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不本意なシロクマ



――やってしまった。


 陛下の表情が、声が、辛そうで。

私とだけするなんて出来ないのでしょう、と言わんばかりでまるで私の答えを求めていないその言葉は、仕方ないのだからと自分に言い聞かせているようで。


 いつもとは違う硬い微笑みでを浮かべていて、その表情を見たら、心臓が掴まれたようにギュッと痛くなった。


 ――そうして気づけば体が勝手に動いて、唇を押し付けるようにキスをしていた。


「ご、ごめんなさい……」


 我にかえり恥ずかしくて下を向く私と、驚いたような表情をしていた陛下。


「……ん、どうして謝るの?」


「勝手に……、気持ちも聞かずに、してしまって……」

 

「はじめての時と同じで、嬉しかったのだけれど。あの姿は私だけが知っていると思うと堪らない」


 先程とは違い、目元を柔らかく緩めて微笑む。

はじめて……?酔って記憶のない夜のことだろう。

私が陛下にキスしたとは聞いていたが、他にどんな醜態を晒してしまったのか。

結局教えてもらえなかった私は不安が募る。


「……一体私はなにを……」


「秘密」


 やはり以前と同じように綺麗に微笑んで、教えてもらえなかった。

 

 もういっそ忘れてくれれば、と思ったところで、

あのキスがなければ桜様とのキスがはじめてになると気づいて、その考えを振り払った。

いくら和解したとはいえ、あの不快だった気持ちは消えない。


 嫌なことを思い出してしまったと、胃がムカムカとするような不快感が込み上げて、それを鎮めるために胸をおさえる。


 ――過去は変えられない。

そうわかっていても、嫉妬してしまう。

この世界に来なければ知らなかったであろう感情。

私だけが良かったと、狭量な考えをしてしまう。

……自分のことを棚に上げて。


 ヴィルともキスをしておいて。

結局ふたりとも受け入れたくせに。

 

 それなのに今更、ふたりとキスをするなんて出来ないと駄々を捏ねて。

そして陛下にあんな言葉を言わせてしまった。


 ――なんて自分勝手なのだろうか。


 身勝手な振る舞いをしていたことに気づいて、顔を伏せると謝罪しようと口を開こうとした。

しかし、それが声になる前に陛下が呟いた。

 

「……やはり、口づけても?」

 

「へ、……え?」


 一瞬なにを言われているのか理解出来ないほど、予想だにしていなかった言葉に呆然と固まる。


「……だってまた悶々としているでしょう?

 思慮深いところは美点だけれど、そうして考え過ぎると悪い方向にばかり考えてスズは更に自分を責める」


 その通りすぎて言葉に詰まる私をそのままに、続けた。


「気を遣いすぎるスズは本音を隠して、すぐに自分が悪いと結論を出すけれど。もっと深い関係を築くためにも、私を信じて本音をぶつけてほしい。

 全部受け止めるから。

 ……それともそれで嫌いになるほど私のスズへの愛情が浅いと思っている?」


 見透かされていた。

私のうじうじと思い悩んでしまう性格も、自分に自信がないから勝手に不安になって嫌われる前に壁を作ろうとしてしまうことも。

すべてを理解した上で、私と向き合おうとしてくれている。

ああ、本当に敵わない。

 

「……ごめんなさい。努力します」


「ごめんではなく、ありがとうにしてほしいな」


 謝罪を述べた私の唇に指を当ててにっこりと微笑む。

そうしてそのまま微笑を浮かべて「どうする?」と囁いた。なにを、と聞かなくてもわかってしまった。


 先程本音をぶつけて、と言われた。

改めて答えを求められると、恥ずかしいやら不安やらで躊躇ってしまう。


「し、……」


「し?」


「……て、もいいです」


 なぜか許可を出すような上からの発言になってしまい、羞恥で真っ赤に染まっているであろう私と。

それを見てますます口元を緩めて笑みを深める陛下。


 穴があったら入りたいとはこのことだ。

恥ずかしくて立ち直れない。


「仰せのままに」


 ふわりと微笑みを浮かべて、その言葉とともに優しく唇が重なった。

両頬を大きな手で包まれて、座り込んでいた私はいつの間にか陛下に抱きしめられていて。


 雪のようにふわりふわりと降り注ぐ口づけは、愛しむように触れては離れる。


 前の食べられるようなキスとは全く違うそれに、戸惑うと同時に心臓が跳ねる。瞑っていた目がギュッと力が入った時、陛下が息を吐いたのかわかった。


 気に障ってしまっただろうかと目を開けようとすると、陛下の手で目を塞がれてしまった。

指の隙間から盗み見ようと試みていると。

 

「ああ、もう……、本当に。

 このまま離したくないのだけれど」


 小さく呟く声が聞こえた。

隙間から見えた陛下は憂いを帯びた表情をしていて、何故と訊ねる前に口を塞がれてしまった。


 ――何分、そうしていただろうか。


 長いこと触れていた唇が離れて、ぐったりと力の入っていない私の体はそのまま抱きしめられた。


 ゆっくり腕を解いて私の手を取る。

蠱惑的な銀の瞳は真っ直ぐに私を見つめていて、形のいい唇をゆっくりと開いた。

先程までしていたことを考えると、恥ずかしくて見つめ返すことが出来ず視線を下げる。


「スズ、もう一度答えてほしいのだけれど。

 本当に私の婚約者になってくれる?」


 そう、緊張を孕んだような声が静かな部屋に響いた。不安はあっても迷いはもうない。

 

「はい、お願いします」


 だからすぐにそう返事をした。

もう心は決まっていたのだから。

私の答えを聞いて陛下はひとつ息を吐くと、花が綻ぶような柔らかい笑みを浮かべた。

それをうっかり真正面で見てしまい、その威力にやられた私は一気に心拍数が上がる。


「良かった、受け入れてくれて嬉しい。

 ……急いで準備しないといけないね」


「準備……?」


 全く理解できていない私の言葉に陛下はにっこり笑ったかと思うと「少し待っていて」とだけ言って部屋から出て行ってしまった。

一抹の不安を感じつつ、言われた通りに大人しくベッドに座って待つ。

 

 数分して戻ってきた陛下は「待たせてごめんね」とベッドに腰掛けていた私の前に膝をついて。

私の目を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「ほら、以前言ったでしょう?

 公表する、と。それが今日になってね」


「えっ、今日……!?」


 あまりの衝撃で反射のように言葉が飛び出た。

寝耳に水とはこういうことだろうか。

確かに手紙にそんなことが書かれていたような気もするが、もっと先のことだと思っていたのだから。

国事に関する事なので手配に時間がかかるのだろうと、勝手に思っていた。

 

「ごめんね、突然で。

 私としてはもう少しスズを隠して過ごしたかったから不本意ではあるけれど、……色々と事情があってね。こんなに慌ただしくさせて申し訳ないね」


 その原因となった出来事を思い出しているのか、なんだか嫌そうに顔を顰めている。


 笑みを浮かべていないのは珍しいので、まじまじと見つめる。本当に不本意だと、その表情で伝わってくる。するとなぜ、どうして、と問いただしたい気持ちが萎んでいってしまった。

ただ必要な事だけは聞いておかなくては、いけないいけないと慌てて訊ねた。

 

「心の準備が、というか何をしたら……?」


「私の隣で微笑むだけでいいから、あまり気負わないで。スズは何もしなくていいよ。

……ああ、侍女が来たみたい。

 身支度をしておいで」


 話している途中で部屋にノックの音が響くと、先程とは違い柔らかい表情を浮かべて動揺している私の手を取り立ち上がらせた。


 そうして手を引かれるまま扉に向かう。


 なにをするのか聞けていない、と言う事実に今更ながら気づいても遅かった。

詳しく聞きたいが時間がないようで、何が何やらわからないまま後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。





体調不良と諸事情で長らく更新ができませんでしたが、本日より再開いたします。

ペースはゆっくりになりますが、読んでいただけると嬉しいです。

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