過去
「私はヴィラールの護衛騎士を疑っている」
最後にエミール殿下はそう、言った。
護衛騎士……。
先程廊下で話していたのはカイルだったのだろう。
だからあれだけ断っていたのか、と納得する。
しかしカイルがその息子で、秘術を桜様に貸している?
信じたくない、だが疑われる理由もわかる。
いつもヴィルの近くにいたのはカイルだ。
桜様がなにもしなくても、カイルには出来る。
……それに以前ヴィルがカイと呼んでいた事がある。あの時はたまにそう呼んでいるんだ、としか思わなかったが、今思えば違う可能性もある。
ヴィルはカイルの出生について知っているのかもしれない。
「ヴィルとはまだ会えないんですよね?」
「今は離宮から出されてはいるが……」
ヴィルと話したいが、難しいだろうか。
カイルと話すには情報が少ないので、不安だ。
「……ヴィルに会いに行ってもいいですか?」
下手したらカイルに見つかる危険性もある。
しかし、本でやり取りするより直接話したい。
「……直接行って見つからないようにするんだよ」
殿下は渋々ではあるが許可を出してくれた。
「誰にも見られないように」
殿下はさらに念を押すように言う。
お礼を伝えてスマフォを取り出すと、メールを作成した。
『ヴィラール殿下の元へ連れて行ってください』
そう入力して送信すると、体が光り始める。
何度経験してもこの不思議な感覚には慣れない。
眩しさに目を閉じていると。
ボスンっと柔らかいものの上に落とされた。
目を開くとどうやら寝室のベッドの上のようだ。
てっきり衝撃がくると思っていたので、少し拍子抜けする。
スマフォもついに優しさを学習したのだろうか、と考えながらベッドから降りた。
この部屋には誰もいない。
ならばと寝室の扉に耳を当ててみるが、声は聞こえない。
扉をうっすら開けて隣の部屋を確認しようとするが、よく見えなかった。
本で連絡を取ってから来れば良かった、と思うが今更である。
しばらく悩んでみたものの良い案は浮かばず、思い切って開けてみることにした。
とりあえず、扉を半分開けて様子を伺う。
それでも人の姿は見えなかったので、全開にしたら。
「なにしてる?」
と、横から声がして思わず叫びそうになったのを声をかけた人は慌てて手で口を塞いでくれた。
「……ごめんなさい、ありがとうございます」
塞いでくれた人、ヴィルにお礼を言う。
しかし婚約者のいる男性に馴れ馴れしくしてはいけないと、きちんと距離を取った。
自分がされて不快な事はしないと決めている、だがこの訪問だけは許してほしいと心の中で謝罪した。
ヴィルは眠れていないのか、目の下の隈が酷い。
優し気だった顔立ちが、会わない間に精悍さが増したような気がする。
なんだか別人のようで、少し躊躇してしまう。
「……こんな所でなにしてる?」
私が何も話さないからか、ヴィルに気を遣わせてしまったようだ。
「えっと、勝手に来てしまい申し訳ありません。
お話したいことがあり、伺いました」
婚約者がいるのに申し訳ありません、と付け足しておいた。
その言葉にヴィルは傷ついたような顔を一瞬だけ見せたが、すぐに笑顔で返してくれた。
「あちらのソファーに座って話をしよう」
そういうと私にソファーを勧め、向かいに腰掛ける。
……今までヴィルは隣に座っていた。
しかし今はもう違う、その現実に酷く胸が痛む。
婚約者がいるということはこういうことだ。
もう隣で話をすることもないし、ヴィルと呼ぶことも馴れ馴れしく話すことも出来ない。
それを身をもって実感してしまう。
大事な話をしに来たはずなのに、別の事ばかり考えてしまう自分を叱咤する。
「ヴィラール様は記憶を失った時何も見ていないと仰いましたが、それは本当ですか?」
唐突に切り出した話が予想外だったのか、ヴィルには動揺が見られた。
「……本当だが、何故だ?」
「記憶を失ったのはヴィラール様だけではありませんでした。しかしヴィラール様だけが見ていないのです」
そう言われると、ヴィルは押し黙る。
それならばと更に続ける。
「不自然なんです、とても。
隠しているとしか思えない程に」
敢えて内容はぼかして反応を窺う。
ヴィルのエメラルドの瞳は一点を見つめたまま動かない。
「……カイルの事をご存知だったのでは?」
切り札を使ってしまった。
私には貴族のような駆け引きは出来ないと分かっているのだ。
正面からぶつかっていくしかない。
ヴィルはこちらをチラリと見ると、苦悩の表情を浮かべ溜息を吐く。
「……兄上か?」
無言で頷くと、ヴィルはまた深い溜息を吐く。
「確かに私は見た、彼女が秘術を使うところを。
その秘術に覚えはあったが、確実な事は何も分かっていない。だから黙っていた」
使ったのはカイルではなく桜様だったらしい。
それを聞いて少し安堵した。
ヴィルはカイルを信じようとしているように思えてふと疑問が浮かんだ。
「カイルとはどうやって出会ったのですか?」
聞いておいたほうがいいような気がした。
「十二歳の時に、街で出会ったんだ」
そういって懐かしい過去を思い返すように語る。
その頃の私は王子であるが故に、親しいものもおらず毎日退屈していた。
ある日聖石を使って外に出たい、と思いそれをそのまま実行した。そして"街"としか願わなかった私はとある教会に落とされた。
そこには御高齢の神父とカイというひとりの少年がいた。
私は偽名を名乗って一日中手伝いをした。
少年は赤い髪で赤い瞳で、一緒についてまわるうちに仲良くなった。
それからの私は時間が出来れば、護衛の目を盗みその教会に出掛けた。
出会ってから一年後くらいだろうか。
かなり御高齢だった神父はいよいよ寝床から出る事は出来なくなった。
神父は分かっていたのだろう。
私とカイを部屋に呼ぶと、カイの出生について語ったんだ。秘術についても。
私が聞いていいのか、というと神父は貴方様にカイを頼みたいのです、そう言った。
神父はとっくの昔に私の正体には気づいていたのだろう。気づいていながら気づかぬふりをしてくれていたのだ。
カイは突然自分の出生を明かされて茫然自失となっていた。
カイは神父を祖父だと思っていたが、実際は王妃が信頼していた教師だった。
王妃に頼まれて数ヶ月の赤子を必死で育てた。
そして神父になると、隠れるように生活した。
貴方様に出会えて良かった、これで安心して行けます。ありがとう、カイをお願いします。
そういうとそのまま旅立ってしまった。
残された私達は神父を埋葬すると、茫然としたままのカイを連れて王城に戻った。
兄上に私の護衛騎士にしたい、と告げると全て整えてくれた。
カイの名前は念のためカイル、と変えて――。




