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拗ねるクマ

 


 宿屋に着き部屋に戻ると、ぺたんと座り込んだ。


「疲れた……」

 濃すぎる一日だった。

 体はもう疲れ切っていることと、極度の緊張状態から解放された安堵とでもう一歩も動けない。


「スズ、カイルを戻してやれ」

 ヴィルに言われて忘れていたことに気づいた。


「カイル、ごめんなさい!」


 手首の聖石に願う。


 すると、ボンっと人間に戻った。


「はぁ、やっと解放された……」

 カイルはクマでなくなった安堵と後ろめたさが混ざって複雑な表情をしている。

ぐったりと呟く姿に、申し訳なくなった。



 ヴィルはなにか考えるようにしながら、手首の聖石を見つめていた。

「スズ、この聖石はいつから緑色になった?」

 いきなりそう聞かれ、聖石を外しながら考える。

いつから?

受け取る時はテーブルの下だったし、見ていない。

カイルをクマにする時は、どうだっただろう?

その時も緑色だったような気がする。

「クマにする時にはもう緑色だったと思う」


「私が最後に見た時には薄らだったのだが」

私はその色を見ていない。

見た時には緑だった。

急に力が増えたのだろうか。


「不思議だね、貸してくれてありがとう」

考えてもわからないのでそう言うと、聖石を忘れないように返しておいた。


「ああ、まあ考えても仕方がないな。

 スズ、疲れているだろう。運んでやるからもう休め」



 座り込んでいる私の横にまわり、膝の下に手を入れると持ち上げられた。


 ……これが噂の、お姫様抱っこ!?

思っていたより高くて怖い。

ふわっとする浮遊感も、怖い。


 怖いし落ちやしないかとわたわたと慌てていると、上からははと笑う声が聞こえる。

「大丈夫だ。スズを落としたりしない。

 不安だったら首に手を回してもいいぞ?」

 そんな恥ずかしい事出来るわけがない……!!

確かにそれはよく見る。

しかし恋人ならいいかもしれないが、友達の距離ではない。

いや、もうすでに近いから変わらない……?

そんなことを考えているとは思っていないヴィルは。


「では、もっと私に寄りかかれ」

 そう微笑みながら言われて、仕方なくヴィルに寄りかかり服を掴むと心臓の音が聞こえる。

余裕そうに見えていたのに、心拍がはやい。

それがおかしくて、つい笑ってしまった。


「……なにがおかしい?」

拗ねたように言う。

「だって余裕そうなのに」

こんなにドキドキしてる。


 いつも余裕な顔してるのに本当は違うのだろうか。新たな一面を知れて嬉しく思った。

「スズの事になると余裕なんかない。

 ……情けないな」

ヴィルは眉を下げると、溜息を吐いた。


「いつもヴィルだけ余裕そうだから、慣れてるんだと思ってた。だから、そうじゃないってなんか嬉しい」


 本当に私のことが好きなんだ、とわかる。


 そう気づくと、私もドキドキしてきて居心地が悪い。どんどん紅潮してきた。


「あの、重いし早くおろして……!」

変な気持ちになってきて、一刻も早く逃げたい。


「なんだ、急に。先程まで笑っていたではないか」

「……なんだか急に眠気が」

そう、嘘をついて誤魔化した。

疑わしい目で見られているが、気にしてはいけない。


「まあ、いい。少し待ってろ。

 今お湯と拭くものを持ってくる。

 なにか食べれそうか?」

 ヴィルは抱っこからそのままベッドにおろしてくれた。

「飲み物だけで大丈夫。ありがとう」



 しばらくして、お湯を準備して戻ってくる。

飲み物はハーブティーを用意してくれていた。

ホッとする香りが身に染みる。

王族であるヴィルにこんなことしてもらっていいのか、不安になってしまった。


「私はお風呂に入るので、気にせず体を拭いて休め。ゆっくりおやすみ、スズ」

「ありがとう。ヴィル、おやすみ」


 私を気遣ってお風呂に入っていったので、ササっと体を拭いて布団に入る。

疲労ですぐに寝てしまった。



****


クマside



 お風呂からあがって、カイルが買ってきた食事と酒を口にしながら話をする。

 

「カイル、今日のスズの事は全て忘れろ。

 それで、指示を無視したことも水に流そう」

スズの可愛い姿や真っ直ぐなところを見てしまったカイルが、スズを好きになると困る。

芽は摘んでおきたかった。


「……はい。申し訳ございませんでした」

 カイルはなぜかまた遠い目をしていた。


「それにしても、『救国の乙女』とは厄介だな。

 あのエルザード公の対応をどう思った?」

確認するようにカイルに尋ねる。

 

「救国の乙女にしようとしている気がしました。あのネックレスで、なにか察しているのかもしれません」

 カイルは言いづらそうに答える。

それは私と同じ意見だった。


「やはりそう感じたか。救国の乙女となれば陛下に諦める理由はなくなる、むしろ周りは勧めるだろう。益々、私にとって不利な状況になっていく」

 皇都に帰ればどうなるのだろう。

婚約者だといい張ったが、嘘だ。

もし、気づかれてしまったら、あの公爵はすぐに動くだろう。油断ならない相手だ。



 頭を抱えて考えても、いい事はひとつも浮かばない。スズさえ、こちらを見てくれれば。


「どうしたらスズは私を見てくれるのだろうな」

そう呟きながら、夜は更けていく。


 カイルはそんな私を、励ますでも慰めるでもなく静かに見ていた。



****



 翌朝目を覚ますと、ソファーで寝ているヴィルが目に入った。


 テーブルを見るとお酒の瓶が置いてある。

どうやら昨夜お酒を飲んで、そのまま寝てしまったらしい。


 ヴィルが深酒して寝るなんて、はじめてだ。

布団が掛けてあることから、カイルも居たのかもしれない。

体が痛くなってはいけない、と思いソファーの前にしゃがんで揺すりながら声をかける。


「ねえヴィル、起きて!

こんなところで寝ると体が痛くなっちゃうよ!」

びくともしない。

ヴィルは意外と寝起きが悪いのだろうか。

それともお酒のせいか。


「ねえってば!」

そう叫んで、もっと揺する。


と、ヴィルがうっすら目を開けた。


「……夢か。なら、なにしてもいいか」

 そう呟き、後頭部に手を添えたかと思うと引き寄せられて膝立ちになる。


 そうして声を出す間も無く、優しく唇が重なった。


 「スズ。好きだ、全てが愛おしい。

 私を好きになってほしい、他の男なんか見るな、私だけを見てくれ」


 ヴィルはそう呟きながら、唇を重ねる。

駄目だと思うのに逃げられない。

ヴィルの目が、言葉が、私を好きだと言っている。

これが嘘偽りのない気持ちだと、わかる。


 誰にも奪われてたまるか、と呟いたかと思うと私を抱きしめたまま寝息をたてていた。



 ――なんだったの、今のは。


 

 ヴィルは普段はそんなこと言わない。

まして、キスはあの時だけだ。

酔って寝ぼけている?……タチが悪い。

心臓が鎮まらない、どうしてくれよう。

顔が沸騰しそうにあつかった。

早く抜け出したいのに、腕が緩まない。

視線を彷徨わせて、ふと扉を見ると。



 ……そこにはカイルがいた。


 ……。うそだ、いつからそこに。

幻であれと目を擦ってみる、が消えない。


「……いつから?」

知りたくないが、聞かないこともできない。

「……あの、すみません」

これは、最初から見られていた。

気を遣って口にはしないのが答えだ。

恥ずかしすぎて、立ち直れない。


「……起こしましょうか?」

 首を振る。今起こされては、この状況をどうしたらいいかわからない。

「腕を、外してもらえると……」


 そう返事をすると、カイルがヴィルの腕を引っ張り解いてくれた。

逃げるようにお礼を言って、布団の中に潜り込んだ。

二度寝しようと目を瞑るも眠れない。

起きたらどんな態度をとればいいのだろう。

寝ようとしても、さっきの出来事が浮かんでくる。

思い出しては悶えて、を繰り返すこと数十回。



 2時間ほど経っただろうか。


 部屋でゴソゴソする音が聞こえた。

その中に、カイルの声が聞こえる。

「おはようございます。お水をどうぞ。

 ご気分はいかがですか?」

「ありがとう。最悪だ、頭が痛い。飲み過ぎた」

「……殿下、あの、まさか?」

「なんだ?」

「……スズ様となにかあったりは……?」

「するわけないだろう!

 いい夢は見た気がするが、覚えていない」



 ……信じられない。 

 あんなことしておいて、忘れるなんて。

カイルが頭を抱えているのが、想像できた。



 なんだか腹立たしくて悲しくて、勢いよく布団を剥いで出た。



 ヴィルとカイルが驚いた顔でこちらを見ている。


「スズ、おはよう」

 ヴィルが微笑んで挨拶をしてくるが、それもあまり見たくなくて、すぐに視線を逸らす。

二日酔いのせいだろうか、少し憂を帯びたような顔をしているのが、見えた。


「……おはよう」

 目も合わさずにそう返事をすると、さっさと身支度に逃げた。


 私の態度に、ヴィルは呆然としていた。

覚えていないため、理由がわからないのだろう。

カイルは申し訳なさそうにこちらを見ている。


 いつもは着けているリボンも練り香水も、今日はつける気にはならず、つけるのをやめた。


 ヴィルはいよいよおかしいと思い始めたのか、気遣わしげにこちらを窺っている。

カイルは朝食を買い出しに出たため、いない。

少し気まずい気持ちになりながら、準備を続ける。


「スズ、私はもしかして何かしたのか……?」

「何か、とは?」

 ヴィルはそう聞かれ、言い淀んでいる。


「……いい夢を見たんだ」

「しかし、覚えていないのでは?」

「……聞いてたのか。カイルにはああいったが、朧げではあるが、覚えている」

 本当だろうか?その場凌ぎの嘘?

「なにを?」

「……言いたくない」

 手の平で口元を覆いながら、目を逸らす。

顔がほんのり赤くなっていた。

それを見たら、嘘ではないような気がして。

忘れられた訳ではないような気がして。

私の気持ちもなんだか少し落ち着いた。


「じゃあ、大丈夫。

 この話は終わりにしよ」

これ以上続けたら、やぶへびだ。

そう言って、この会話から逃げようとするが。



「……なに隠してるんだ?」

 ヴィルが少し不機嫌そうに、私の手を掴んだ。


「え!?……なにも隠してないよ」

 手が触れているところがあつい。

ヴィルを見ているだけで、思い出す。

あの真剣な緑の瞳を、囁くようなあの言葉を――。

あの優しいキスを。

耳まで紅潮していくのが、自分でわかった。



「……スズ?」

不思議そうに、ヴィルが顔を覗き込んできた。



 そのとき扉の外からカイルの声が聞こえた。

脱兎の如く、扉に向かい開ける。

「カイル、おかえりなさい!」


 その行動がヴィルを不機嫌にするとは思いもせずに。






 

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