お披露目
フェリスと護衛を伴って自室に戻った私は、すぐに浴槽に引っ張られた。
そのままフェリスに全身を磨かれてぴかぴかになった私は、またもや引っ張られるようにしてお風呂から出て。手早く軽食を口に詰め込んだ後は、身支度をすべく、鏡の前に向かった。
「――すごく綺麗」
思わず呟くと目を丸くする。
そう、目の前には銀色のドレスがかけられていた。
それはふんわりと広がる裾に繊細な刺繍が施され、胸元にはビジューが煌びやかにあしらわれている。それを首元のシースルーがドレスの美しさを引き立てつつ、上品にまとめている。
全てにおいて今までのものとは一線を画していて、それはさながらウエディングドレスのようだった。
「お気に召しましたか?」
胸を張るようにして得意げな様子のフェリスは、頬を緩めて訊ねる。
一方でこんなドレスが似合うとは思えない、身分不相応では、と不安に駆られる私。
あまりにも対照的な表情で、なんだか可笑しくなってしまった。
「……これも、陛下が?」
「はい。スズ様がいつも身につけているドレスや装飾品、こちらのドレスもすべて陛下が選ばれたんですよ」
……すべて?
ヴィルとの旅から帰ってきた時には、用意してくれたとしか。ということは、聞いた通り本当に私が気づいていなかっただけで随分前から大事に思われていたらしい。
それを思い知らされて胸がじいんと熱くなる。
この陛下の色をした綺麗なドレスも、私を思いながら選んでくれたのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、フェリスはドレスを着せてくれていた。
着々と仕上げられていく自分の姿を鏡越しに呆然と見つめる。そうしている間に化粧も施されて気づいたら準備が終わってしまっていた。
髪には銀細工に透明な宝石のついた髪飾りがついていて、全てが陛下の色で揃えられていた。
本当にウェディングドレスだろうか。
結婚式でもないのに、この仕上がり。
とんでもない金額がかかっているのではと、考えるだけで震えそうだ。
それにも関わらずなんだか夢心地で現実味がない。
「スズ様、とても素敵です!」
フェリスはそう力強く何度も褒めてくれて、不相応ではという心配が少し和らいだものの、不安は尽きない。
ドレスが素敵だからと話していると、扉を叩く音が響いた。
部屋に入ってきたのは正装姿の陛下だった。
白を基調とした軍服の正装は黒色の飾りと銀色の飾りが施されていて、お披露目式の時とはまた違う煌びやかさだ。
特にマントを羽織った姿は、とてつもない色気を放っていて直視出来ない。
「スズ、似合いすぎでしょう。
想像を遥かに超えてて、困ってしまうな。
ただでさえ可憐なのにこれでは……」
視線を彷徨わせる私の側に来た陛下はそう言って口元を緩めたかと思うと「……婚姻式にしても?」と困ったように呟いた。そのあと私の返事も待たずに無理だと分かっている、と溜息を吐いている。
「シドラン様も、……その、素敵です」
褒め言葉がくすぐったくて恥ずかしくて頬を染めながら、口を開いた。陛下は私の言葉に目を瞬かせて「ありがとう」とふわりと微笑んだ。
む、むり!
というか、眩しい。普段から見目麗しいがさらに凛々しさも加わって息をのむ美しさになっている。
なんだか日を追うごとに美しさに磨きがかかっているような気がしてならない。
こんなお方の隣に立つ勇気がない。
そんなことを考えていると、いつの間にか手を握られ手の甲に口付けられていた。
「さあ、いこうか」
もう、と言いつつ真っ赤になった私は、優しくエスコートされながらふらふらと部屋を後にした。
****
陛下に連れられて向かったのは、城の正面にあるバルコニーの前だった。待機している廊下の窓から外の様子を窺うと、正門に太陽の光が降り注ぎお披露目するにはお誂え向きの天気のようだった。
正門が解放されて設けられた塀の周りには集まった人々がひしめき合っている。それを見た途端に口から魂が出ていきそうになった。
歩きながら聞いた話では今日この場で国民に『救国の乙女』のお披露目と、それとともに陛下の婚約者であることを公表するらしい。
本来であればその前に婚約式をする必要があったが、『救国の乙女』であることと公爵の事件を理由に取り止めにして公表することに踏み切った、と。
私は婚約式がなくなったと聞いて密かに胸を撫で下ろした。心臓に悪い儀式はなるべく少ないほうがありがたいのだ。
ただそこまでして公表を急いだ理由はなんだろうかと気になったが、訊ねる前に着いてしまった。
バルコニーへ出る扉の前で待っていたレオン様と言葉を交わす陛下の横で、心臓のバクバクを落ち着かせようと深く息を吸う。
するとレオン様が私に声をかけた。
「スズ様、ご婚約おめでとうございます」
初めてかけられたお祝いの言葉に、もう婚約者になっているんだったと気付かされる。
婚約者、といえば婚約指輪を貰って――というイメージが強いがこちらの世界にはそういう風習はないのだろうか。婚約式がその代わりだろうか。
今まではただそういうものらしい、としか考えていなかったが物があるだけで『婚約者』になった証になりそうだ。だから実感が湧くのかもしれない、そんなことを思っていると。
「――スズ」
名前を呼ばれてハッとする。
慌ててレオン様に御礼を言うと、隣からクスクスと笑う声が聞こえる。
「ぼうっとしてなにか考えていたの?」
婚約について考え込んでいたとは言えない。
私が言い澱んでいると「お時間です」と声がかかった。
「さあ、いこうか」
おずおずと差し出された陛下の腕に手を添えると、銀細工で花のようなものが施された如何にも皇族専用の豪奢な装飾の扉が騎士によって開かれた。
隣に立つ陛下をちらりと見上げると、威厳のある皇帝の顔になっていて余計に緊張が高まる。
緊張でバクバクさせながらゆっくりと足を踏み出した先には、広いバルコニー。そしてその下に見えたのは遥か先の道まで埋め尽くすほどの人の姿だった。
遥か先にいる人々は私たちの姿なんてほとんど見えないだろうに、こうして出向いていて。改めて国民からの支持が厚さを痛感させられる。
ゆっくりと歩いてバルコニーの欄干で立ち止まると、一際大きな歓声が上がった。
もっと静かで厳かな雰囲気を想像していた私は驚いてしまった。陛下はそんな私を見て薄く笑みを浮かべていた。
「この国にとって初めての『救国の乙女』だからね。歓声が凄いよ」
そう言ったかと思うと、徐に私の手を持ち上げると、何の前触れもなくくちづけた。
頬を染めてぴしりと固まってしまった私の耳に、割れんばかりの歓声が届く。皆が笑顔でこちらを見ているのが見なくてもわかる程だ。
「な、?」
「婚約者だということはこのあと公布する予定だから。良い記事にしてもらわないと、ね」
驚いている私にそう言う。それなら、と思わなくもないが人前でこんなことされて恥ずかしいことに変わりはない。
私の考えていることが分かったのか笑みを浮かべると、宥めるように手を撫でた。
そうして自然に腕に手を添えさせると、出来るだけ多くの人に姿を見せるためにバルコニーの端から端までを何度か往復する。
私の心臓が落ち着いてきた頃、エスコートされながら城内に戻った。




