桜様とクマたち
翌日にはヴィルはアリシャール王国に旅立っていた。カイルを連れて夜に出立したらしい。
私のまわりは『救国の乙女』になると返事をしたため、ガラリと変わった。
貴賓室の中で最上級の部屋に移され、護衛騎士も増やされた。
侍女も増やすと言われたが、丁重にお断りした。
自分ですることが多いし、なにより落ち着かない。フェリスがいればいい。
あとは『救国の乙女』お披露目式に向けて行儀作法や歴史を学ぶことになった。
知らなくても問題はないそうだが、最低限の作法は必要だと思う。
貴族達が集まる式で無作法なことはしたくない。
レオン様にそう相談するとすぐに手配してくれた。
座学では国の歴史やマナーを習い、実技では実践を交えて習う。
学生時代勉強は苦手ではなかったため、座学は問題なさそうだが、実技は苦手だ。
そのためか、毎日陛下とお茶をするように予定が組まれていた。
式まで二週間。集中的に作法を学ぶことに決まった。
しかし、目下最大の悩みはあのカリストス王国の救国の乙女である桜様だ。
私は桜様の部屋で突っ立っている。
レオン様に相談した帰りに廊下で王太子殿下と桜様に出会うと、お茶会に誘われた。
断りたいが断れない。
仕方なく頷きそのまま桜様の部屋に向かい、今に至るのだ。
桜様は侍女に用意を頼み、殿下と並んでソファーに座って目吊り上げこちらを見つめている。
殿下は何も言わない桜様にかわって、私に座るように勧める。
「はじめまして。僕はカリストス王国の王太子でユティアーム・カリストスといいます。こちらは東堂桜といい、救国の乙女で婚約者です」
王太子は馴染み深い黒のような髪色をしていて、瞳は深海を彷彿とさせる深い青だ。
可愛らしさを残している顔立ちと雰囲気から、年下ではないかと予想する。
桜様も私よりは年下ではないかと踏んでいる。
「はじめまして。鈴原鹿乃と申します」
まだ正式にお披露目式をしていないため、救国の乙女とは名乗らない。
まあ、察しているとは思うが。
「あなた、誰なのよ!」
急に口を開いたかと思うと叫びはじめる桜様。
先程自己紹介したのだが、それが聞きたい訳ではないのだろう。
「誰かと言われても……先程名乗りましたが」
わかっていたがとぼける。
殿下はその通りだと言わんばかりに苦笑し、宥める。
「そんな名前を私は知らない!
存在しないはずよ!」
やはり桜様は何か知っている。
「昨日のヴィラールといい、なんで今出てくるはずのない人がいるのよ。私はシドランが一番好きなキャラなの、邪魔しないでよ!」
陛下……キャラだった?
これは、なにかの世界の異世界?
乙女ゲームに転移する小説があるとは聞いたことがある。
「……なにを言っているのかわかりません」
そういうと桜様は愕然とした顔で呟く。
「まさか、『六つ宝石と救国の乙女』のラノベを知らない……?」
ラノベ?
読む機会がなく、全く知らない。
これはそのラノベの世界だというのだろうか?
「知らないならいい。私の邪魔をしないで。
逆ハーが素敵なの」
逆ハー?逆ハーレム?
そういえば、救国の乙女は複数の人と婚姻できると言っていた。
そのための設定だった?
この会話は殿下には理解できないだろうが、目の前で逆ハー宣言なんてすごい。
殿下はわからないのでニコニコしていた。
ラノベの結末の詳細を聞きたいが、教えてはくれないだろう。
「誰を狙っているのかわからないので、邪魔しないとは言えませんが」
「……それはそうね。シドランとレオン、ヴィラールとカイル、ユティとセイには関わらないで」
そう、耳元で囁く。
ユティは殿下のことだろうか。
セイというのは知らないが、組み合わせを考えると殿下と近しい誰かだろう。
私が関わっている人は皆入っている。
今更関わらないのは無理だろう。
逆ハーということは皆と婚姻するということだ。
それを想像するとモヤモヤする気がする。
「努力しますね」
それだけで留めておくことにした。
桜様はいいたいことをいい、安心したようでそれからは向こうの世界の話をする。
やはり日本から来たようで、年は19歳らしい。
4歳も下の子に冷たくする気にもなれず、優しく相槌を打つように意識しながら会話をする。
殿下は私たちの話を興味深そうに聞いていた。




