甘いシロクマ
「で。シャロさんはレオンの部屋に行って寝るとして、スズはどうする?」
悪戯っぽい笑みを浮かべている。
陛下はシャロさんと呼ぶことにしたようだ。
やはりシャロとは呼びづらいのだろう。
「え、私の部屋に……」
帰ったらいけないのだろうか。
フェリスはいないが、自分のことは自分でできる。
「幸い、ここのベッドは広い。一緒にいたほうがスズも安心ではない?」
その言葉を聞いてシャロさんは吹き出している。
予想外の言葉に驚いたらしい。
確かにキングサイズくらいの大きさがあるが、なにもベッドではなくてもいいだろう。
しかし、一緒のほうが安心ではある。
「では、ソファーをお借りしますね」
そう答えると陛下は一瞬渋い顔をしたが、すぐに笑顔になると了承してくれた。
シャロさんはレオン様の部屋に行くので、そっと窓から部屋を出た。
その姿は王族ではなく諜報員のようだった。
レオン様は家には帰らず、部屋を借りて寝泊りしているらしい。
そのほうが緊急時もすぐに対応できて楽なのだそうだ。
私は陛下の部屋にあるお風呂を借りて、藁や土で汚れた体を綺麗にした。
こんなに汚い私を抱っこさせたなんて、申し訳なく思ってしまった。
着替えも用意してくれて至れり尽くせりである。
ただ陛下のクローゼットからセットが出てきたのは、理解し難い。
……常備されているのだろうか。
私がお風呂から出てきたのを確認すると、陛下はソファーから立ち上がり頭を撫でる。
「スズ、おやすみなさい。いい夢を」
おやすみなさい、と返すと笑って寝室に入っていった。
私はソファーに横になると、用意してあった布団を掛ける。
休みなくこんな時間まで動き回ったせいか、すぐに意識を失ってしまった。
夢の中で陛下にお姫様抱っこをされていた。
陛下は優しい顔をしてこちらを見ている。
ありがとう、そうつぶやいたところで深い眠りに落ちたのかもう夢は見なかった。
やけに眩しく感じて目を開ける。
と、見慣れない天井が広がっていた。
慌てて起き上がり周りを確認すると、陛下の豪奢な寝室の広いベッドの上だった。
数時間前眠りにつく時はソファーだったはずだ。
「……なぜ陛下のベッドに?」
寝ぼけて入ってしまった?
そう考えたところで陛下はどこに、と目で探す。
しかし、姿はない。
慌てているとガチャっと扉が開く音がして、陛下がお皿を持って入ってきた。
「おはよう。スズ、目が覚めた?」
陛下はそう言って笑いかけてくれた。
「申し訳ありません、寝ぼけてベッドに入ってしまったようで……」
疲れすぎておかしな行動をとったのかもしれない。
「……ふふ、そんな、私が運んだんだよ。
ソファーでなんて寝かせられないからね」
陛下は我慢できないのか笑いが漏れている。
なんてことを!
だからあんなにすんなりと了承してくれたのか!
そうなるとあの夢は夢ではなく現実だったのだろうか。
どうやって寝て……?
考えれば考えるほど思考停止したくなり、布団に突っ伏した。
「ベッドにおろしてからは指一本触れてないし、私も離れて寝たから安心していいよ」
陛下は私がなにがいいたいのかわかるのか、そう言ってくれた。
「……寝相とか、寝言とか、いびきとか大丈夫でした……?」
布団に突っ伏したまま聞く。
それだけが心配で、気になる。
「ずっと静かだったし、残念ながら寝相も良かったよ」
残念とはどういう意味だろう。
「……ずっと?」
「……眠れる訳ないでしょう?
隣にスズがいる、こんな幸せな時間に寝るなんてできないよ」
陛下は困ったような照れたような顔をしている。
昨日からなぜか陛下は私に甘い言葉ばかり言う。
ベッドに突っ伏していて良かったと思った。
赤くなった顔には気づかれない。
ただ私の心臓は壊れてしまうのではないか、と思うほどに忙しない。
深呼吸をすると起き上がり、ベッドから降りる。
「陛下が倒れたら困ります。
私は出るので少し寝てください」
そう言って逃げようとすると、陛下は私の手を掴んだ。
「スズ、お腹すいているでしょう?
朝食用意してあるから、ここで食べて」
先程持っていた皿は、私のものだったらしい。
陛下はベッドに入ると横になってそんなことをいうから困ってしまう。
「手は繋いでおいて、心配だから」
そう言われてベッド横の椅子に座り左手を重ねると、にっこり笑い目を閉じる。
しばらくすると、寝息が聞こえはじめた。
陛下は幸せそうな顔で寝ていて、その寝顔を見ると胸が締め付けられた。
手は繋いだまま、側に用意してあるパンと副菜を口に入れる。
丸一日ジュースしか口に入れてなかったなと今になって気がついた。
すぐに完食すると部屋の時計で時間を確認する。
――朝の9時だ。
執務は大丈夫だろうか。
しかし、もう少し寝かせてあげたい。
用があればレオン様が呼びにくるだろう、そう考えて布団に肘をつきそのまま陛下の寝顔を眺める。
見れば見るほど綺麗な顔をしていた。
肌もすべすべで毛穴もない、羨ましい。
こんなに綺麗な人に好意を寄せられているなんて、と不思議な気持ちになってしまう。
……ふと口元が目に入り、キスのことを思い出す。
全く覚えていないなんてなんだか悲しい。
もう一度やり直してくれたらいいのに、と考えたところでハッとする。
一体私は何を考えている!
もう一度やり直したらそれはもう合意の上のキスである。
もう考えるのはやめようと腕を枕にして伏せる。
そうしているうちに陛下の手を握りながら、寝てしまっていた。




