クマとリシアの街
お昼を食べて少し休憩すると、また馬に乗って揺られる。
満たされたお腹と、ほどよい揺れ、背中に感じるヴィルの体温に、ふわふわと眠気を誘われる。
何度か船を漕いでいた気がするが、その度にハッと目を覚まし頬をたたく。
周りの景色を楽しみ、眠気を飛ばそうとしてもうまくいかない。
流れていく景色が、余計に眠気を誘った。
「スズ、眠かったら寝てもいいぞ」
ヴィルが笑いを堪えて言う。
一通り見られていたのかもしれない。
「そんなことできません!
ちゃんと起きてる」
「だが、あと4時間はかかると思うが」
……うそ、まだそんなに揺られる?
「着いたらスズには代わりにしてもらいたい事もある、だから休んでおいてくれ」
代わり?
それは、寝ておかないとできないかもしれない。
「わかった。少しだけ休ませてもらうね」
そう言って目を閉じ、次に開けたときには街が見えていた。
私の身体はヴィルに支えられていた。
「ごめんなさい!休みすぎた……」
「大丈夫だ。寝顔も可愛かったので元気がでた」
ヴィルは揶揄うように笑っている。
「なっ!?」
隠せばよかった。口とか開けてなかっただろうか、白目剥いたりとか……。
聞けない、聞きたくない。忘れよう。
私はなかったことにした。
リシアの街は花が至るところに植えてあり、華やかな印象だ。入り口には薔薇でアーチが飾ってあったりと手入れもしっかりされていた。
この辺りの建物は木で作られているようだった。
まず、馬を預ける場所を探すらしい。
馬の宿屋のようなもので、預けると餌や世話などをしてもらえるそうだ。
そのぶんお金はかかるが、馬のお世話をせずに休めるのはありがたい。
ヴィルは馬宿を見つけ、私を連れて入る。
ひとりで店主の側にいくと、なにやらコソコソ話してお金を払っていた。
無事に預けることができたようだ。
戻ってきてから何を話していたのか聞くと、
「恋人の前だからいい顔したいんだ。
だからここに預けさせてほしいって」
お金を持っていると思われるのは、あまり良くない。庶民になりすますほうが安全で、用心するに越したことはないらしい。
だから見栄を張るために高いお金を払う、という形にしたようだった。
「この調子で次は私たちの宿を探そう」
そう言うと街で二番目に高い宿に入る。
二番目なのは先程と同じ理由らしい。
気の良さそうなニコニコしたおばちゃんが受付にいる。旅館の受付とそう変わらない。
「二人部屋が一部屋空いていますか?」
「生憎二人部屋は満室だよ、恋人かい?」
「ええ、だから少しでもいい宿に泊まりたくてここに来たんですが……」
「一人部屋なら一部屋空いてるよ!
恋人なら問題ないだろう?どうだい?」
おばちゃんが、これ幸いと言わんばかりに手を叩いて提案している。
一人部屋って!ベッドがひとつってこと!?
「ああ……では、その部屋でお願いします」
えっ、いいの?
「はい、じゃあこれ部屋の鍵ね。
食事はどうする?」
シャラシャラした鍵をヴィルに渡す。
この宿には食事もあるようだ。
ますます、旅館のような仕組みだ。
「食事はなしで。ありがとうございます」
そういうとヴィルは私を呼び部屋に歩いていく。
部屋の扉の前に着くと、ヴィルが鍵をあける。
中は洋風でホテルのような感じだった。
ベッドがひとつと小さいお風呂がある。
お風呂は期待してなかっただけにあるだけで嬉しい。
「荷物を置いて外を見に行こうか」
ヴィルはそう言うと、私の荷物も運んでくれた。
この部屋のことに、ヴィルは触れない。
私も触れなかった。
街の通りにはお店が並んでいる。
雑貨や、装飾品、食事など幅広い。
その中に花の加工品を売っているお店を見つけ、寄らせてもらう。
「欲しいものがあったか?」
ポプリが欲しかったが、練り香水のようなものも売られている。
汗の匂いを誤魔化すなら、練り香水のほうがいいだろうか。
「どの香水が好き?
ヴィルが好きな香りにする」
「……は?」
私はただ不快ではない匂いを選んで欲しかった、ただそれだけだ。
ーーまさか、独占欲を刺激しているとは、気づいてもいなかった。
「これはどうだろう?」
"スズラン"の花の練り香水らしい。
香りも柔らかくて落ち着く。
「これにする!
買ってくるから少し待ってて」
「私が買う」
そういって私の手から奪い店主に声をかけると、サッサとお金を払っている。
「ヴィル、ありがとう」
ーー私が香水をプレゼントする意味を知るのは、ずっと先のことだった。
「帰るまで私が持っておこう。
あちらのほうに屋台があった。食べるか?」
言われてみれば、いい匂いがしている。
屋台にいくと、串焼きや揚げ物、お菓子など色々ある。
「串焼き食べたい!ヴィルも食べる?
今度こそ買ってくるよ!」
ヴィルが頷いたのを確認すると、お店に向かう。
夫婦でやっているようで、奥さんが注文をとっている。
「どれにしますか?」
「串焼きを四本、ミートパイを二つお願いします」
二本ずつで計四本だ。
隣にミートパイもあったのでそれも追加した。
「買ってきましたよ!」
すぐそこのベンチで待っていてくれたヴィルに駆け寄ると、串焼きを渡す。
座ると待ちきれず、いただきます!と頬張る。
アツアツで噛むと肉汁がじゅわっとでてきた。
鶏肉のような味だった。
塩味でシンプルなのがまたいい。
「ほぉいしぃいよ〜」
ヴィルは私を見て笑うと、口に入れる。
「おいしいな、スズありがとう」
「ミートパイもあるよ!」
スズは串焼きを1本食べ終わったので、ミートパイを片手に持ち両手が塞がっているヴィルの口の前に差し出す。
ヴィルは驚きながら固まっている。
「……?どうぞ?」
そういうとようやく口を開き食む。
「おいしい?」
「ああ、たぶん」
たぶんってなんだろうと思いつつ、スズは自分のミートパイを食べる。
パイがサクサクッとしていておいしい。
夢中で食べてしまっていると。
「スズ、私にも」
ヴィルのミートパイを差し出す。
「やはりおいしいな」
そう言うと親指で口の端を拭う。
それが、妙に色っぽくてまた見惚れてしまった。
危険だ、と思った。
まだ一日目。もう二度も見惚れている。
知らない顔ばかり見せるから。
……クマだったくせに、と心の中で悪態をつき心臓を落ち着かせた。
****
屋台でワッフルのようなものと明日の朝食用にパンを買うと、宿屋に戻ることにした。
宿屋に戻ると受付でお茶を頼む。
それから部屋のソファーに腰を下ろした。
すると、すぐにノックが聞こえた。
廊下に出ると横の棚の上に、お茶が置いてあった。
貴族が泊まることもあるため、顔を合わせないようになっているそうだ。
面倒事になると厄介だからだろうか。
平民には拒否権がないに等しいため、何か言われては困るだろう。
お茶をテーブルに置き、ワッフルを皿に出すとヴィルに手渡す。
ワッフルには花びらが入っていて見た目も可愛いし、何よりおいしそうだ。
食べられる花なんて、おしゃれだと思う。
ふと、あることが頭に浮かんでヴィルに渡すお茶を、少し飲んでみた。
「なにしてる?」
「え?毒味したほうがいいのかと」
「いらない!それはスズがすることではない」
良かれと思ってしたのだが、私がしたことにヴィルはとても怒っていた。
王子なのだ、なにかがあっては困るだろう。
そう思っただけなのに。
「もし、スズになにかあったらどうするんだ。
私はある程度慣れている。問題ない」
「……ごめんなさい」
「気持ちだけでいい。
さあ、食べよう」
怒られたことに落ち込んでしまうが、ワッフルを見るとそれを忘れて気分があがる。
口に入れたワッフルは、表にザラメがついているようでザクザクしておいしい。
中はふわふわとしていて、ほんのり花の香りがする。
「甘くておいしいね」
先程のことはすっかり忘れて、ワッフルを楽しむ。
皿の上のワッフルは、あっという間になくなってしまった。悲しい。
「……いるか?」
食べ足りない気持ちが顔に出ていたのか、ヴィルが少し残っているものを差し出した。
「いいの?ありがとう!」
喜びのまま、素直に受け取ってもぐもぐと食べながら、ふと思った。
これは、間接キスになるのでは……。
いや、その概念がこの世界にあるのか知らないけど。
ちらりとヴィルを見ると、いい笑顔で笑っている。
……やられた。そう思った。
確実にわかっていて、私にくれたのだろう。
本当に油断ならない相手だ。
意識したら負けだ!
そう思い「ヴィル、先お風呂入ってきていいよ!」と追い出した。
しばらくして、ヴィルがお風呂から出てくると。
髪が濡れていて、さらに薄手の服は鍛えられている身体がわかる。目に毒だ。
やはり男性だと意識させられる。
私は逃げるようにお風呂に入った。
湯船に湯が張ってあり、それを使って洗うようだ。
汗が流せて、さっぱり気持ちいい。
用意されていた服を着て部屋に戻ると、ヴィルがソファーに横になっていた。
「ヴィル、ベッドで寝ないと疲れとれないよ。
私がソファーで寝るから」
「駄目に決まっているだろう。スズはベッドだ。
私を最低な男にしないでくれ」
「リシアについたら"代わり"があるって言った。
私がヴィルの代わりにソファーで寝る!」
「ベッドで寝ても代わりはできる」
なんということだ。
墓穴を掘ってしまった。
「私ソファーで寝るのが好きなの」
「……それ以上言うと一緒にベッドに入るぞ」
「……それは駄目」
「では、スズはベッドへ。おやすみ」
ヴィルはそう言って目を瞑ってしまった。
私は諦めてベッドに入る。
……が寝られない。
ヴィルは寝ているのだろうか?
一緒の部屋で誰かと寝るなんて初めてだ。
だから余計に目が冴えてしまうのかもしれない。
こちらの世界では、未婚で一緒の布団に入ったりすることは問題ないのだろうか?
向こうではどうだったのか、わからない。
考えたこともなかった。
恋人だと一緒に寝たりするのだろうか。
友達ではどうだろう……。
緊急時には一緒に寝ることもあるかもしれない。
ただ、本は今のところ反応していないので、帰って調べることもできないのだ。
ヴィルはソファーで疲れが取れるのだろうか。
今日ずっと馬に乗っていたのに。
いくら想像しているより着くのが早かったと言えども、考えれば考えるほど、申し訳なくて寝られない。
……ヴィルに聞いてみようか?
問題ないと言われれば、一緒に寝よう。
そう考えてベッドから起き上がると、ソファーの前に立ちヴィルの顔を覗き込む。
ソファーの背に顔を向けて寝ているため、よくわからない。寝ているのだろうか?
近づいて顔にかかる髪を指先で避けてみる。
「……スズ、なにしてる」
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「……いや」
「ねぇヴィル、こちらの世界では未婚で一緒の布団に入るのは問題になったりしないの?」
「……問題?問題はないが」
なにかぶつぶつ呟いている。
しかし、問題ないなら大丈夫だ。
「じゃあ、ヴィル。一緒に寝よう!
問題ないんだから」
ヴィルがいやいや、となんだか頭を抱えて唸っている。
「駄目かな?」
「……駄目ではないが、スズはいいのか?」
うっと言葉に詰まりながら、困ったように眉を下げてそう言う。
「いいよ。早く寝よう」
ヴィルの服をくいくい引っ張る。
早く寝ないと寝不足になってしまう。
「……わかったよ。
スズは壁際で壁を向いて寝てくれ」
そう言ってヴィルはベッドに歩いた。
「うん、ありがとう」
ベッドに潜り込むとヴィルが隣に横になる。
背中側が温かくて変に緊張してしまう。
誰かと一緒の布団で寝るなんて、子供の頃に両親と寝た事くらいだ。
「ヴィル、狭くない?」
シングルサイズだから、身動きが取りづらい。
「大丈夫だ」
それだけ返事があり、それからヴィルは沈黙で。
私もなにも話すこともなく、静かになる。
……といつの間にか私は寝ていた。




