言い争いをするクマ
「だから、ここで待つと言っているだろう」
「ですから、お部屋にお帰りくださいと」
「ここで待たなければ、時間稼ぎをされるのが目に見えている。それにそろそろ戻るはずだ」
陛下とともに廊下を歩き私の部屋も近くなってきた頃、言い争うような声が聞こえてきた。
廊下の先を凝視すると、私の部屋の前によく知った姿がある。なぜ?と疑問に思う私の隣からは、呆れ混じりの溜息が聞こえる。
陛下はゆっくりと近づいていくと一旦部屋に入るように促して廊下に護衛を残す。そうして、扉を閉めると同時に口を開いた。
「……やはり君は無粋なのではない?」
「充分に配慮していると思いますが」
「私たちは婚約発表が終わったばかりなのだけれど。ふたりで息つく時間は?」
「部屋に戻るまでの時間がありました」
「……随分な話だねぇ。
狭量な男は嫌われるよ?」
「余計なお世話です。それに、……私が知らないとお思いで?」
途切れない流れるような会話に横入りすることも出来ず、仲が良いのか悪いのかわからないふたりを眺めて静かに佇む。
緑色の瞳を不機嫌そうに眇めたヴィル。
濁した言葉の意味がわかっているのか、陛下は笑みを浮かべてなにかをボソリと呟いている。
それを見てハテナを浮かべる私。それを気の毒そうに見るカイル。言い争っていただろうフェリスは不服そうな顔でなにやら大きな箱を抱えている。
なんとも言えない空気の漂う部屋に耐えられず、私は思いっ切って口を開いた。
「えっと、ヴィルはどうしてここに?」
その言葉を発した瞬間、なぜか部屋がスッと冷えた気がして身震いする。なにかおかしなことを言っただろうかと冷や汗をかくほどだ。
「私は用がないと来てはいけない?」
その言葉にピシリと固まったあと慌てて首振る。
決してそんなことはないと伝わるように。
「それならいいが。
とりあえず、着替えてくるといい。
落ち着かないだろう」
私はこのままでも、と言ったがヴィルの笑顔に黒いものが見て、おとなしくフェリスを連れて着替えることにした。
後ろではヴィルと陛下が声を潜めて話しているようで、カイルは遠い目をして私達を見送っていた。
部屋を移るとフェリスは抱えていた大きな箱を下ろし、こちらに見えないようゆっくり蓋を開けている。そうしてパタンと閉めたかと思うと引き攣った笑顔を浮かべていた。
「どうしました?」
「……いえ、本当にお着替えになりますか?」
「?……はい。せっかくの綺麗なドレスを汚してしまうのも嫌なので」
「そうですか……」
私の返答に落胆した様子のフェリスは渋々もう一度大きな箱の蓋に手をかけた。
開けられたその箱の中を覗くと、エメラルドのように鮮やかな色をしたドレスが入っていた。色から誰が用意したものなのか、……なんとなくわかってしまった。
「……これは、ヴィルが?」
「はい、先程持っていらっしゃいました」
不服そうな表情と言葉に、私は眉尻を下げて笑ってお願いしますと着付けてもらう。それはいつものドレスよりもお腹周りがギュッと締め付けられた。今まで着ていたドレスは楽なものを選んでくれていたのだろうか。意匠が違うせいなのか息苦しく感じるドレスに少し違和感を覚えてしまった。
髪飾りはこのままがいいかと思います!と言うフェリスの勢いに気圧され、ドレスだけを整えた。
****
部屋で待っていた三人は私が入るとすぐに話を止めてこちらを向く。
ソファーに座っているヴィルは頬を緩めたかと思うと、すぐに不満気に眉を寄せた。そのまま視線を移した先のフェリスは澄まし顔で部屋から出ていくところだった。なぜフェリスを見るのか不思議に思いながら口を開いた。
「ヴィル、ドレスをありがとう」
「ああ、よく似合っている。
今度は髪飾りもたくさん用意しよう」
「いらない、いらないから!」
そう言ったあとハッと口を押さえるが、もう既に遅い。幼い頃から慎ましいことが美徳と教えられてきた。そのために条件反射で言ってしまったことでも、そんなことは伝わらない。陛下はいい笑顔で、そうだよねとクスクスと笑っている。
ヴィルは頬を引き攣らせながら、何も言わずに私を隣に座らせると本題を切り出した。
「スズ、私と一緒にアリシャールへ行かないか?」
「――え?」
「許可は貰っている。どうだろう?」
そう言うヴィルの瞳は真剣だが、なんの前触れもなく問われ困惑する。つい陛下に視線を送ると、ヴィルを一瞥して息を吐くと口を開いた。
「私は外出の許可は出したけれど、行くかどうかはスズの自由だから強制ではないよ」
好きにしていいよ、と優しい声でふわりと微笑まれて惚れ惚れと見いってしまう。
隣に座るヴィルの腕がたまたま当たり我に返ると、どうしようか考える。この国から出ることに不安は感じるが、アリシャール王国に行けば倒れて以来会えていないエミール殿下に御礼が言えるかもしれない。それなら――。
「……行ってきてもいいですか?
エミール殿下にお会いしたいです」
思ったままを口に出すと、三人ともピシリと固まったのがわかった。誤解される言い方だと気づいて、慌てて御礼がしたいので、と付け足した。
お披露目の極度の緊張状態で疲れたのかいつもより失言が多い。なんだか申し訳なくてもう喋りたくないと思ってしまうほどだ。
「そうか。だが今日は疲れただろう。
移動はカイルに任せるから明日にするか?」
「ううん、それなら平気だよ。
でも突然行っても大丈夫かな?」
「それは事前に伝えてあるから心配しなくていい」
「じゃあ準備して今から行こう」
「……いいのか?」
「うん、早く御礼がしたいし。準備してくるね」
そう言って急ぎ足で寝室に入ると、ポーチにスマフォを入れてかばんに荷物を詰める。そうして棚に置いていた布を手に持って、これでよし!
荷物を抱えて部屋に戻ると、カイルが駆け寄ってきて代わりに持ってくれた。私はソファーに座る陛下の前に行くと、握り締めていた布を差し出す。
「えっと、これを良かったら受け取ってもらえませんか。初めて作ったので下手なのですが……」
陛下は私の手元を見て目を瞬かせ、その布をそっと手に取る。
まじまじと見つめられているその布は剣を持つクマが銀糸で刺繍されたハンカチだ。
チクチクと地道に仕上げたそれは、とても人に見せられるような代物ではなく、所々かなり歪だ。
それでも陛下のために作ったものだから、渡したかった。
「もっと練習して上手になったら、交換しますので……、今はこれを……」
反応がなくやはりこんなものは駄目だっただろうか、自己満足だっただろうかと不安に駆られる。
すると、ぐいっと手を引かれ、立ち竦んでいた私は抗えずにそのまま抱き留められた。
包まれる温もりと近さに心臓が騒いで焦って離れようとすると、後ろに回された腕に力が込められて
耳元で柔らかい声が響いた。
「―――」
そうしてゆっくりと身体を離した陛下はありがとうと甘さを含んだ笑みを浮かべる。すでに顔が真っ赤なのはわかる。これ以上醜態は晒せない、と両手で隠すようにしてヴィルに行こうと訴えた。
ヴィルは眉を顰めて不愉快そうな様子を隠さず、陛下は平然とそれを無視している。
そんな中カイルは無表情で秘術の準備をしていた。
話に聞いていたが初めて見る秘術は本当にライオンで近づくのを躊躇っていると、あっという間にヴィルに抱えられ乗せらてしまった。
「スズ、いってらっしゃい。覚えておいてね」
「っ!……いってきます」
微笑んで見送る陛下の言葉に、先程言われたことを思い出してまた頬が熱くなる。
そんな私をふたりは訝しげに見つつも、カイルが合図をするとすぐに光に包まれていった――。




