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夢ではなかったクマ





――シャラララン、シャラララン、シャラララン




 けたたましく鳴っていた目覚まし時計を止めると、ぼうっと天井を見つめた。

 あれは夢だったのか、ストレスが溜まって幻を見たのかもしれない。

そんなことを考えながらベッド横のカーテンを開けて寝ぼけ眼を擦りながら朝日を浴びた。


 今日もまた仕事に行かなくてはならない。

私は溜息を吐いてだるい身体を無理矢理起こすと、キッチンに向かった。



 キッチンについた私は、さあ朝食はなににしようかなと視線を動かす。

すると茶色の物体が視界の端に入った。



 思わず、それを見つめた。

リビングのソファーに座っている、あのクマを。


「おはよう、スズ。朝早いな」


 やはりあれは夢ではなかったらしい……。

起きた時に夢だと思っていた事は、夢ではなかった。

私は夢だと思っていた夜の事を思い出す。


 あのあと、鞄に入らないヴィルをいい大人の私は抱っこして家まで歩いた。

ぬいぐるみが歩いていたら通報されてしまうから。

本当はタクシーを使って帰りたかったが、ぬいぐるみを抱っこして乗る勇気はなく。


 私が住んでいるアパートは2LDKで、一部屋は物置のようになっていた。

その部屋にヴィルを案内すると、ささっとシャワーを浴びにお風呂に行き、そのあとすぐにベッドで眠りについたのだった。



 そのため話し合う時間もなかった。

夜も遅く疲れていたのもある。

これからどうしよう?


 というかヴィルはご飯を食べるのだろうか?

口が開くのか?聞いてみたほうがいいだろう、そう思い意を決して話しかけた。


「えっと、おはようございます。

 ご飯はどうしましょうか?食べられますか?」

「いや、この身体は食事を必要としないらしい。

 だからその心配はしなくて良い」

食事がいらないなんて、なんで経済的なクマだろう。

「わかりました」と言うと自分の朝食の用意を始めた。


 パンにしてしまおうとトーストしている間に、コーヒーメーカーでコーヒーを用意する。

その様子をヴィルがじいっと見つめている。

そんなに見られるとやりづらいなと思いながら出来上がったパンとコーヒーを持ってテーブルについた。


 そうしていただきます、と手を合わせてパンをもぐもぐと食べていると。


「この部屋を見ていても思ったが、この国は随分と技術が発展しているのだな。

 今使っていたものは何で動いているんだ?」

 ヴィルが興味津々な様子で話しかけてきた。

それが気になって、じいっと見ていたようだった。


「電気です。アリシャール王国では違うのですか?」

「そうだな、電気は知らないな。聖石はあるが火は起こさねばならぬし、水もすぐにはでてこない」

「聖石?」

「色々なものに形を変える石のことだ」


 よくわからないが、こことは文化が違うということだけはわかった。

一体どこからきたのだろうか。

聖石とはなんだろう。

気になる事は沢山あるが、今考えるのはやめておこうと口にパンを放り込んだ。

ちらりと視線を移した先の時計は八時を指している。早く家を出ないと遅刻だ。



 私は出勤するために身支度を整えて、バタバタと玄関へと向かった。

ヴィルは私の後ろをついて来ているようだ。

靴は足にくっついているのか脱げなかったので、コツコツと音がするので見なくてもわかる。

知れば知るほど、不思議なぬいぐるみだった。



「では、私は仕事に行かなくてはならないので、1日お留守番をお願いしますね」

「なにかしておくことはあるか?」

なにか、とは。その姿で出来るのだろうか。

「……いえ、大丈夫です。

 退屈でしたらあちらにある本を、好きに読んでもいいですよ」

リビングの本棚の方を指してそう伝えた。

たいした本はないが、暇つぶしにはなるかもしれない。


 ふと読めるだろうかと思ったが、会話ができているし、きっと読めるだろう。


「ありがとう。スズ、いってらっしゃい」

「いってきます」

ふわふわのクマに見送られてその姿に癒されながら私は出掛けた。

誰かに見送られるなんて久しぶりのことだった。





 昨日仕上げた書類を佐山部長に提出した私が席に戻ろうとすると、私の隣の女性社員が悔しそうな顔をしているのが見えた。


「……もうこういう嫌がらせは辞めてください」

そう、口をついて出てしまった。

相手も驚きを隠せていない様子だ。

今までなにをされてもなにも言わなかった私が、突然そんなことを言ったら驚くのも無理はない。


「私が書類を隠した証拠でも?」

その発言がすでに自分だといっているが。

私は何をされたとは言っていないのだから。


 私は何も言わず、苦笑いを返し仕事を始めた。

隣の女性はなにか言いたげに拳を握り締めていたが、気にしないようにした。

ずっと言いたくても言えなかったことが言えた、それだけで晴れ晴れとした気分だった。


 これはヴィルのおかげかもしれない、そう思った。

今までは会話もままならなかったのに、ヴィルとは会話ができている。

たった少し会話しただけでも、いいトレーニングになっているのかもしれない。

出会ったことは悪いことばかりではないようだ。



 そう考えた私は、これからの生活がなんだか楽しみになってきた。






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