒絶しないでほしい
……これがヴィルの本音だろうか。
言葉を聞くほど胸が苦しくなり、呼吸の仕方がわからなくなりそうになる。
私は婚約者がいる、それを理由に線引きをしようとしていた。
でないと自分の知らない何かが出てきそうで、怖かったから。
ヴィルの気持ちの変化も知りたくなかった。
それがきっとヴィルをここまで傷つけた。
私はずっと我が身可愛さに見ないフリをしていた。
自分の中にあるドロドロとしたものを。
「今はまだ、ヴィルの気持ちに応えられない。
だけど、ヴィルがこのまま彼女と結婚するのは、嫌だ……」
包み隠さず、ありのままの気持ちを口に出す。
ズルいと、勝手だと、分かっている。
気持ちに応えられないといいながら、卑怯だ。
だから見ないフリをしていた。
私の汚い部分を知られたくなかったから。
……嫌われたくなかった。
しかしそれを聞いたヴィルは顔を上げて、呆然とこちらを見ている。
「……嘘ではない?」
「本当、……嫌いになった?」
ヴィルの反応を見るのが怖くて俯く。
「なぜ、むしろ嬉しいくらいだ。
私をきちんと異性として見ているということだろう?」
私が顔をあげるとヴィルは本当に嬉しそうに笑っていて、なんだかムズムズしてしまう。
……異性として見ている。
その言葉が妙にしっくりきた。
「うん、そうかも」
晴れ晴れした気持ちになり、笑って正直に答えるとヴィルは顔を赤くした。
慌てて顔を手で隠して目を逸らしているが、耳が赤いのでバレバレだ。
胸の中がふわふわとムズムズで落ち着かない。
これ以上ここにいてはいけない気がする。
早急に逃げなければ。




