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もふられクマとお出掛けをする




 ――やっと帰れる。




 定時に仕事が終わり、退社の身支度をする。

待っている人が居ると思うといつもより気分が晴れやかだ。

それが、たとえ怪しいクマのぬいぐるみの男性だとしても、帰るのが少し楽しみだった。




「ただいま帰りました」

玄関に入って靴を脱いでいても、返事がない。



 リビングを覗いてみると、ソファーでヴィルが横向きで寝転んでいた。横には本が置いてある。

どうやら読んでいる間に寝てしまったらしい。


「…なんて可愛いんだろう。可愛すぎる!

 ふわっふわのもふもふ!さ、さわりたいっ」



 人に隠してはいたが、私は大のぬいぐるみ好きだった。

ふわふわのもふもふがたまらないのだ。

ただし、生きた動物は怖くて触れない。

抵抗しないぬいぐるみが一番だった。


 目の前にクマさんが無防備に寝ていれば、触りたい気持ちが抑えられない。



 ーーこれはチャンスでは……!



 そーっと近づき、頭と耳のあたりをなでる。

「気持ちいい〜!ふわふわ!すっごい!」

興奮しながら、夢中でわっしゃわっしゃとなでる。

普通のぬいぐるみよりも毛並みが柔らかい気がする。


 服の間からぴょこんとのぞいているしっぽも優しく触ってみる。

しっぽはまんまるでふわふわだった。

昨日からずっと触ってみたかったのだ。


ぴくりと動いたクマにも気づかず、撫でまくる。



「…っ!もう勘弁してくれ……!

いくらぬいぐるみでも障りがある」

「んにゃあああ!?」


 寝ていると思っていたクマが声を出したことに、驚きすぎて変な声をあげてしまった。



「ご、ごめんなさい!」

我にかえり、慌てて立ち上がった。


「いや、こんなところで寝ていた私も悪かった。

 確かにぬいぐるみだから問題ないとは言ったが、

 こんな格好をしていても男だ。

 そんな顔してそんな風に触られると、な?」


 ヴィルはなんだか居心地悪そうな様子で顔を覆っている。人間だったら我慢できなかった、などとなにやら小声でぶつぶつ言っているが私は気づかない。

ひどい顔してたということだろう。本当に申し訳ない。



「……本当にごめんなさい」

「もう大丈夫だ。私も悪かった。

 疲れただろう?食事にしたらどうだ?」

「はい。では、食事をしながらこれからのお話をしましょうか」



 そう言って、冷蔵庫をあけると昨日食べれなかった唐揚げをだして電子レンジでチンする。

レタスやきゅうり、トマトでサラダを作りテーブルに運んだ。


 適当だが、ひとりで食べるならなんでもいい。

全部運んでからテーブルについているヴィルの前に座った。



「いただきます」

ほかほか湯気がでている唐揚げをぱくりと口に入れる。残り物だが十分おいしい。

ほくほくした顔でもぐもぐと頬張る。



 ヴィルが物欲しそうにこちらを見ているような気がするが、食べられないのだ。仕方がない。



「とりあえず、お話しますか?」

「はぁ……。そうだな。

 待っている間本を読んでみたが、なんの手掛かりもなかった。アリシャール王国だけでなく、デイル帝国についても」

 本棚には小説と歴史書くらいしかなかっただろうし、見つからないだろう。


「デイル帝国……?」

「ああ。アリシャール王国のある大陸のなかで1番大きな国だ。しかし、載っていない」

デイル帝国、どこかで聞いたことがあるような。

考えてみても思い出せない。


「どんな国なんですか?」

「軍事国家だな。体格が良く大きい者が多いため、今は製造業なども盛んだ」

軍事国家……。体格が良く大きい=ムキムキ。

うん、私の好みではないし、怖そうだ。


 私にとって大きい人はそれだけで威圧感があり、怖くてもっとおどおどしてしまう。

やはり気のせいだろう。




「では明日はお休みですし、図書館に行ってみませんか?」

図書館なら本もたくさんある。

なにか手掛かりになるものがあるかもしれない。

「折角の休みにいいのか?」

「はい。図書館に行くのも好きなんです」

「ありがとう。恩に着る」

ヴィルはスズは優しすぎて心配になるな……とボソッと呟く。


「なんでですか?」

「すぐに騙されて危ない目に遭いそうだ。

 世の中にはろくでもない男もいる。

 スズは可愛らしいから連れ去られてしまうぞ」



 へ?可愛らしい?ヴィルには一体どう見えているのだろう。

今まで1度もそんなことを言われたことがない私は顔が真っ赤にしてしまった。


「あ、えっと少し喉が渇いたかな……?」

そう言って、赤いのがバレないよう隠しながらキッチンへと逃げた。



 キッチンに着くと蹲み込んで、隠れる。


 ――なにあれ、なんなの!

 ぬいぐるみ相手にドキドキしてしまった。

まだ心臓がドキドキしている。

いくら人間が苦手でもぬいぐるみはさすがに……。

深呼吸して、朝食のことを考えたら落ち着いてくる。




 しばらくしてからお茶を持って戻ると。

「遅かったが大丈夫か?体調が悪いのか?」

とヴィルが心配していた。


「元気ですよ。

 ただ、明日に備えて朝食の準備をしていました」

「そうか。良かった」

 本当に心配させたようで、またもや申し訳ない。



「そろそろお風呂に入って寝ますね。

 ヴィルも風邪ひかないように暖かくして寝てくださいね。では、おやすみなさい」


 そう言ってそそくさと退室するため背を向けると、後ろから「ああ、スズもな。おやすみ」と声が聞こえた。





 ****





「はぁ……」

 あのあとなかなか寝付けなくて、なんだか寝不足だ。

ヴィルのあの言葉が悪い。

ただ可愛らしいと言われただけなのだが、経験のない私には刺激が強かったらしい。



 カーテンを開ければ、外は天気も良く暖かそうなお出掛け日和だった。寝不足の私には少々眩しいくらいに、青く澄み渡った空だ。



 着替えてリビングに入ると、ヴィルがソファーに座っているのが見えた。


「おはようございます」

 ヴィルは私の挨拶に反応してこちらを振り返る。

「おはよ、はっ!?」

 が、ヴィルはなぜか見つめたまま、固まっていた。



「ヴィル……?なにか変なところがありますか?」

「……いや、うーん、変ではないが……」

歯切れが悪い。どこかおかしいのだろうか。


「もう少し肌を出さない服はないのか?」

そんなことを言うヴィルに詳しく話を聞けば、ヴィルの国では肌はあまり出さないらしい。

脚なんてもってのほかだ、と。



「ここではこれが普通ですよ」

私が着ているのは春らしい薄ピンクのノースリーブワンピース。上にカーディガンも羽織っているし、出ているのは膝から下くらいだ。

「そうなのか!?信じられない……」

ヴィルは信じられないと繰り返し驚愕していた。



 そんなヴィルを放ってキッチンで朝食の用意をする。

後ろではヴィルがまたぶつぶつと何か言っているが、気にしないことにした。



 そうして簡単な朝食を食べて、すぐに出掛ける。

ヴィルは大きめのトートバッグに入れて、腕に引っ掛けることにした。



 電車か歩くか悩んだが、電車で潰されたらかわいそうだと歩くことにした。

しかし、繁華街を歩けば意外と人が多くてうんざりしながらも、トートバッグを引っ提げてテクテクと人混みを抜ける。




 ――はずだった。


 なにかにトートバッグが引っかかった。



「……?」

 後ろを振り向けば若そうな男の人ふたりが、ニヤニヤしながらこちらを見ている。


「おねえさん、可愛いね。ひとりで寂しいでしょ?

 俺たちとイイ事しない?」

「すぐそこにおすすめの場所があるから行こ?」


 近づいてくるとお酒の匂いがぷんぷんする。

男に手を引っ張られて引き摺られるように歩く。

力では勝てない。怖くなり言葉も出てこない。


「ねーえ、聞いてるー?」

 立ち止まって顔を覗き込まれて。



 声を出さないとと思うほど、喉がキュッと締まり声が出ない。周りの人も気づいていない。

私は俯きながら無意識にトートバッグの紐を握りしめた。



「うぐ…っ」「な、なんだ!?」

 呻き声が聞こえ顔をあげれば、トートバッグがひとりの男のお腹にめりこんでいる。

側から見れば怪奇現象だが、私にはヴィルがトートバッグの中から勢いよく蹴り上げているのがわかった。

脱げなかった靴が役に立っているらしく、柔らかいぬいぐるみとは思えない鋭い一撃だった。



 走れ!とヴィルの叫ぶ声が聞こえて、ハッとしてトートバッグを抱え無我夢中で走った。

途中で何度も後ろを確認する。

幸いひとりが動けないせいか、お酒のせいか、追ってくる気配はなかった。



 念の為人気のない路地に入り、蹲み込んだ。

「ハァ……ハァ……」

走ったせいで息が苦しい。

運動神経はいいほうではないのだから。


 トートバッグを開けてヴィルの様子を確認すると、なんだか辛そうな顔をしているような気がする。


「ヴィル、大丈夫?どこも怪我してない?」

私はそれだけが心配だった。

自分がうまく躱せなかったせいで、ヴィルが助けてくれた。もしそれで怪我でもしていたらと思うと涙が滲んでくる。



「ヴィル、ごめんなさい」


「なぜスズが謝る。私は怪我などしていない」


「でも……辛そうに見える。本当に怪我してない?」


「これは自分の不甲斐なさに落ち込んでいるだけだ。

 あんなやつらがスズが触れるなんて腹が立つ。

 それと同じくらい守れなかった自分にも腹が立つ。

 こんなぬいぐるみでなかったら、そもそも声もかけられることもなく怖い思いをさせることもなかったはずだ。

 前に立って守ることができなかった。

 ……すまない」


「それは違う!ヴィルは身体を張ってまで守ってくれた。ぬいぐるみのヴィルだったから出会えて、こうして助けてくれた。誰も居なかったらどうなっていたか……。

 ヴィルに怪我がなくて本当によかった。

 助けてくれてありがとう」



 ヴィルに怪我がなくて安心した。

色々な思いが溢れて涙が出てくる。

今まで誰かに守られるような関係を築いてこなかったので、こんなふうに助けられたのは初めてだった。

出会ったばかりなのに、本当に優しい人。



 そんなヴィルと出会えただけで嬉しいという気持ちが言葉で伝わっているのか分からず、もどかしい。

気持ちが全部伝われば、とヴィルをぎゅっと抱きしめる。


 ヴィルが国に帰ればまたひとりに戻る。それに思い至り悲しくなるが、ヴィルにとってはいいことなのだ。

悲しんではいけないと唇を引き結んだ。


「スズは本当に…」


 ヴィルはそれだけ言うと切なくなるような声で、スズと呟きながら頭をぽんぽんと叩く。

そうして私が落ち着くまで頭をなでてくれた。






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