泣かせるクマ
馬車でお城の裏口につくと、人がふたり立っているのが見えた。
降りて近寄るとヴィルとレオン様だとわかった。
「ヴィル!帰ってきたの、おかえりなさい」
帰ってきたのが嬉しくて、袋を抱えて駆け寄る。
「ただいま」
しかし、ヴィルはなんだか不機嫌そうだ。
レオン様は疲れたような顔をしている。
「とりあえず、帰ってこられたようですし、中に戻りませんか?執務室は使えないので、スズ様のお部屋をお借りして話をしましょう」
ため息をつかんばかりに言うと、さっさと先を急ぐ。
レオン様の後ろをついていこうと、袋を抱えるとヴィルにとられてしまった。
「これは駄目!」
慌てて取り返す。
「駄目とは?スズが抱えないといけないのか?レオン殿に抱えてもらえばいいのでは?」
「……なんでそんなこというの」
不穏な空気を察したのか、レオン様が黙って袋を私から取ると抱えて歩き出す。
私はヴィルと話したくなくて、その後ろにつく。
ヴィルもそれ以上話すことはなかった。
部屋につくとフェリスはいなかった。
しばらくは人払いしているらしい。
レオン様が袋からシロクマさんを出して、ソファーに座らせている。
ヴィルは先に報告をし始めた。
「不可侵条約の許可は得て、証書をレオン殿に預けてごさいます。あとは締結するために、互いの条件を擦り合わせ、調印をする日程をお決めください」
「わかった」
「それはまた後日検討するとしましょう。それより、陛下を元に戻す件ですが、ヴィラール様はなにかご存知でしょうか?」
レオン様はそれよりも、そちらの方が先に聞きたいようだ。
「……」
ヴィルは口を開かない。
「話す気分ではなさそうだけれど、話さないとスズは私に付きっきりになるけれどいいの?」
「……心当たりはございますが、国の秘術と関わるので話すことは出来かねます」
「ふーん、戻す方法も言えないということ?
そうなれば、スズを返すことはできないよ」
「……時間をいただければ、確実ではないものの、試す価値はある方法がございます」
「どれくらい必要?」
「明日の昼ぐらいまでは」
「わかった。なにか必要なものはある?」
「それまで、スズを返していただければ、あとはなにも必要ございません」
「……ふーん。返して、ね。それはふたりきりでないと駄目なの?スズが嫌だと言ったら?」
その言葉にヴィルの顔が強張る。
「スズがふたりだと嫌だと言うならば、数分ふたりにしていただければ。その後は、どなたが居ても構いません」
「スズはどう思う?」
シロクマさんは、私に問いかける。
「え?戻るために必要ならば、いくらでも協力いたします」
ヴィルとふたりなのは苦ではない。
機嫌が悪そうなのが嫌なだけだ。
「そう?じゃあ、私達は出るけれど、なにかあればいつでも呼んで。無理はしないように」
「はい、承知いたしました」
そう答えると、部屋から出て行く。
陛下の優しさに報いるためにも、がんばらなくては!と気合いを入れる。
しばらく沈黙が続く。
小さな物音がやけに響いた。
口を開かないヴィルに、どうしていいかわからない。
「あのー……私はなにをしたら?」
私は勇気を振り絞り、声を出した。
「預けていた聖石を、返してくれ。それだけでいい」
素っ気ない返事をされ、落ち込んでしまう。
しかし、陛下のためだ!と奮起するとともに、聖石になにかあってはいけない、と確認をとる。
「これは私が普通に取れば良いのでしょうか?」
「ああ、取ってくれ」
また素っ気なく返されてしまった。
私はなにかしただろうか。
出て行くまでは、優しいヴィルだったのに。
やはり陛下をクマにしてしまったことを、怒っているのかもしれない。
やはり早く元に戻さなくては。
そうしたら、今までのように優しいヴィルに戻って、お土産も喜んでくれるかもしれない。
そんなことを考えながら、聖石をはずす。
あの日から、緑色を見ると思い出す。
あれは、あのキスは、本当にただの決まりだったのだ、と思うと悲しくなった。
はじめては好きな人が、良かった。
だから、悲しくなったのだと私は思った。
聖石を手渡し、部屋を出るため扉に向かった。
「なぜ……どうして、泣いているんだ」
私はその時はじめて泣いていることに気がついた。
「……なんでもありません」
そう言うと、足早に扉に向かい出ようとする。
「待ってくれ、私のせいなのか……?」
ヴィルは私の腕をつかみ、つぶやく。
が、正直自分でもわからない。
なんで涙がでているのか、こんなにもヴィルから逃げたくなるのか。
「違います!手を離してください!」
思わず、叫んでしまった。
「どうかした?なにかあった?入るよ!」
扉の所で隠れていたらしいシロクマさんが、入ってきた。
「どうしたの?なにかされた?」
シロクマさんは狼狽えながら、しゃがんで泣いている私の背中をさすってくれる。
毛がふわふわして気持ちいい、場違いにもそんなことを思ってしまった。
ヴィルは俯いていて、表情はわからない。
「スズ、今日はもう休んでいいよ。
あとはこちらでしておくから。今侍女も戻ってくると思うよ」
優しい声が聞こえて、安心した。
しばらくすると、フェリスが戻ってきて休むための身支度を整えてくれた。
陛下が今日買ったお菓子を少し置いていってくれたので、それをつまんで寝ることにした。
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クマside
別の客室に移ると、ソファーに座り向き合う。
「なぜ、スズは泣いていた?
答えによっては許せない。
ここからは立場は忘れて話そう」
普段の柔らかい物言いではないことから、憤怒しているのだろう。
「わからない。気づいたら泣いていた」
動揺からか、いつもの口調で話せない。
「自分の思い通りにならないから、突き放した?」
「……冷たくはなっていたかもしれない」
「はっ。結局は怖くなったか?
スズが離れていくのが、他を見るのが」
「なにか聞いたのか」
「いや、なにも。見ていればわかる。
私は自由がない身。だから、引いた。
しかし、スズを悲しませるなら話は変わる。
遠慮なく、掻っ攫う」
私は目を見開いた。
「やはりスズを……」
「はじめてだった。誰かを愛しいと思うのは。
だが、いつか私は政略結婚をしなくてはならない。それまでは心の中にスズを住ませる、今日そう決めただけだ。
君にも時間はないはずだ。後悔することになるよ、私みたいに」
陛下は息を吐くと、続ける。
「少し昔話をしようか。
私には仲のいい7つ上の兄がいたんだ。
しかし、私の存在が皇太子だった兄を追いやった。
私を皇帝にしようとする声が大きくなったんだ。
兄は争いの種にならないように自ら姿を消した。いくら探しても見つからない。もっと影でいれば、兄を追い詰めることはなかった。私はずっと後悔して、兄の代わりに立っている」
――だから、後悔しない行動を。
そう言うと、部屋から出ていった。




