逃亡
薄暗く視界が悪いのでスマフォのライトを使い、とりあえず扉を目指してから藁から降りようと考える。
しかし、不安定な藁の上を歩くのは怖い。
お尻で進むことにした。
一歩間違えれば藁に埋まってしまって出られなくなる可能性もある。
身長分くらいの高さはありそうなので、恐怖だ。
ライトで照らしながら、扉のほうへ向かう。
ドレスには藁がつき、肌にもチクチクして不快だが、一生懸命お尻で進んでいく。
もうすぐ出口!というところで、突然扉が開いて外の光が差し込んできた。
明るさに目が慣れず、開けない。
漸く目を開いた時には、扉の前に人が立っているのが見えた。
「なにしてるの、こんなところで」
黒髪で青い瞳をした美少年がこちらを見ている。
骨格の細さと顔立ちがユティアーム殿下に似ている。
この美少年がセルゲイ殿下だろうか。
が、どうしようか。
この状態では完全に不審者だ。
「えっと、迷ってしまって……」
苦しい、苦しすぎる返答だ。
しかし、美少年は疑いもせずこちらを心配している様子だった。
「そうなの。大丈夫?今引っ張ってあげる」
そう言うと、手を取って引っ張ると、私の体を受け止めた。
細くてもやはり男性だ。
「すみません、ありがとうございます」
お礼を言うと急いで離れる。
「どういたしまして。
馬に乗りにきたの?」
うま?……馬?
「いえ!馬を見にきたんです」
「へぇ、馬が好きなんだね?
じゃあ一緒に乗らない?」
やはりこの美少年はセルゲイ殿下だろう。
だが、フレンドリーすぎて戸惑う。
否定したらおかしいだろうと一緒に乗ることにした。今疑われるわけにはいかないのだ。
隣のかなり大きい建物が馬小屋のようでそちらに向かう。
先程埋もれた大量の藁は、馬小屋に敷くものらしい。
馬小屋の中では馬がそれぞれ区切られたところに並んでいた。
この馬小屋の中には50頭ほどいるらしい。
その中のクリーム色をした馬を慣れた手つきでお世話し始める。
「これが僕の愛馬だよ。可愛いでしょ?」
「可愛いですね」
そうは言ったが、馬はメスなのだろうか。
なんだかこちらを敵視しているような気がして怖い。
振り落とされたりしないだろうか……。
そんな心配をしている私をよそに、美少年はどんどん準備を進めていった。
「じゃあいくよ」
そういうと私を抱えて馬に乗せ、自分も乗ると馬が動きだす。
馬に乗るのは、ヴィルと乗った時以来で落ちないかヒヤヒヤする。
しかし、馬は意外と優雅に歩いてくれて、だんだん恐怖が和らいだ。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
僕はセルゲイ。君は?」
やはりセルゲイ殿下だったらしい。
しかし、王子と名乗らないなら都合がいい。
「私はスズです」
嘘は言っていない。
本名を名乗ると厄介なのは目に見えている。
殿下があのサイトを見てないことを祈ろう。
「珍しい名前だね」
深掘りされたくないのでそうでしょうか、と答えて話を切った。
それからは馬の話を中心に会話をする。
どうやらセルゲイ殿下は馬がお好きらしい。
馬小屋の周りにある草原を乗馬しながら走り、20分ほどで馬小屋に戻った。
馬はご褒美に餌を貰えて、ご機嫌だ。
殿下は馬をマッサージしたり毛並みを整えたりと、甲斐甲斐しくお世話をしている。
愛馬というだけあって、さながら恋人のようだ。
スマフォも確認したいので、そろそろお暇しようと殿下に声をかける。
「馬に乗せてくださり、ありがとうございました。私はそろそろ失礼いたします」
馬小屋のほうを向いて作業をしている殿下に、頭をさげて挨拶をする。
「……君はなにを言ってるの?」
聞き間違いだろうか?不穏な響きだ。
「どういうことでしょうか?
帰らねば、両親が心配してしまいます」
内心心臓はバクバクで冷や汗がでるが、平然を装ってとぼける。
「もう気づいてるよ。
救国の乙女になる予定"だった"すずはらかの」
その顔は今まで見ていたものとは違い、狂気を感じる表情を浮かべている。
綺麗だと思っていた顔は、悪意に満ちて歪んでいる。
――逃げなければ、本能的にそう思った。
静かに後退り身体の向きを変えて走り出すと、馬小屋を通り過ぎ、草原に入る。
ヒールを履いた足は走ってかかる衝撃と草でボロボロだ。
どこを目指したらいいのかはわからない。
ただ逃げなくては、それだけだった。
しかし、やはり足では勝てない。
もうすぐ後ろまで殿下が迫っている。
必死で足を動かすが、運動神経は良くない。
手が届きそうな位置がキープできてはいるが、時間の問題だろう。
殿下の追いつける自信があるのか、顔はにやりと嫌な笑いを浮かべている。
もう美少年だとは微塵も思えない。
嫌だ、こわい、その思いに支配されないように、この状況を打破する一手を考える。
ふと首元で揺れるネックレスに気づく。
これを使えばここからは逃げれる。
……だが、これは陛下の執務室行きだ。
スマフォを確認もしていないのに、帰ってどうするというのだ。
しかし、そんな事を考えている間にもどんどん迫ってきている。
少しでも手が私に触れれば、一緒に運んでしまうかもしれない。
それだけは避けたいと、覚悟を決めた。
――陛下の元に、デイル帝国に帰りたい。
そう願うと、光に包まれる。
その間も捕まるわけにはいかないので、必死に足を動かす。
後ろにいる殿下は何かしたのが分かり、必死に捕まえようと手を伸ばしている。
もうだめだ、そう思った時光が弾けた。
ーー目を開けると、陛下の執務室にいた。
初めてここへ来た時と同じように、騎士に囲まれて剣を向けられている。
そして、不審なものを見るように顔を顰めた陛下に見下ろされていた。
いつも優しく微笑んでくれた陛下はもういない。
その現実を目の当たりにすることになり、打ちのめされる。
どこにも味方がいないこの状況でどうしようかと思っていた、その時。
レオン様が慌てた様子で部屋に入ってきて、騎士の間に入り私の手を取ると連れ出そうとする。
「なにしている?
それは不審者だろう?
不審者は捕らえなければ」
レオン様はその言葉に顔を真っ青にしながら、否定する。
「違います、彼女は陛下のために……」
「私のため?笑わせる。
そのような女は知らないが?」
私だってこんな陛下は知らない。
いつだって私には優しかったから。
冷たくされたことなんてなかったから。
だめだ、我慢しないと、仕方ないのだから。
そう思うのに口が勝手に動いた。
「私だって、そんな陛下は知りません!
勝手に私を忘れて、他の女性に触れて。
もう私はどうでもいい存在でしょう!
これからは関わることもないので、放っておいてください!」
そう叫ぶと、ポーチの中からカードを引っ張り出すと投げつけた。
投げつけたカードは陛下の頬を掠めた。
陛下がそれを拾っている間に、スマフォを取り出してクマを確認する。
ギルバート殿下の予想通り青いクマが増えていた。
これで完全になったのだろうか?
不安ではあるが、メールを送ってみることにした。
――アリシャール王国の第二王子のもとへ連れて行ってください。
陛下はカードを握りしめ、頭をおさえていた。
あれは陛下が残していったメッセージカードだ。
なにか記憶に触れたのだろうか。
先に陛下をどうにかするべきだろうか。
そんな気持ちが湧いてくるが、安全かもわからないものを使う気にはなれない。
レオン様に、小声で謝ると送信ボタンを押した。
――すると、先程同様光に包まれる。
陛下が呆然してこちらを見ている。
なにか唇を動かしていたが、聞こえる前に眩しい光が弾けた。




