嫌悪するシロクマ
食堂へ着くと、すでに陛下とヴィルは席についていた。ふたりは私の変化に驚いているようで、目を見開いている。
テーブルのセットを見る限り、呼ばれているのはふたりだけらしかった。
「お待たせして申し訳ございません」
部屋の入り口で、陛下に謝罪する。
「平気だよ。スズ、ドレスよく似合っているね。
とても可愛い、用意しておいて良かったよ」
陛下にそういうことを言われるのは初めてで、恥ずかしくなる。
スズの反応を見て、ヴィルは俯き唇を噛んでいた。
「ありがとうございます。しかし装飾品は身に過ぎるので、お返ししたいのですが……」
「返されても困ってしまうかな。私はもちろんつけないし、贈り物を使い回すのは問題でしょう?」
そう言われてしまうと、何も言えない。
「それにこれからは必要になるかもしれないよ?」
意味深な言葉だ。
ヴィルも訝しげな表情をしている。
「まあ、とりあえずこちらに座って」
ヴィルの正面の席を指す。
間に陛下を挟む形だ。
席に着くと、陛下は側に控えていたレオン様に食事の用意と人払いを頼んだ。
すぐに肉料理やパン、野菜などが運ばれる。
人払いされ、陛下は軽く食事を口にすると話し始めた。
「スズは『救国の乙女』について知っている?」
「ヴィルから聞いております」
「その特別な立場についても?」
私は頷いて返事をする。
「それなら話が早いね。スズ、この国の『救国の乙女』になってくれない?」
突然そんなことを言われ、固まってしまった。
陛下に呼ばれて、ハッとする。
「無理です!私には特別な力も知識もありません。ただ勘違いされているだけですから」
「勘違い、ね。勘違いではないといったら?」
「え?どういうことですか?」
「実は3日前に、カリストス王国から王太子とその婚約者が先触れもなくやってきたのだけれど。その理由がまた興味深いんだよ」
3日前に突然やってきたふたりは、エルザード公爵領にて拐かしが起きる。だから私たちに訪問の許可をくれ、と言ってきた。
先触れもなくやってきたふたりを信用する訳にはいかず、許可を出さなかった。
すると、『救国の乙女』が信用できないのか、と婚約者の方が詰め寄ってきたのだ。
王太子は慌てて宥めていたが、その婚約者は続けた。
「喚ばれて異世界から来たのだ――と。」
異世界から。まさか。
「そう、スズと同じ国から来ている可能性がある。
そうなるとスズも『救国の乙女』でしょう?」
その解釈は間違っていないのかもしれない。
「まあ、この話にはまだ続きがあってね。
その次の日に事が起きたので、無事解決したことを伝えたら激怒したんだよ」
誰が救ったんだ、私の役目をとったのは誰だ、と喚いて。そんな物語ではない、と。
「こうも言っていた。
解決するのは『救国の乙女』の役割なのに、と」
また『救国の乙女』だ。
なぜそんなにこだわっていたのだろうか。
陛下はなぜ私を『救国の乙女』にしたいのだろうか。
「陛下はなぜ私を?」
「理由は色々あるのだけれど、一番はあの女と婚姻したくないということ。あれには逆らえないから困るんだ」
なるほど、自国に『救国の乙女』がいれば関係ない。都合よくそう呼ばれている者がいれば、利用したくなるだろう。
「理由はわかりました。ですが、私には務まりません」
「すぐに決める必要はないよ。
それに何もしなくていいよ。そうしないとスズの安全が保証出来ないから、そのための立場だと思ってほしい。あとはスズの好きなように過ごせばいい」
私の懸念は見事にクリアしている。
「婚姻も?」
「それもスズの自由にしていいよ」
「……それならば、お受けいたします」
そういうとヴィルは愕然としていた。
まさか受け入れると思っていなかったのだろう。
しかし、身の危険があるのは理解している。
ここで保護してもらうのが、一番いいと思う。
「ありがとう。これで助かるよ」
本当に嫌だったらしい。
陛下はヴィルのほうを向き、いい放つ。
「あ、君はあの女の相手をしないといけないよ。
どうやら国王様がそういっているようだよ。
使者が親書を持ってきた。どこかから情報を得たらしい。
君はあの頭の切れるお兄様に根回しをしなかったんだねぇ、可哀想に」
ヴィルは蒼白な顔で陛下を見ている。
陛下はずっと"あの女"扱いだ。
そんなに嫌悪するとはどんな人だろうか。
ヴィルはどうだろうか……。
「私は……今すぐアリシャールに帰り」
そこまでいった時、扉があいた。
黒い髪の派手な装いをした女性が入ってくる。
後ろのほうで侍従が慌てていた。
「シドラン、私も一緒していい?」
え?と呼び捨てと馴れ馴れしい口調に驚く。
「困りますね、勝手に入ってこられては。
人払いしていたはずですが」
陛下の声が苛立っているように聞こえる。
珍しい口調だった。
「『救国の乙女』様だから、と入れてくれたけど?」
「……ちょうど良かった。
こちらアリシャール王国の第二王子だ」
女性の言葉はまるっと無視して紹介する。
その言葉を言った瞬間、ヴィルは顔を歪ませて陛下を睨んでいたが。
「……アリシャール王国第二王子のヴィラール・ミシャリオスです。以後お見知りおきを」
ヴィルは完璧な笑顔で対応している。
「なんで、第二王子が?
こんなところで?」
返事もせずにぶつぶつと呟いている。
「あっ、私は東堂桜。桜って呼んで!
ヴィラール、部屋まで送ってくれる?
部屋でお話ししようよ」
名前から日本人のようだ。ぱっちりとした目で見た目も可愛くて明るい。クラスの中心にいるタイプだと思った。
最初から馴れ馴れしい口調でと、呼び捨てはなんだかモヤモヤする。
「……はい、喜んで」
そう笑いかけると、ふたりは並んで出て行く。
その姿を見ていると胸がズキズキする。
彼女は私のことは終始無視だった。
視界にも入っていないようだ。
しかし、この世界のことは知っている。
そう確信していた。




