お酒とシロクマ
「はぁ……ユティアームお兄様、もう帰りませんか?」
疲れた様子でギルバート殿下は訴えている。
かれこれずっと付き合わせて申し訳ない。
「僕たちあからさまに見せつけられてますよね?」
ユティアーム殿下は可愛い顔で笑いながら、黒いオーラを発している気がする。
ヴィルと同じ匂いのする笑顔だ。
スイさんは珍しく空気になっていた。
陛下を振り切ると、ふたりの元に行く。
「もう深夜も近いですが、どうやって国に戻るのですか?」
「桜も連れて帰った方がいいと思うので、明日の昼にでも陸路で帰ります。見送りは不要です。なので、これでお別れになりますね」
ユティアーム殿下がそう言うので、今挨拶をしておくことにした。
「そうなんですね。では、道中お気をつけてお帰りくださいね」
すると、ギルバート殿下の後ろから噴き出すような笑い声がした。
散々聞いたので、すぐに誰だかわかった。
本当にあの従者はいただけない!
ギルバート殿下は苦笑いだ。
「さすが、スズ様!少しも別れを惜しんであげないところが……本当に、ぷははっ
どんどんやっちゃっていいっすよー!」
……本当に失礼な従者だ。
ユティアーム殿下の方を向くと、なんだか可愛い顔が歪んでいる。
「別れは寂しいですが、また会いに来るとおっしゃったので……」
なにか言わないといけないような気がして、そう言葉を付け足した。
ら、「あーあ、馬鹿だなぁ」と呟く声が聞こえた。
ギルバート殿下の顔が呆れている。なぜ。
首を傾げて見ていると、後ろから腕を引っ張られる。
「もう挨拶は終わったでしょう?
私が部屋まで送るよ」
陛下は手を掴むと、ぐいぐい引っ張る。
まだギルバート殿下には挨拶をしていない。
「あの、ギルバート殿下も。助けていただきありがとうございます。このご恩はいつか必ずお返ししますので!お気をつけてお帰りください」
引き摺られるように扉に向かいながら挨拶をする私に、苦笑しながらも手を振ってくれた。
いつか御礼をする機会があればいいなと思った。
陛下は廊下に出ると、いつもは優雅に歩くのに今日は早足で部屋に向かっていく。
「陛下?どうかしました?」
「どうして、スズは鈍いの」
私が鈍い?
鋭いとは言わないが、鈍くはないと思う。
「普通だと思うのですが」
「……私は今日初めて、あんなにも心配する彼の気持ちが分かったよ」
彼、とはヴィルのことだろう。
ヴィルは心配性で過保護なくらいに私を守ろうとする。陛下もそうなのだろうか?
「私はそんなにも頼りないですか?」
「違うよ。スズは可愛くて魅力的すぎて。
男を惹きつけるのが心配なんだよ」
贔屓目に見たとしても、それはない。
「信じてないでしょう?……だから困る。
男には少し素っ気ないくらいでいいよ」
……恋って難しいんだな、と思う。
あんなに穏やかに見えた陛下が、こんなに心配性になるなんて。
恋をすると、皆こうなるのだろうか。
それともふたりが過保護なのか。
そんなことを考えていると、すぐに部屋に着いた。
もう夜の11時だ。
さすがに、フェリスもいないだろう。
そう思って中に入ると、フェリスが待っていた。
フェリスは私と陛下を交互に見ると、綺麗な瞳をさらに輝かせる。
「すぐに!準備いたしますので!
陛下はこちらでお待ち下さい」
私を引っ張り、お風呂に連れ込む。
身体や髪を洗っている間に、フェリスはパタパタとなにやら用意していた。
湯船に浸かっていると香油を塗り込んでくれる。
いつもこんなことしないので、初めてだ。
お風呂から上がり、用意された寝衣を着る。
いつもよりフリル感があり可愛い。
部屋に戻ってから、思い出した。
陛下がまだいることを。
羽織り物を取ってきてもらって肩に掛けようと、フェリスを探すが見当たらない。
「フェリスはどこへ?」
「侍女なら朝まで戻りません、と出て行ったよ」
それなら、と自分で探して羽織る。
「陛下はお部屋に戻られないのですか?」
「んー……勘違いをされたままでもいいかなと」
後半はボソッと言われ、よくわからなかった。
「せっかくだから、ふたりでお酒でも飲まない?」
「いいですね!飲みたいです!」
お酒なんていつぶりかわからない。
この機会を逃さないよう、勢いよく頷いた。
陛下は外にいた護衛にお酒とつまみを頼んで、ワゴンで受け取ると戻ってくる。
私が行くべきではなかっただろうか。
「私が行けば良かったですね。すみません」
「気持ちは嬉しいけれど、その格好で……?
絶対に駄目だよ」
……以前この格好で出歩いた気がするが。
なんとなく言わない方がいいだろうとやめておいた。
テーブルの上に色々なお酒が置かれる。
日本酒はないが、度数の高そうな透明なお酒はある。果実酒も種類が豊富だ。
「スズはどれにする?」
「陛下のおすすめでお願いします!」
正直どれが何で出来ているかわからない。
「では、これを」
そう言って渡されたグラスに、赤いのような濃いピンクのような液体が注がれる。
口に含むと、甘酸っぱい風味が広がった。
とても好みの味で美味しい。
「おいしいです。とても好きな味です!」
「それなら良かった。私のお気に入りだからね。
スズに貰ったお酒に近いでしょう?
嫌な事があっても、スズを思い出して幸せな気分になるんだよ」
陛下は本当に思ったままを言っているのだろうが、こういうのは良くない。
耐性のない私には何といっていいのかも、わからない。
視線をウロウロさせるとなかったことにするように「なんのお酒ですか」と口にする。
「さくらんぼだよ。濃厚でしょう?」
陛下は気を悪くした様子もなく、優しく答えてくれた。……これが大人の余裕というやつだろうか。
さくらんぼにしては香りも味も濃い。
「これは特別な作り方をしているそうだよ。
気に入ったなら、また仕入れておくよ」
それにありがとうございます、と御礼をいう。
陛下は透明なお酒をグラスに入れると、傾けて口に含む。その姿は色気が滲み出ていて、目に毒だ。
「……ん?これも飲んでみる?」
と、グラスを差し出された。
あまりに見過ぎて飲みたいと思われたらしい。
怪しまれても困るので、グラスを受け取ると飲んでみた。
喉にカッとくるような、甘くないお酒だった。
アルコールが強くて、眉を寄せる。
あまり詳しくないが、ジンやウォッカみたいな感じだろうか?
陛下は私の反応をみて笑っている。
「なにかお腹に入れないと酔ってしまうよ」
そう言ってクラッカーのようなものを綺麗な指先でつまむと、私の口の前に差し出す。
「ほら、持っているからそのまま食べて」
以前ヴィルにした時と、逆だ。
これは猛烈に恥ずかしい。
はやくはやく、と急かされ見ないように、目を瞑るとぱくりと食む。
恥ずかしさで全く味はわからなかった。
もう一枚食べる?という陛下に丁重にお断りして、自分で取り口に運ぶ。
それを陛下は残念そうに見ていた。
そのあとは、甘い果実酒がおいしくて、陛下が止めるのも聞かず色々飲んだ。
――それからの事は覚えておらず、気づいたときにはベッドで寝ていて外は薄ら明るかった。
お酒に弱くはない。
どうやらおいしすぎて飲みすぎたらしい。
頭が痛いのが、なによりの証拠だろう。
陛下に謝らなくてはと考えつつ、ベッドの横に置いてあった水を飲むと、もう一度ベッドに入り意識を手放した。




