クロのクマ印と新たな出会い
それからというもの、桜様に会えば話しかけられてお茶に誘われる。
しかし、まだ新しい情報は聞き出せていなかった。
あれから4日経っているが、殿下とともにまだこの国に滞在している。
先程実技の一環としてお茶をしていた陛下はいつ帰国するのか、とボヤいていた。
どうやら執務の合間に現れると部屋に居座り、非常に迷惑しているらしい。
まだ物語通りには進んではないようだ。
むしろ、好意から遠のいているような気すらする。
悪い子ではないが、周りを顧みず少々自分勝手な所があるので難しいかもしれない、と思う。
ヴィルは未だに戻っては来ない。
すぐに戻ってくると思われていたが、連絡もないらしく心配だ。
困ったことになっていないといいけど……。
こういう時に電話があればと思う。
そう考えて思い出す。
――スマフォを鞄に入れていたのを。
バタバタしていてすっかり存在を忘れていた。
急いで寝室に置いていた荷物から、スマフォと充電器を取りだす。
充電がないため、電源が入らない。
災害時用に買っていたソーラーパネルのついた充電器を窓際に持っていき、スマフォをさす。
しばらく待つと電源が入った。
着信もメッセージも来ていない。
向こうの時間が進んでいない可能性もあるが。少し切ない気持ちになる。
ロック画面を見つめて、気付く。
電波がある。が、キャリアの所がクマ印に変わっている。
慌ててロックを解除して開けば、写真や連絡先は私のスマフォのままだった。
検索しようとアプリを開くと、クマ印がどんっと表示される。
おそるおそる、聞いていたラノベのタイトルを入力して検索すると。
――これは検索できません。
と、いう文字と黒いクマが謝っているイラストが出てきた。
なんだか自分のスマフォではなくなったようで、怖くなる。
試しに働いていた会社を検索してみると今度は
――検索結果がありません。
と、出てくる。
まさかと思い、アリシャール王国、と検索すると何件か検索結果が出てきた。
トップには国の基本情報や歴史などが書いてある。
その下には、とある貴族の不正疑惑や、王家の秘密などがメモ書きのように表示されていた。
内容は信憑性があり、なんだか怖い。
ビクビクしながら、デイル帝国、と検索するとやはり同じようにメモ書きのような検索結果が数件出てくる。
――『救国の乙女』が現る!
お披露目式をするとの噂あり!――
その項目を見た瞬間、背筋に寒気が走る。
タップしページを開くと、行儀作法を習っていることや、陛下と会っている事が書かれていた。
そしてその下には私の写真が載っていた。
……こわい。なぜ。
写真なんて載せているのはおかしい。
この世界にまだ写真はない、スマフォもない。
誰が見るというのだろう。
では、一体なんのために?
得体の知れない恐怖で、手に力が入らない。
――するとスマフォが振動して思わず握り締めてしまった。
画面をみると電話マークと黒いクマが表示されていた。
出たくない、わからないものほど怖い。
しかし、出れば何か分かるかもしれない。
そう思い勇気を振り絞って、通話をタップする。
「……もしもし」
「やっと繋がりましたね。
……ずっと待っていましたよ、スズ」
その声には聞き覚えがあった。
「ユティアーム殿下……?」
なぜ、この人が?
なにがなんだかわからない。
「バレちゃいましたか。
スズ、私は貴女をカリストス王国の『救国の乙女』に喚んでいたようです」
……意味がわからない。桜様を喚んだと言っていたはずだ。
「それは桜様では……?」
「手違いでした。桜とはあれ以降一度も繋がらない」
手違い?そんなことあるだろうか?
そして繋がらない、とは。
まさかこの電話のことではないと信じたい。
「私はもうデイル帝国にいます。
現れた場所が本拠地になる、そう聞いていますが?」
もう隠そうとしても無駄だろう。
なぜか嫌な予感がする。
はやく話を終えてしまいたかった。
切ってしまいたい衝動に駆られる。
「はい、だからもう一度現れればいいのです。
……カリストス王国に」
言われた言葉を理解する前に、視界がボヤけてくる。体が光っているのがわかり、焦る。
この感覚は知っている。
助けを求めたいのに誰もいない。
「たすけて、だれか」
掠れた声で、呼ぶ。
--しかし、誰にも届かなかった。
気付いたら、誰かのベッドの上に座っていた。
「……ここは、カリストス王国なの?」
「誰だ!!」
誰の姿もないと思っていた部屋で返事がある。
周りを見ても誰も見えない。
「下だ、無礼者!」
声が聞こえ下を見ると布団だと思っていたものの端から顔が見えている。
「うやっ、ごめんなさい」
慌てて、その場から飛び退いた。
「で、お前は誰なんだ?」
紺色の髪をした少年は体を起こすと、ベッドに腰掛けて私を見る。
瞳は水色で、意志の強そうな力強い目をしていた。
私は床に正座をして姿勢を正した。
「申し訳ございません。私は鈴原鹿乃と申します」
「……なんでこんなところにいるんだよ?」
「デイル帝国からここに飛ばされたのです。
こちらはカリストス王国で間違いありませんか?」
「ああ。……デイル帝国で救国の乙女になる予定でもあった?」
答えていいのかわからず、少し頭を縦に振る。
「……繋がったのか?」
「……あの、貴方はいったい?」
「あ、名乗ってなかったな。
俺はギルバート・カリストス。
この国の忘れ去られた第三王子だ」
忘れ去られた第三王子?
「運が良かったなあ、ここで。
セルゲイの所だったらすぐに救国の乙女行きだ」
セルゲイとはもしかして。
「……セイとか言う?」
「よく知ってんな。桜とか言う奴がそんな風に呼んでいる」
物語の中で同じ人と婚姻するほどだ、ユティアーム殿下との仲もいいのだろう。危なかった。
しかしどうしようか。
「……私を匿ってもらえませんか?」
気づくとそう口にしていた。
嫌だった。私の意思に関係なく救国の乙女にされるのはこわい。
目の前の少年はまだ信用できそうな気がした。
「……俺は忘れ去られた王子だぞ?
大した力はねぇぞ」
忘れ去られた王子の意味はよくわからない。
だが、ここに味方がいなければ逃げることもできない。
「詳しく知りませんが、殿下は私を無理矢理に救国の乙女にしたりしない気がします」
それが私の正直な気持ちだ。
ギルバート殿下は口は悪いが、少年の割に頭は良さそうだ。
私のことをすぐに見抜いていた。
それにこの方法で私を奪いデイル帝国の逆鱗に触れれば、まずいことをわかっているのだろう。
「はあ……。そこ座っとけよ。
なにか持ってきてやる」
なんだか目を吊り上げて、プンプンしながら立ち上がると、寝室の扉から出て行った。
この部屋はシンプルな白いベッドの他には何もない。……寝室だからだろうか?
床も壁も模様もなくただ木の板が貼ってあるだけ。
とても王子の部屋だとは思えない。
事情は知らないが冷遇されているのかもしれない。
しばらくすると、お茶とパンとスープを持って戻ってきた。
「こんなもんしかねぇが、食べろ」
そう言って私に差し出す。
パンが欠けているので、毒味がしてあるらしい。
殿下は再びベッドに腰掛け足を組む。
「お前は、シドラン皇帝陛下とできてんのか?」
できてるとは随分俗っぽい言い方だ。
「できてません」
「あ?だけど、それ」
殿下は私の首元のネックレスを見ている。
あの銀のネックレスだ。
「これは御守りだ、と」
それをそのまま信じていた。
「……まあ、御守りではあるかもな」
男除けの。となにやら呟く。
殿下はため息を吐くと、組んだ足に肘をつき顎を乗せた。
「あの王太子はこれを知っていてしでかす程、馬鹿じゃないと信じたいなあ」
これとは?
聞くことも出来ず、大人しく食事を食べる。
そういえば、殿下は食べたのだろうか?
これは殿下の食事なのでは?
慌ててパンを半分ちぎって皿に置き、差し出す。
「殿下、申し訳ございません。
半分食べてしまいました」
その言葉にチラリとこちらを見る。
「お前にやったんだ、食え。
俺はもう食ってきた」
なんとなく絶対嘘だ、と思った。
「私お腹がいっぱいになってしまって。
もったいないので、良かったら」
うまく言えたかわからないが、殿下は受け取り食べてくれた。
やはり殿下はいい人だろうと、感じる。
窓から見える景色はデイル帝国のものとは違う。
緑色した木が所狭しと生えていて、それが心なしか懐かしさを感じる。
夕日が部屋を赤く照らしていて、これから夜が来るのということだけわかった。




